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チョコレートマカロン

ゴミ箱に見た夢

 俺だってを見なかったわけじゃない。

 非日常的な出来事によって、「日常」という堅い石垣が一瞬にして崩れ去る。

 その瞬間を。

 見なかったわけじゃない。


 なんの変化もないなんて、すごくつまらないことだと思うのだ。

 少なくとも俺。

 上郷玲人かみさとれいじはそう思う。

 同じ料理を毎日食い続ければ、飽きる。

 同じ曲を毎日聞き続ければ、飽きる。

 だから。

 今から訪れようとしている行きつけの喫茶店の珈琲も、いつかは飽きるのだろうし。

 今ヘッドホンから聞こえるこのEDMも、いづれは飽きるんだろう。


 があるから、世界は面白い。


 違う食感と異なる彩り。

 違うテンポと異なる詩。


 故に、美味をかみ締めることができるのである。

 故に、旋律に身を任せることができるのである。


 そう。

 という刺激を求めて止まないのだ。

 人間という生き物は。


 だから、俺だってを見なかったわけじゃない。

 目的の喫茶店近くの、日の当たらぬ路地。

 そこで、空のゴミ箱にを見たとき。


 を見なかったわけではないのだ。


「空から美少女が落ちてくる」とか、「生き別れた妹が、突然家を訊ねてくる」。

 そんなロマンチックでメルヘンチックな出会いでなかった。

 それでも、を見なかったわけではない。


 だがやはり、盤石は堅かった。



 ――――どうしようもなく。



「むぅ~っ! むぅぅう~っ!」


 どこにでもあるような青いゴミ箱に上半身を突っ込み、華奢な足をばたつかせる謎の少女。


 ――いや、無理があるだろこれは。


 異質な状況だ。

 一瞬は期待した……が。

 ロマンチックの一文字もかぶらないこの状況。

 そして、現実味を醸し出すこのプラスチックでできた青いゴミ箱。

 やはり、一瞬高ぶった気持ちはただの幻想だったのだ。

 せめて……だ。

 せめて、このゴミ箱がダンボール箱だったらまだ………いや、やめよう。

 ダンボール箱にならまだしも、上半身を突っ込んだ状況というのは……シュールだな、うん。

 どうやってもファンタジーには結びつかない。 

 それと、言っておく。

 少女は、ホットパンツだった。

 ……俺は一体何を言っているんだ?

 と、くだらないことを延々と神妙な顔つきで考えていた……。


 いやちょっと待て俺! 

 もううごめくとしか形容できなくなってきてるぞっ!

 いくら美化しようとも、デフォルトの如く現実に戻されてしまう!


「み、見ているならっ! た、たすけてくださぁって、うわぁぁぁっ!」



 ゴロンと。

 バタ足を激しくしすぎて、ついに青いゴミ箱はバランスを崩し――。

 ――倒れる。


 ……そうだった。

 あまりにも自分の妄想を広げすぎて、「助ける」という常識的なことが吹っ飛んでいた。


「い……今、助けるよ……」


「……ひゃぃ……」


 倒れた拍子に内部で一回転したようで、少女の顔はゴミ箱から出ていた。

 だから、もう助ける必要はないのかも知れない。

 が、俺は状況的に、雰囲気的に声を掛けざる得なかった。


 ――このときはまだ。

 こんな可笑しな出来事が、俺が望むような変化ではないにせよ。

 転機をもたらすことになろうとは、微塵も思っていなかった。

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