ある二人組に関する追憶
柳 小槌
ある完全犯罪の成功と失敗
「なるほど、つまりこういうことですか」
僕は相手を遮って言った。
「あんたは御自分の仇を殺した、と思ったらそれは僕の仇だったと。それでもって、僕にあんたの仇を代わりに殺してほしい、と」
「そういうことです」
目の前の男は、無表情のままそう続ける。最初に顔を合わせた瞬間から、表情が1ミリたりとも動いていない。生まれた時からこんな顔なのだろう。その割に声はやたらと大きく、だだっ広い応接間の中でよく響いている。
「私の仇とあなたの仇はここ数年、二人組の詐欺師として活動していました。、なぜかはわからないのですが、顔を相手にそっくりになるよう、整形したらしいのです」
「存じ上げています。まるで、頭を取り外して交換したようでしたからね。しかし……」
僕はため息をついて、この厄介な来訪者の顔をまじまじと眺めた。
「しかし、あなたはそれを知らなかった、と」
「ええ」男もため息をつくが、体勢はほとんど動いていない。
「まったく予期できないことでした。彼らの保身のためなのか、目的はわかりませんが異常なことです。私がそのことに気がついたのは、すでに奴の首を絞めて殺した後だったのです」
異常なのはそっちだろうが、と言ってやりたいのをぐっとこらえる。この男は、日課の散歩の途中に己が仇を見つけるやいなや、即座に殺す決意を固めたと言うのだ。その上、ロープを使ってうまく自殺に見せかけ、警察の目をも欺き切ったらしい。10年近く完全犯罪の計画を立てていた自分が馬鹿みたいだ。
「私としては、もう一人くらい殺すのもやぶさかではありません。まだ生き残っている方が私にとっての本命ですからね。ですが、私もこれ以上、リスクを負いたくはないのです。聞くところによると、あなたはその資金力にものを言わせて複数人での大掛かりな計画を考えていらっしゃったとか。立派なものです」
下手くそな世辞だ。それを潰した張本人が何を言うか、とは口に出さないでおいた。
「どうでしょうか。是非、私の代わりに、奴を殺してやってはくれませんか」
「なるほど」
精神を落ち着かせるため、僕は紅茶を一口すすった。ふと相手のティーカップを見ると、注いだ時のまま、少しも減っていない。
「あんたが殺人に対してどれほどのリスクを感じておられるかはわかりませんが、承知しました。あんたの仇、確かに私が預かりましたよ、ミスター」
「ご理解頂きありがとうございます。わかっていただけると信じておりました」
お礼を言う時でさえ無表情だ。だんだんムカッ腹が立ってきた。考えてみれば、こんなに屈辱的なことがあるだろうか。長年狙っていた自分の獲物を横取りされ、あまつさえ代理殺人を頼まれるだなんて。しかも、こんな素性も知れない異常者に、だ。
だが、そうかといって退く気にもなれなかった。ここで断ってしまったら、まるで敗北を認めるようだと思ったからだ。
「それではお暇いたします。私のようなものが、こんなお屋敷に長居してはいけませんからね」
気づくと男はそそくさと荷物をまとめている。何か考えるより先に、反射的に口が動いた。
「一つ、条件を追加してもよろしいですかな」
部屋を出ようとしていた背中がピタリと止まる。そのまま機械じみた動きで顔がこちらを向いた。
「何でしょうか」
「殺すところまでは僕が行います。証拠も残しません。ですが、死体の処理はあんたにお預けしても構いませんね」
どうにかして、困らせてやりたかったのだ。決して効果はないだろうが、皮肉っぽい笑顔を見せてやる。
「僕の仇だったら、この手で灰になるまで燃やし尽くしてやりたいところですが、残念ながら今回はあんたの仇だ。一番美味しいところは、あんたのために取って置いてやりますよ」
男は少し考えて、わかりました、と言った。
ある二人組に関する追憶 柳 小槌 @tuchinoko_87
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ある二人組に関する追憶の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます