正義の味方だったのに

植木鉢たかはし

序章

「ぐっ……ぁ、あ…………」



 響き渡る悲鳴、燃えていく街、倒れる人々。俺を囲む全てのものが、次から次へと、黒い炭へと変わる。止めどなく赤い液体が流れ落ちる身体。片足はすでにどこかに消えていて、きっと、この炎の中のどこかで黒こげになっているに違いないだろう。奪われた瞬間は、痛みのあまりに声一つ出なかった。

 巨大な黒い影……あいつが来てから、まだほんの数十秒。本当に……本当に一瞬で、全てを奪われたようだった。


 ――ただ一つを除いては。


 視界の奥には、淡い光を放ちながら、懸命に剣を振る、年端もいかぬ女の子が一人。そこに向かって、俺は必死に手を伸ばした。身体はとうに動かないのだ。それだけで精一杯だ。



「ぁ……は……姫、さま…………」



 御守りしなければ……勇者として生まれ、育てられたのが使命であるのなら、姫様を……あの御方を、守らなくては…………

 と、伸ばしていた手が、胴体から切り離された。



「っぁぁあああぁああぁぁああ!」


「――ルアン?」



 姫様……? あぁ、いけません。こちらに来てはなりません。今の私は片腕と片足を失い、あなたを守ることができません。どうか、どうかお逃げください。

 そう言いたいのに、声が出ない。それどころか、身動ぎ一つ出来ないのだ。



「ルアン……ルアン! しっかりしなさい! ちゃんと……助けてあげるから。あなたも、勇者である前に、私の大切な友なのよ」



 姫様……そのお優しさが、一体何度、私を救ってくださったのか。

 しかし、今は――



「大丈夫、大丈夫だか――」



 姫様の、声が、動きが止まる。その背後には、すでにあの巨大な黒い影が迫っていた。どこにそんな気力が残っていたのか、俺は残った左腕で姫様の肩を掴み、後ろに押し倒すと、庇うように前に出た。その俺の身体を、影は容赦なく炎で包み込んだ。



「ルアン――ッ!」



 姫様……あなたがお亡くなりになるまで、決してそばを離れないと言っていたのに、申し訳ございませんでした。先に逝っております。あなた様は、あとから、出来るだけ、ゆっくりと――。

 炎の中から、影が姫様に向かって剣を振り上げるのが見えた。それ以上は見たくないとでも言うように、身体は、全機能を停止させた。




『――姫様を頼んだ』




 最後に、そう言われた。

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