みてはいけない

ある日の昼下がり。


「オオミミさんっ、ちょっといいですか...」


「ん?」


とても大変そうな顔で、ブタが大きな荷物を運んできたのだ。四角いキャリーバッグ。

それには既視感があった。


「それって...」


「リョコウバトさんの荷物ですよ。忘れて行っちゃったみたいで...。凄く重いんですよね、これ。こんなもの持ち上げて空を飛んでいたなんて信じられません」


「それそんなに重いの?」


「ええ。嘘だと思うなら持ってみてください」


そう言われたので、取っ手を持ち上げると

かなりずっしりとした重みがあった。


「本当だ...。何が入ってるんでしょ」


「おっ、リョコウバトの持ってる奴じゃん」


ハブが首を突っ込んで来た。


「アイツこの中に何入れてるんだろうなぁ。

気にならないか?」


「た、確かに...、気になりますけど...」


ブタは腕を組んで難しい顔を見せた。


「いや、常識的に考えてダメでしょう...」


オオミミは冷静に正論を述べた。

しかし、普段からリョコウバトは遊びに来てたものの、それほど気にならなかったが、持ってみた時の異常な重さ。

それが妙に引っかかる。


「ちょっと見るだけならいいんじゃねーか?」


好奇心に心を揺さぶられているのか、ハブが言う


「いや、でもダメですよ」


真面目な性格のブタはすぐに首を横に振る。


「もう勝手に他人の物は開けちゃダメ!

私が責任もって預かっておきます」


「とかいってオオミミ、こっそり覗き見ようとするんじゃねーのか?」


「そんなことするわけないじゃないですか」


「けど、お前も中身気になるだろ!?」


「いや、気になるけどっ...!」


「ちょっと言い争うのはやめましょう!」


ブタは声を上げ2人の口を制止させた。


「そんな気になるのなら、3人で一緒に見ればいいじゃないですか」


「え?」

「お、おいブタ...」


思い切った提案に2人は目を丸くした。


「変に疑心暗鬼になるよりは、潔く見た方がいいと思います。リョコウバトさんには申し訳ないですけど、あのお方なら素直に言えばなんとかなるんじゃないですか?」


オオミミとハブは黙って顔を見合わせた。


「まあ...、アイツいねえし」


「何か言われたら正直に話せばいいですよね?」


結局、3人は好奇心に負けてしまった。

カウンターの後ろにキャリーバッグを運び、

開ける事にした。


「誰が開ける...?」


ハブが尋ねた。


「ゴホン...、ホテルの責任者の私が開けましょう」


息を吐き、胸をドキドキさせながら、そのキャリーバッグを開けた。






その中を見た瞬間、3人は背中が凍てついた。



そっと閉じると、暫くは言葉がでなかった。






「な、なんですかアレ...」


怯えた声でブタが言った。


「ヒトっぽい形してたぜ...」


ハブも顔が青ざめていた。


「.....」


オオミミはまだ、気持ちの整理が付かなかった。


「と、とりあえずさ、アレは忘れようぜ。

何も見なかったってことで...」




「すみませ~ん」


「...!?」


オオミミが慌てて立ち上がると、リョコウバトがいた。2人にアイコンタクトを送ると、出迎えた。


「ど、どうしたんですか?」


「大事なキャリーバッグを忘れてしまって。

お預かりしてますよね?」


「あ、ああ!はいはい!もちろんです!」


その声を聞いたブタが慌ててキャリーバッグを持って来た。


「はいどうぞ!」


作り笑いを浮かべながら、バッグを引き渡した。


「....中は見てませんよね?」


彼女は顔色をじっくり探ってきた。


「まさか、そんなこと!ねえブタさん!」

「もちろんです!」


「...そうですか。すみません。わざわざありがとうございます」


そう言ってキャリーバッグを持つとまた外に出て行ってしまった。


2人はリョコウバトの姿が見えなくなると、

ふうと息を吐き額を拭った。


「あんな雰囲気で来られたら、言うにも言えないですよ...」


「で、ですよねぇ...」


「行ったか...?」


ハブがカウンター越しに尋ねた。


「ええ」


「だけど、この件は隠した方がいいですね」


苦しそうな顔でオオミミは言った。





「何を隠すんですか?」



「ひぇっ!?」

「あっ!?」

「わっ...」


3人は唐突に話しかけられ、声を出してしまった。


「リョ、リョコウバトさん!ま、またなにか!?」


オオミミが聞く。


「....このバッグの中身見ましたよね?」


彼女は単刀直入にそう尋ねた。




全員、沈黙する。



「見たんですね」


「...お、怒ってますか?」


ブタが恐る恐る尋ねた。


「あれが何なのか、教えて上げます」


「な、何ですか...?」


「あれは私のです」


「子供...!?」


ハブは信じられないといった調子で言った。



「...やっと一人じゃなくなると思ったのに」


ハァ、と露骨に大きな溜め息を吐いた。


「でも、今新しい生命が私の中にあるんですよ...」


目立たない下腹部を触りながら不気味な笑みを浮かべる彼女。外から見れば狂気の沙汰である。


流石の3人も笑えない。


「お願いです...。私のお願い聞いてくれますか?」


「なんでしょう...」


オオミミが小さな声で聞き返した。


「子供の為の栄養をください」


「えっ?」


その瞬間


「きゃあっ!!」


ブタの悲鳴が聞こえた。


「あっ...ああっ...」


見ると彼女の左手から赤い血が滴れてる。

斧を持ったリョコウバトが彼女の左手を持っていた。


荒々しい獰猛な生物ように、肉を一口食べた。


「フレンズの肉は非常に良質と聞きました。

お腹の子に栄養をあげないと...」


「やめっ」


リョコウバトはブタを押し倒すと股がり、斧で彼女を何度も何度も切った。


怖くなったオオミミは急いでハブと共に逃げようとする。


「逃がしませんよ?」


彼女は気付いていた。


「あ゛っ!?」


「ハブさん!?」


彼女の背中に、斧が刺さっている。


「オオミミ...!逃げろ...!」


躊躇っている暇はない。

その言葉を聞き、走った。




「ハァ...、ハァ...」


行きついた先はオオミミしか知らないホテルの倉庫だった。


(ここまで来れば...)


「オオミミさん」


その声で、腰を抜かした。

彼女の口元には赤い血が付いている。

元々赤い服も心なしか、もっと赤くなっている気がする。


「ご...、ごめんなさい...、見る気は無かったんです...」




「でも、ですよね?」


彼女は微笑みながら、徐々に近付いてきた。

















ロビーには見るも無惨な3人の体が折り重なっている。


彼女は椅子に座りながら自身の腹を撫でていた。


まだ、何もない宿っていない腹を。


「人間の身体になれたのは、きっと何かの縁....」


キャリーバッグを開けて、語りかけた。


「愛しい我が子....」


寂しい空想が終わる事はない。

彼女が現実に勘づくことは無いのだ。

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