3話 帰る場所(2)

 薄ピンク色の壁紙に、白い床板。壁紙と同じ薄ピンク色の棚には、大きなリボンのついた靴や、プレゼントボックスを模した形のバッグが置かれている。金色のハンガーには形も柄もさまざまなドレスがかけられ、空間の中央にはバラの織模様のドレスと、赤いケープを着たトルソが二体、立っていた。

 エミリーは感激の叫びを上げないようにとっさに口を閉じて、赤いケープに駆け寄った。

 エミリーの抱える紙袋が三つに増えたころ、イルケトリは約束どおりシャーメリーへ向かってくれた。数週間ぶりに訪れたシャーメリーには冬に向けた新作が入荷しており、エミリーの気持ちを一瞬で高ぶらせた。

「エミリーちゃん、こんにちは。ちょっと久しぶりだね」

 ケープに釘付けになっていたエミリーのそばに、一番顔なじみの売り子、ミーシャ・キャロルがやって来る。

 ミーシャは金に近い茶色の髪を綺麗きれいに巻いて結っており、濃いピンクの生地にさらに濃いピンクのベルベットリボンが飾られたドレスを着ていた。リボンの上に白いパールが縫われて、アクセントになっている。

 細身で、いつも背筋の伸びたすらりとしたミーシャはエミリーの憧れだった。

「あああキャロルさん! 久しぶり!」

 とうとう高ぶりを抑えきれずエミリーの声が震える。

「久しぶり。あ、ケーキ柄着てきてくれたんだね。可愛かわいい」

 久しぶりの外出ということで、エミリーは全力でおしゃれをした。オフホワイトベースに色とりどりの小さなケーキがプリントされたお気に入りのドレスを着てきた。

 オフホワイトベースは汚すのが怖くて部屋で大事に眺めることのほうが多いのだが、今日は解禁だ。髪も気合いを入れて巻いたし、コルセットもいつもよりきつく締め上げたし、ペチコートもいつもよりボリュームがあるものを入れてある。髪飾りも、オフホワイトのレースがたっぷりついたヘッドドレスをつけた。

 エミリーは「ありがとう!」とうなずきながら目の前のトルソを指差す。

「これ! ケープ!」

「そう、ケープ! エミリーちゃん絶対似合うと思う!」

「可愛いよね! 伝説として語り継がれるくらいに!」

「試着してみる?」

 ミーシャが笑顔で首を傾ける。

「エミリー」

 薄ピンク色の店内には場違いな、低い張りのある声がエミリーの背後からかかる。

 振り返ると、イルケトリが美麗な微笑みで、見下ろしていた。

「外にいる」

 早くしろ、と言われていないのに続けて聞こえた。微笑みが営業用の完璧なものすぎて、怖い。

「お、置いていっていいから! むしろあとから追いかけるからどうぞお気になさらず!」

「お前を置いて帰れるとでも?」

 ほんの少し艶をにじませた笑みに、エミリーは血の気が引く。見ればまわりの女性客や、売り子までもが目を輝かせてイルケトリをうかがっている。絶対に正反対の方向に誤解されている。

 エミリーが脅されたように頷くと、イルケトリはドレスを眺めていたヒフミのほうへ歩いていく。「ヒフミ。どうする?」と尋ねたあと、ふたり並んで店のドアを押して出ていった。

「綺麗な方ですね。お友達?」

 ミーシャがドアのほうを見て、エミリーを見る。

「いや、新しい雇い主なんだけど……」

「ええ、あんな雇い主さんだったら今の倍は仕事頑張れそう」

 盛り上がるミーシャに対し、エミリーは顔を覆いたくなる。なんて完璧な外面そとづらのよさだろう。

「試着する?」

 ミーシャが赤いケープを取ってきて掲げていた。首元の生成きなりのファーには小さな赤いベルベットリボンがいくつもついていて、ケープをふちどるように生成のピコレースがあしらわれている。

 瞬間、エミリーの中にあった感情はすべて吹き飛んで、「する!」と前のめりになっていた。

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