ひとつの馴れ初め

みわかず

第1話

 雨だった。


 涙を隠すために濡れて歩いていた。

 初めての彼氏にこんなに早くフラれるとは思ってなかった。

 ただただ悔しくて悲しくて、これからどうしようとばかり考えていた。


 このままこの体が雨に溶けて何処までも流れてしまえればいいのに。


 残念ながら虚弱じゃない普通の人間は雨くらいでは風邪をひくだけだ。


 それも良いかもしれない。

 一度熱を出して、スッキリした脳ミソでこれからを考えればいいや。


 その考えは、後で絶対後悔する。


 自棄になってる自覚はあった。


 雨の日に傘もささずにびしょ濡れで俯いて歩く自分の滑稽な姿も自覚はしていた。


 ふと、私の前に立つ人が現れた。革靴が俯く視界に入った。

 歩道の右側に寄って歩いていたので左にズレたら、その人も同じに動いた。


 内心舌打ちをする。

 でもこういうことは学校の廊下でもあるし、遊びに行った先でも何度かあった。

 また右に動くとピタリとついてくる。

 ついと顔を上げたら、そこには見たことのあるサラリーマンがいた。

 目が合うと彼は見慣れた笑顔を見せた。


「あ。やっぱり君かー。女の子がこんなびしょ濡れになっちゃってどうしたの?」


 柔らかい笑顔でのほほんと質問してくる知った顔のサラリーマンに涙が溢れた。彼のさしてくれた傘のおかげで雨のせいに出来なかった。


「えっ?えっ!? 何!?何がどうした!? あれ?俺の事覚えてない? うわっ、やってしまった・・・」


 知ってるよ、覚えてる。

 そう伝えたくて首を横に振る。


「あ! 俺と君、一応知り合い。OK?」


 うんうんと縦に振る。ホッとするサラリーマン。


「あぁ危なかった。・・・近くに行きつけの店があるんだけど、君の家まで送るのとどっちがいい?」


 これ以上なく一瞬で働いた頭はすぐに答えを出した。


「・・・お店・・・」


「おっけー」




「おばちゃん、突然ごめんね~」


「いいよいいよ。あれまあ!こんな濡れ鼠久しぶりに見たわ~! ほらお風呂はこっちよ。とにかく温まりなさい」


「・・・あの、突然すみません、お世話になります・・・」


「あら~あ、しっかりしたお嬢さんだね~! 大丈夫よ、うちのお風呂最新式のに替えたばかりだから沸くの速いの! それにしてもタカギ君、どこで知り合ったのさ?」


「その話は後でするから早くお風呂に入れてあげて~」


「アラごめんね。さあ、どうぞ~」


 ドラマでしか見たことのないような「ザ・食堂」な行きつけのお店だったのにガッカリしながらも、おばさんの明るさに少しホッとする私。・・・ホテルだったら良かったけど・・・


 ボタンを外すのも苦労しながらやっと服を全部脱いで、体を洗って湯船に入る。

 ホッとした。


 何にも解決してないのに、ホッとしてしまった。

 また涙が出た。




「お、ほらね親父さん、大きめの方が可愛いでしょ?」


 用意されたスウェットに着替えて、おばさんに呼ばれるままお店部分に出る。


「おお本当だ。やっぱ助平は違うな~!」


「褒めてない! ていうかコンビニの女性下着の色気の無さにホッとしたよ。スウェットでごめんね。近くにはおばさんたち御用達の気合いの入った服屋しかないからさ~」


「すみません!払います!」


「いいよ。スウェット一式買ったくらいじゃ懐は傷まないって」


「ハイハイさっさと座りなさいな。ご飯出すよー」


 服を買ってもらう理由もないのでバッグを取ろうとしたら、おばさんがテーブルにどんどんと大皿を乗せた。

 来た来た~とサラリーマンが割り箸を取る。


「勝手に頼んじゃったから好きな物をお食べなさいよ。ちなみにおすすめは根菜の煮物。唐揚げ。漬け物です!」


「そりゃあ、タカギ君の好きな物だろうがぃ」


「親父さんの唐揚げ最高! おばちゃんの煮物とスーパーの漬け物最高!」


「こら、スーパーはばらすな!」


 和気あいあいとする三人。・・・行きつけ・・・・って、こうなんだ・・・


「温かい内に食べなね」


 そう言いながら、いただきます!と割り箸を割るサラリーマン。丼にわけられたご飯がスゴい。


 私は並べられた豚汁を一口飲む。


「おいしい・・・」


 聞こえたらしいサラリーマンはにっこりして、そのまま唐揚げを食べた。





「お。雨、止んだね。」


 その言葉に窓の外を見れば夕暮れのピンクが少し見えた。

 ああ、美味しいから食べちゃったけど夕飯はどうしよう・・・もう作ってるよね・・・


「高校生でしょ? 今日一日食べ過ぎたってそんな太らんでしょ」


「お腹いっぱいで食べれませんよ」


 ついうっかり反論してしまったけど、サラリーマンは笑うだけだった。


「ははっ、元気になったね。じゃあ道の分かる所まで送るよ。」


 送る

 帰る


 温まったはずの体が冷たくなり、目の前が真っ暗になった。


「おっと!」


「さすが助平、手が早い」


「あらあらまあまあ!」


 おじさんとおばさんの声にハッとすると、向かいに座るサラリーマンに両肩を押さえられていた。

 テーブルが目の前にある。


「あのね見境無しみたいに言わないでよ。このが可哀想でしょ。もう少し休んで行こうか。どうせこの店暇だから」


「そんなこという奴はお会計一万円です!」


「ぼったくり!?」


「ツケも払え!」


「毎回払う優良客になんてことを!?」


「俺の取っておきコンビニアイスをお嬢ちゃんにあげる分だ!」


「コンビニかい! ・・・だって。もらう?」


 いや、もう本気でお腹いっぱい・・・


「そういう時は水よ、水。少しずつ飲むのよ。」


 おばさんが静かにコップを置いていく。肩から手が外された。

 コップを両手で持って少し口に含んだ。

 少し、ほっとした。

 ふと見上げると、目があったサラリーマンもホッとした。


 そうだこの人、他人なんだ。

 唐突に思い知った。


 だって名前も知らない。

 店のおじさんとおばさんが「タカギ君」て言ってたけど、今ご飯も一緒に食べたけど、全然知らない赤の他人だ。


 私、何をしようとしたんだろう!


「あ、あの、今さらですけど、ご迷惑をお掛けしまして、すみません・・・」


 テーブルに両手をついて頭を下げた。

 名前も知らない顔見知り程度の大人に下着まで買わせてしまった。何てことだ。


「ああ良いよ。俺、君にお礼がしたいと思っていたから丁度良かったんだ。あの時は、ありがとうね」


 ・・・お礼?









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