お茶会の準備

「よし。良い出来だ」


 満足げに頷いて、クロニカは腰に手を当てる。頭巾を取ると、女性にしては短い朱色の髪がはらりとそよいだ。

 青く澄んだ瞳で見下ろしているのは、焼き立てのピーチパイ。こんがり焼けているそれは焦げ目がなく、形も歪ではない。甘く香ばしい匂いに誘われ、義兄のルーカスが厨房に顔を出した。


「良い匂いだね」

「ルーカスの分は今切り分けるな」

「ありがとう。ところで彼が来るのか?」

「そう」


 切り分けながら答える。


「彼もけっこう来るな。婚約者でもないのに」

「婚約者じゃなくても、友人だからな。俺に婚約者はいないし、あいつもいない。さほど問題じゃないだろ?」

「一般的には。けど、彼だとなぁ」

「まあ、たしかにおっかない異名あるし、胡散臭い奴けどな」


 クロニカは苦笑する。


「根は優しい奴だぞ。悪巧みしている時は近寄らないほうがいいけど、別に怖がることはないと思うけどなぁ」

「それはクロニカだから……」

「へ?」

「いや、なんでもないよ」


 少々笑みを引きつっているルーカスを怪訝に思いながらも、切り分けたピーチパイを差し出す。


「ほら」

「ありがとう。では、部屋でいただくことにするよ」

「あ、ハーブティーもあるぜ」

「ありがとう」


 にこやかに笑い、ルーカスはピーチパイとハーブティーを持って厨房から出た。

 その様子を見ていた三人のシェフたちがひそひそと声を潜めて言葉を交わす。


「仲がいいよな、クロニカ様とルーカス様」

「義兄妹っていっても、たったの二ヶ月差だからな」

「あの~……彼とは誰のことですか?」

「ああ。お前は最近入ったばっかりだから知らないのか」


 おどおどとした新入りに、先輩風のシェフが耳打ちする。


「ジュリウス・セピールのことだ」


 その名前を聞いた途端、新入りの顔が強ばった。

 ジュリウス・セピール。またの名を『死神公爵』という。まだ爵位を授かっていないが、父親が公爵なこともあるが、将来彼が公爵の爵位を受け継ぐのではないか、と噂されている為、公爵という異名がついた。

 死神というのは、彼が医学者として働いていることから付いたものだ。死体を使って怪しい研究をしている、人の生き血を吸っている、彼が通った道には死体すら残らない、と違う意味で黒い噂が絶えない人物である。


「そんな顔をするよな、普通」

「ど、どうしてここに?」

「お嬢様が言っていた通り、友人だからだよ」


 まあ、と一人のシェフが遠い目をする。


「あっちはな……うん。お嬢様も大変だよな」


 どこか遠い目をした先輩二人に、後輩は怪訝そうに首を傾げた。

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