たまには歌でもいかがです?
13 リリー・シュシュ
10月。
やっと気温が落ち着いてきたと思ったのにもう肌寒くなってきた。
服装も厚手になり、パーカーを着て丁度いい気温だ。
もう今年も2カ月で終わりか…。
何となくそんなことを考えながら研究室に入る。
「おはよう、イノ」
「おはようございます麻衣さん。あとかなちゃん」
研究室は麻衣さん用のデスクとテーブル。
ソファが1つ。
麻衣さんはデスクで書類整理をしているようだ。
かなちゃんは真剣なまなざしでテーブルの上に置かれたものを見ている。
テーブルの上には体重計が置かれており、その上には動物用のゲージが乗っている。
中には他の研究室から借りた実験用のモルモット・チビ子が入っている。
必死にニンジンをかじる姿がかわいい。
本当はニンジン良くないぞ。…お前モルモットだし。
かなちゃんはチビ子を見つめながらつぶやく。
「『ここにいて』」
かなちゃんがそうつぶやくと、チビ子の身体がうっすらと光る。
[4.7g]
体重計の数字が徐々に大きくなる。
「いい感じねかなちゃん。たいぶ能力を使う事に慣れてきたみたい。」
「ありがとうございます。」
『プラグイン・ベイビー』の一件から2週間。
かなちゃんは毎日、能力の練習をしてる。
平日も学校帰りに研究室に来てはチビ子を相手に練習してた。
「『ごめんね』」
チビ太がまたうっすらと光る。
体重計の数字が小さくなる。
「かなちゃん調子いいみたいですね。」
「いい感じよ。感情移入していない相手でも3倍から4.5倍くらいの体重にすることができるみたい。」
ロストマンの能力は意識や感情に大きく左右される。
無意識に扱っていた能力も「自分がロストマンである」と自覚してから使えば、その分力も増す。
しかし3倍か…
俺が受けた時はせいぜい体重を2倍くらいにする程度だった。
それだけでも移動に苦労したのに…
「すいません。いつも私の練習に付き合ってもらって」
「いいのよ。これも研究の一環だしね。かなちゃんかわいいし」
いつの間にこの二人は仲良くなったのだろうか。
女同士ってすぐに仲良くなれる生き物らしい。
「でもどうして急に練習なんてする気になったの?」
「…それは…」
かなちゃんは少し黙る。
「私も…イノさんの役に立ちたいなって…」
きっと『プラグインベイビー』の一件に思うことがあったんだろう。
俺は深く聞かないことにした。
「そっか」
「……はい」
トゥルルル
その時、外部からの着信が鳴った。
麻衣さんがすぐに応対する。
「はい。桜乃森大学異能力研究室の化乃です。…はい…えぇ」
おそらく依頼だ。
プラグイン・ベイビーの一件の時と同じ。
かなちゃんも何となく気づいてる。
「そうえば今月…願書出すんでしょ?どこの大学にいくか決まったの?」
気を紛らわそうと俺はかなちゃんに話しかけた。
かなちゃんは受験生だ。
ずっと進学先を悩んでる。
「いえ…やりたいことを取るか…就職率の高い大学にするか…迷ってるんです。」
「そっか。かなちゃん頭いいんだもんね。」
「そんなことないんですけど…」
麻衣さんの電話を気にしてる。
やっぱり今後…かなちゃんを依頼には連れていかない方がいい。
特に『プラグイン・ベイビー』の件で俺はそれを強く感じてた。
17歳の少女にこの仕事は荷が重すぎる。
そんなことを考えていると、麻衣さんの電話が終わったようだ。
「わかりました。ウチの研究員をすぐに向かわせます。」
ガチャ
「依頼ですか?」
「えぇ。都内の大学病院からよ。すぐに行ってもらえる?」
大学病院…
「わかりました。」
かなちゃんが行きたがる前に、準備をしなくては…
俺はすぐに立ち上がりそそくさと準備に取り掛かる。
しかし…
「私も…連れて行ってください。」
「状況がわからないから…今回は俺一人で行くよ」
危険な目に会わせるわけにはいかない。それも理由。
けどかなちゃんの悲しい顔をもう見たくないっていうのが本音だった。
「イノさん。お願いします!」
「ダメだ。」
「…どうしてですか!」
「どうしてもだよ!また良くない事件かもしれない。」
「…大丈夫です!私子供じゃありません!」
少し強めに拒否するとかなちゃんがぷくっと膨れる。
…ちょっとかわいい。
「いいじゃないイノ。連れて行ってあげれば。過保護すぎるのよあんた」
「麻衣さん…」
麻衣さんの言葉を聞いてかなちゃんが俺を睨む。
しかし…
「ダメだ」
「なんでですか!バカ!バカ!」
俺はリュックを背負い立ち上がった。
部屋を出ようとする俺にかなちゃんが食ってかかってくる。
「イノさんのバカ!バカバカバカバカ!」
部屋を出ようとする俺に向かって愛くるしい声で罵声を浴びせるかなちゃん。
かわいいけど…ダメです。
「それじゃあ麻衣さん、行ってきます。」
「イノさん!」
「だから、今回はダ…」
「『ここにいて』ください」
ドンッ!
その瞬間目の前が光る。
身体中が鉛のように重くなる。
俺は自分の体重を支えきれずにその場に倒れ込んだ。
「いてぇッ!」
「イノさん…」
「かなちゃん…」
「連れて行ってくれますよね?」
かなちゃんの表情は、まるで小動物のような…可愛い笑顔だった。
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