ニヒリズム

「ねぇ、私達さ」


唐突に語り掛けたので、宙に浮いていた玉が重力で地面に落ちた。


「どうしたんです?」


「何してるんだろう」


まただ。

彼女はいつもそれを、1日1回はそれを口にする。

屈託のない、笑顔だが、その瞳の中は、何故か揺らいでいる。


「お客さんを楽しませるのが私達の仕事じゃない。そのために練習を」


「いつ来るの?」


「・・・いつか」


私は彼女を傷つけているのかもしれない。

もしもの話だけを語り。

希望を抱かせ、失望させている。

その繰り返し。


何度も宙に飛躍しては、地面に落とされる。


まるで、玉の様に。


「いつかっていつ?」


「わからないけど、いつか」


「・・・嘘ばっかり」


意表を突かれた返答で、ドキリとする。


「そうやって何回も言ってきたよね。

お客さんがいつか来る来るって」


「それは...」


個人的には間違ったことは言ってないハズだが。

彼女に言われると間違っているように聞こえる。


「お客さんは来ないし。

おまけに私たちが頑張っても、"ご褒美"貰えないじゃん」


「だけど、頑張ってればいつか」


「未来の話はいいんだよ」


言葉を遮り、彼女はハッキリと言い切った。


「誰も来ないし、何も貰えないんだよ。

毎日毎日毎日毎日。同じ事の繰り返し。

それであなたは楽しいの?」


「そっちだって楽しくやってた...」


「わかんないんだよ!」


少し怒り気味だった。


「楽しいって何?

みんなを楽しませるために笑顔で頑張って来たのに、

...そのみんなが居なきゃ意味ないじゃん」


私は言葉を失った。


「そもそも、何で私たちは生きてるの?」


生きる理由。

海に潜って考えた事もあるが、結論は出せなかった。

生きる理由、確かに、何故生きているのか。

そんな事誰に聞けばいいのか。


機械的な返ししか出ない。


「お客さんを笑顔にするため」


「それしか言えないんだね」


微笑んだ彼女の視線は冷たかった。


「羨ましいよ。

希望しか口に出来ないあなたが」


まただ。

私は、意味も分からずに、迷った末に、

また、彼女を傷付けてしまった。


どれほど、彼女に傷を付ければ、満足するのか。


悔やむ一方、私は、頑なに信念を貫き通したかった。

プライドなのか、性格なのか。


私もまた、路頭に迷った一人なのだ。


「希望を持つことは悪い事じゃないですよ」


「希望なんて、この世にないんだよ。

そんなの、気休めみたいな物。逃げるための穴だよ」


逃げる、か。

こんな現実から、逃げたいのか。


自分自身が呆れた。


何のために、玉を打ち上げ、笑顔にする努力をしてきたのか。


もう、よくわからない。


「わかったでしょ?

もう、お客さんも、シャチだって...」


「でもきっといつか良い方向に...」


「私、疲れたんだ」


清々しい口調で言った。


「...、楽しかったよ。一人じゃなかったから」


「...待って」


「あなたは、希望を持ってるんでしょ。

ずっと待ち続けてればいいんじゃないかな?

いつかが来るまで」


笑顔が、眩しかった。

何を見惚れているのか、最悪なのに。

彼女を傷つけたのは自分なのに。


私は、何も出来なかった。

いや、敢えて何もしなかった。


無意味だから。


苦しんでいるなら、楽にさせてあげればいい。






夕方頃、ゆっくりと砂浜の方へ向った。


彼女はヤシの木の枝から吊下がっていた。

風でゆっくりと、揺れていた。


悲しそうな顔をして。


あの笑顔は、どこへ消えてしまったのか。

無意味に飲み込まれてしまったのか。


いずれにせよ。


この世界の私という存在の意味も、無意味になった。

・・・、彼女が居てからこそ、意味があったのに。


自業自得だ。


私はどうしよう。

虚無な世界で、希望を持って、待ち続けるのか。

最善の選択がわからない。


ただ、一途に、お客さんを笑顔にするために。


意味もわからず、

夜に侵食されかけた宙に、玉を打ち上げた。






ご褒美ちょうだい。

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