愛と、勇気と、時々ウロコ

Mr.K

愛と、勇気と、時々ウロコ

『――お主、我が怖くないのか?』


 裏山の奥にある、見るからに暗く、ジメッとした洞窟の中。まさしく深淵の入り口という言葉が似合いそうなその洞窟には、昔からある言い伝えがあった。

 曰く、「その洞窟には、竜が住んでいる」。


 それが如何なる竜なのか、そこまでは誰も知らない。街の郷土資料館や図書館にもそれらしい文献はあるものの、所謂竜神と呼ばれる神格なのか、それとも名のある英雄によって封じられた悪い竜なのか、はたまたそれらとは全く無関係なのか、そもそも竜が本当にいるのか。手掛かりは一切無かった。


 そしてある日、その謎を自分達で解明しようと、四人の少年が立ち上がった。と言っても、単なる興味本位と、それから夏の自由研究の題材に行き詰まったが故のものでしかないが。


 その内の一人の少年は、最初は乗り気ではなかった。というのも、母親がそれを止めたからである。

 至極当然だ。真っ暗で何がいるかもわからない、そんな洞窟に子供だけで行かせるなんて。

 少年自身も、止めた方がいいと主張した。だが、結局乗ってしまった。

 理由は至極単純。仲間に「臆病者」と罵られたから。

 つまるところ、負けん気が働いたのだ。しかし、負けん気だけでどうにかなる程現実は甘くないし、人間の心は単純じゃない。


 だから、少年はちっぽけな勇気を奮い立たせる為に、あるものをポケットに忍ばせて洞窟にやってきた。


――洞窟に潜って、僅か一時間で、それは現れた。


『何者だ』


 低く、それでいて女性らしい艶っぽさを感じさせる声。だが、小さな冒険者達にとって、洞窟内で反響するその声は、地獄の底からこちらを覗く悪魔の声にすら感じられた。


 途端に、わぁわぁと仲間達が逃げていく。少年一人を残して。


 少年は、その場から動けなくなっていた。勿論、恐怖のせいで。何しろ、突然得体の知れない何かが、自分に話しかけてきたのだ。ジメッとした暗い洞窟という環境が、その恐怖をより駆り立てる。

 その場から動けない少年は、なんとか状況を把握しようと、手にしたライトをあっちこっちと照らす。


――一瞬、何かがキラリと光を反射した。


 ごくりと、自分でも意識せずつばを飲み込むと、咄嗟に少年は、ポケットに手を突っ込み、それを握る。


 それなりに闇に慣れた視界の上の方に、輝く二つの何かが見えた。……目だ。

 蛇のようだが、蛇のように感情を感じさせないものではない。寧ろその逆。公園近くに住んでいる雷爺さんのような、年を取っているからこそ出せる風格とでも言うべき何か。

 いずれにしても、何か巨大なものがそこにいる事だけは明白だった。


 そして、その問いかけが吹っ掛けられた。


『――お主、我が怖くないのか?』


 思わず、ひっ、と声を上げてしまいそうになる。だが、それを少年は、ポケットの中でつかんだ物を、より強く握りしめる事で耐えた。


「……こっ、怖く、ないっ」


 しかし、怖いものは怖い。言葉で「怖くない」とは言えども、自然と声が上擦ってしまう。


『……怖いのでは』

「怖く、ないッ!」


 今度は、強い語調で否定する。その勢いのまま、少年はポケットに突っ込んでいた手を引っ張り出し、そのままへっぴり腰で構える。


 暗黒の中での睨み合いが、どれ程続いただろうか。


『……む』


 闇の中にいるそれ――この山に遥かな昔から住んでいる竜は、突然訪れ、そして一人残されたその少年が手にしている物に焦点を合わせる。

 視力が優れているだけでなく、夜目も効く竜にとって、小さな少年の手の中にある更に小さな何かを見る事ぐらいは容易い。


『人形、か』


 その時の竜が知る由も無かった事だが、少年が手にしていたのは、所謂ソフトビニール人形と呼ばれるもの。当時、男の子の間で大人気だった、特撮番組に登場するヒーローのソフビ人形。子供達に夢と希望を与え、愛と勇気の大切さを教えてくれた、僕らのヒーロー。

