第7話 麻薬

<さて、お待ちかねの罪状報告だぁ!最初の被告人は誰かな?犯罪者の諸君、覚悟はできましたかー?>


「くそ!」

 苛立ち紛れに、五十嵐が壁を殴りつけるが当然傷ひとつつかない。舌打ちをして画面に背を向ける。


<視聴者からの投票で罪状を知りたい犯罪者は誰か!?意外にもこの人、外国籍のタニア君!>


「WHAT!?」

 まさかといった表情で、タニアが驚きの声をあげた。

 映像には視聴者からの投票の結果が円グラフで表され、映し出されていた。

 だが、この投票数はスタッフが番組の進行をスムーズにするための嘘グラフだった。

 この投票結果で、一番関心の薄いタニアを刑の見せしめの意味も兼ねて過激な刑罰で盛り上げようと考えていた。

 一番注目されている人物を早く結果を出して、映像から追放してしまっては視聴者の反応はダウンしてしまう。

 逆にいらない人物を消していけば、残ってる犯人も似たような目にあうと想像して、結果を楽しみにしてくれる。

 ニュースで誤報は犯罪だが、エンターテイメントが絡んだ場合は真実も嘘も時と場合によりけり、視聴者が喜ぶ内容だけ与えるのが正義なのだ。

 プロデューサーはそう考えていた。


<タニア君はブラジル出身。英会話講師をしています。今年四十歳になる彼女は、月に二度里帰りします。表向きは彼女の両親が病気で長くないといっていますが、実は麻薬を運んでいるのです。密輸してるだけではなく、それを自分の勤めている塾の生徒にも秘密で販売しております>


 司会者を映し出されていた映像が途切れ、代わりに病院と目線に薄いモザイクがかかっている数人の男女の顔写真が映る。

「ノォッ!」


 タニアはパニックに陥り、映像に背を向けて部屋の四人に見せないように手を広げて隠そうとするが、それがなんの効果ももたらさない事に気づけないようだ。

 それを観た視聴者は、またコメント欄に書き込みだした。



【なんだコイツ、こんな必死になって隠したいなら麻薬なんて売るなよ】


【日本人から搾取しやがって】


【こいつに麻薬打つ刑とかどう?同じ苦しみ味わわせたい】


【イイネ】


【刑罰は選択肢から選ぶしかできないみたいだよ】


【自由な意見書けねーのか】


【まじで?一番重いのは何?】


【懲役刑しかないぞ。うちらが投票しなくてもこれくらいなら普通の裁判でもあるんじゃね】


【なんだそれ。番組的にそれじゃつまんねーな】


【でも、手足を縛って箱に詰める“監禁刑”なんかいいんじゃないか?】


「こいつら適当な事ばかり言ってますねー……」

 スタッフがパソコンのモニターに次々と現れるコメントを見ながら、笑いながら言った。

 プロデューサーも頭上にある複数のモニターをみながら、番組の進行にミスがないか、編集のタイミングに狂いはないかを確認しながら答える。

「こういう映像を高みの見物気分で観て、ネットの世界でしか強気な事が言えないしょうのない奴らなのさ」

 話をしている間も、画面上では視聴者のコメントがどんどん古いコメントを侵食するように重なっていく。

 そして、有罪票の赤いゲージが溜まり、ぶっちぎりで過半数を超えた。

 無罪の票はわずか二%に対して、有罪票が九十八%。

 有罪票が視聴者の半数を越えれば、後は刑の重さだけが問われることになる。

 これもプロデューサーの予想通りだった。

「よし、もういいだろ」

「はい」

 プロデューサーの合図で、スタッフがキーボードでなにやら打ち込み、別室にいる司会者へ指示を送った。


<……彼女の反応から罪状は間違いないと思いますが、彼女にも弁論はあるでしょう。聞いてみたいと思います。タニア君、何か言いたい事はありますか?>


うつむいて、うなだれているタニアに司会者が優しく問いかけた。

「……母と、父の介護費用がなくて。仕方なく……」

 涙を流し、同情してもらおうと思ったのか、それとも減刑目的かわからないが、よろよろとタニアは座り込んで泣き出した。

 視聴者も少し心が動いたのか、無罪票こそ動かなかったが、彼女を批判するコメントは一時的に止まった。

 しかし、顔を覆って泣いている彼女へ告げた司会者の言葉は視聴者を驚かせた。


<……ただいま入りました情報では、彼女のお父さんは農業者として元気に農作物を生産していますし、お母さんもその手伝いと家事を毎日こなしています。生活にも、いまのところは困ってないそうです>


 部屋にいる四人の視線が全員タニアに向けられた。

「……ファック!……お前ら日本人がほしがったんだろうが!」

 表情を一変させ、タニアは映像に向かって吼えた。

 だが、司会者は余裕の笑みで番組の進行を続ける。


<皆さん、ごらんください。タニア君の投票結果です>


『刑の執行』と書かれた円グラフが現れ、AからEの五種類の色分けをされていた。

 Dの赤色が一番割合を占めていた。

 おそらく、この色が彼女の決まった刑となるのだろう。

 赤い色の場所がクローズアップされ、Dの文字にハンマーが当たって砕けるというアニメーションの後でひとつの文字が浮かびあがった。


 拘束刑:手足を縛られ、暗闇の小部屋に閉じこめる。二時間。


<はい、注目の第一の執行刑はこちらになりました!>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る