3話 帰る場所(1)
数週間ぶりの
(ああ、やっと、やっと来られた)
大通りには大きな灰色のレンガ造りの金物屋、ウィンドウにさまざまな装飾のドレスが並ぶ服屋、外にテーブルを置いた喫茶店、いろいろな果物の中で呼びこみをする果物屋が、つめこまれたように並んでいる。帽子をかぶった新聞売りの少年、品のいい老夫婦、たくさんの人を乗せた乗合馬車まで、コムセナには人と物が濃く集まっている。
今、エミリーは首都コムセナの石畳を歩いていた。流れてくるミートパイの焼ける香り、花屋のたくさんの花の香り、すれ違った人の香水の香りを吸いこむ。どうしようもなく心を弾ませながら、イルケトリの後ろについていく。
ただし、胸の前に視界を塞ぐほど高さのある紙袋を抱えながら。
「あの。イルキ?」
エミリーは紙袋をよけながらイルケトリの背に声を投げた。イルケトリが歩きながら「何だ」と振り返る。
「何で今あたし荷物持ってるの?」
ミス・ドレスで昼食をとってから馬車に乗り、一時間四十五分。コムセナについて感激のあまり放心状態でイルケトリのあとを追っていたら、いつの間にか荷物を持っていた。
イルケトリはけげんな顔をする。
「コムセナに行くのは買い出しのついでだって言ったはずだが?」
エミリーは数秒、最近の記憶を頭の中で思い返した。
「初めて聞いたんだけど」
「そうか。聞いてなかったんだな」
「本当に言った?」
「言った。間違いなく」
否定したい気持ちはあったが、多分浮かれすぎて聞き逃したのだろう。けれどふと、意地悪なことを思いつく。
「前に女性に荷物を持たせて自分が手ぶらなのはありえないって言ってなかったっけ」
メイドに荷物を持たせるのは当たり前なので、本当はいっこうに構わない。日頃からかわれているぶんの仕返しだ。
イルケトリは軽やかに
「ちなみにそっちのほうが軽いからな」
「そっちのほうが小さくない?」と反撃する前に制されて、エミリーは完全に言葉を飲みこんだ。勝てない、悔しい。
ともあれ、買い出しのついでだろうが何だろうが、コムセナに連れてきてもらえたのは本当に感謝している。けれど、ほんの少しだけ、心に引っかかる。
イルケトリの左隣に視線を移すと、黒髪の短髪が揺れている。今回のコムセナ行きは、イルケトリと、ヒフミと、エミリーの三人でだったのだ。
「何だ、また
エミリーの視線をたどったらしいイルケトリが平然と言い放つ。
「いいかげんにしてもらえる?」
エミリーはできる限り最高に冷たい目をして、イルケトリを見た。
引っかかるのはささいなことだ。人混みを三人横並びに歩くのはじゃまなので、必然的にエミリーだけが後ろになる。イルケトリはヒフミを人混みからかばうように歩いて、疲れていないか尋ねる。もちろんエミリーにも尋ねてくれて、ときどき振り返ってはいる。
けれどあれほど離れるなと念押ししていたくせに、エミリーに特別注意を払っているようにも見えない。このままはぐれてしまっても気付かれないかもしれない。
結局、エミリーはメイドで、ヒフミは
夜のアージュハークで人混みからかばってくれたこと、ミス・ドレスに来た初日、トランクを持ってくれたことを思い出す。
イルケトリが時折優しさを見せるのとともに、決して相容れない一線を引いているように感じるのは、エミリーがいずれ出ていくよそ者だからだろうか。
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