 が、当時小学五年生だった少年の周りでは、既に特撮がダサいという風潮があり、少年自身も「子供っぽい」と手放そうとした。

 しかし、それでも捨てられなかったのは、やはり愛故か。

 この時ばかりは、「捨てなくてよかった」と、少年も安堵した。

 少しばかり塗装の剥げかかったそれを握っている時だけは、少年は勇気を持つ事が出来た。

 まるで、ヒーローと一緒にいるようだったから。

 ヒーローが、一緒に立ち向かってくれているような、気がしたから。


 ヒーローが、勇気を与えてくれたから。


「おっ、お前なんか、怖くないぞ! 怪獣よりもちっちゃいじゃないか!」

『……かいじゅう?』









「……あれからこんな風になるとはの」

「そりゃ、年食えばそうなるだろ」

「言うても、我からすればほんの……あれ、数刻程度?」

「十年を数刻程度だって?」

「それはそうだ。我、数千年……数万? 生きておるし」

「曖昧だなぁ」


 あれから十年経った。初めての出会いの後、少年は洞窟で出会った竜の事を、誰にも話さなかった。

 が、その代わり、竜が危険な存在ではないと分かるや否や、頻繁に洞窟に出かけては、竜と交流をする日々が始まった。

 詳細は省くが、交流の中で竜は少年の持っていたソフビ人形に興味を抱き、少年が教えたところ、これが酷くハマってしまった。

 結果、竜は人化の術で見目麗しい長い黒髪の乙女に変ずると、こっそりと少年の部屋の物置を占拠し、一緒に暮らす事となった。

 それからは、部屋で一緒に特撮番組を見たりするようになり、少年にとっては数少ない特撮好きの友達――自覚は無かったものの、異性として意識しながらではあるが――となった。


 そして、紆余曲折あって数年後、少年が高校三年生になった頃。思春期真っ盛りだった少年は、いつしか竜への恋愛感情を自覚した。そして、思い切って告白した。

 返答は至ってシンプル。「良いぞ」。ただそれだけ。


「すっげぇあっさりした返答で、拍子抜けしたっていうか、もっとこう、ドラマチックなもんなんじゃないかなぁって思ったりしたっていうか」

「お主、夢見すぎではないか?」

「長生きしてる人、もとい竜には分からないんですぅー!」

「やれやれ、これだから物語の世界に生きておる人間というやつは」

「そういうそっちこそ、特撮にドハマリしたくせに」

「ぬっ……し、仕方なかろう! よもや、人の手でこのような……そう、『りありてぃ』のある物が作れるとは思わなんだ!」


 そこまで駄弁ってから、一息つき、そして互いに笑い合う。


「……でもさ。やっぱ、すげぇよなって思うよ」

「特撮が、か?」

「それは半分。もう半分は……」


 そう言うなり、かつて少年だった青年がその場から立ち上がる。

 周りに広がるのは、青年がこれまで集めてきた特撮グッズ。ヒーローや怪獣、怪人のソフビ人形から、変身アイテム。昔のものから、今のものまで。


 そして青年は、ベッドの枕元に置いてある一体のソフビ人形を手に取る。今でこそ塗装があちこち剥がれかけているそれは、かつて少年が勇気を得る為に持っていたヒーローのもの。どんな敵にも臆する事無く、勇気をもって真っ向から立ち向かい、人々の笑顔を守ってきた戦士。

 それは、確かに物語の中にしかいない存在ではあったが――


「竜だって本当にいたんだし、ヒーローも、本当はどっかにいたりしてな」

「……もしやすると、我は退治される側やもしれぬぞ」

「ヒーローだって、馬鹿じゃないさ」

「そうかのぅ」

「そうさ。……まぁ、作品によっては安易に敵対するとか、そーいう事もあったりするけど」

「おい」

「でっ、でも! もしお前が襲われそうになったら!」


 青年は、必死に弁明するように、竜に迫る。必死になり過ぎて顔が近いせいで、竜がほのかに顔を赤らめているのには気付かず。


「俺が、守る! 全力で!」

「……憧れの英雄と、敵対する事になってでも、か?」

「なんとか説得する! できなきゃそん時は――命を懸けて守る!」


 そんな事を言われ、しばらく静かな時間が流れる。


「く、ふふ」


 程なくして静寂を破ったのは、竜の微笑む声だった。


「なッ、笑う事ないだろ!?」

「笑うに決まっとろうに。そんな、大真面目に言うから……フフッ」


 竜は愉快に微笑み、青年は更に顔を赤くして必死に抗議する。


――そこには、確かに平和な世界があった。


「く、ふふ。さて、ひとしきり笑った事だし、ほれ、先程借りてきた、『あめりか』のひぃろぉヒーロー映画とやらを見ようではないか」

「むゥ……ま、いっか。よっしゃ、見るか!」


 仲睦まじい二人を、世界の平和を守るヒーローの人形が、静かに見守っていた。


 ――良かった。笑顔を守れて。


 一瞬、竜の耳にそんな声が聞こえたような、気がした。

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