パラレルワールド・クロニクル
@Siharu486
第1話 今日という日
フルートリー帝国――。
私のいる国の名だ。
ここで私は、召喚師のようなことをしている。
この国では、近年、召喚師のようなことができる者たちが目立つようになってきた。今までは、召喚師がしているようなことは、お伽噺の中のことであり、現実では起こりうることだと認識されてはいなかった。
取り立てて目立つ産業も、強大な軍事産業も持たないこの国は、小国として時たま来る外国の侵略におびえながらも、比較的穏やかな日々を送っていた。
始まりは、30年前だとされている。
それから、隣接する小国を吸収し、この国はどんどん大きくなっていった――。
前線に立たされたのは、年齢も性別も民族もばらばらの召喚師たちだった、、、。
「アーレイ。」
黒い髪の少女が名乗る。
「名は?」
唐突な問いの意味を理解した相手は名乗り返す。
「ライラといいます。」
赤い髪の、少女よりは一回り年上と思われる女だった。
「そう。それで?」
アーレイが問う。言葉が短く、意味が理解しにくい。
「あの、意味がよく理解できないのですが...?」
「どこにいくつもりだったの?」
少女、アーレイは幼くして、前線に立つ一人だった。歳は15くらいだろうか。優秀なだけでなく、整った容姿である。
召喚師が社会的に認められるようになってから、とりわけ前線に立つようになってから、召喚師は国に集められ、税を納めるなどの義務を免除される代わりに、その特異な能力を活かし、戦うことを求められる。国の収集に応じるかどうかは個人の自由である。(隣国に逃げられたり、能力をひた隠しにされたりした事例が後を絶たなかった。国は、隣国に逃げられることを嫌い、個人の判断に任されることになった。)
代わりに、召喚師としての働きを期待される者たちは、厳格に能力のみで評価される。この集団は、騎士団のような扱いで社会的名誉が約束される。歳や性別、民族などは考慮されない。この国の為政者たちは、召喚師の能力を高め、他国を侵略することに熱を上げ、躍起になっていた。国民もまた、多くの者たちが召喚師に、その特殊な能力に期待をしていた。国民の間では、根深く民族への偏見が残っているが。
召喚師の能力を持つものがどのような理由で生まれるのか、現在のところわかってはいない。能力の磨き方も、召喚師以外の間では情報を共有していない。そのため、能力の低い召喚師のひなは、前線に立つものと師弟のような関係になり、指導を受ける。(ちなみに、当事者の意見などはあまり反映されない。)
アーレイがライラの師になったのは、少し前のことだ。だから、行き先を聞かれることは不思議ではないのだが...。
「すぐにもどりますので。」
ライラは、答える。召喚師としての能力は高いと期待されて、入団したライラだったが、結果は散々だった。その上、指導についていくにはひどく体力と精神力、集中力を消耗した。
「もうすぐ、戦争になる。前線に立つことになると思うけど?」
「わかっています....」
指導をうけている最中の召喚師のひなといえども、前線に立つことは少なくない。
加えて、日に日に情勢が不安定になっている現在では、すぐに戦争になるのではないかという話が広まるには十分だった。
しかし、そう言うライラの顔には余裕がない。
「休憩しよう。」
相変わらず、アーレイの表情には変化がない。
だが、ライラに余裕がないことがわかったのか、今日の訓練は結局、ここまでとなった。
そんな日々が続き、訓練は進歩することなく、1か月が経過する――。
前線に立つことが決まったのは、それからおよそ3日後のことだった。
訓練もめぼしい成果を上げることができないまま、前線に立つ日は訪れる。
町のパレードで見送られながら、ライラはため息をつく。この1か月、どれほど訓練を重ねようとほとんど進歩した気配のない結果に嫌気がさしていた。
さらに、このパレードである。
「ハーフエルフの上に、能力もないのなら、ほかの召喚師の身代わりくらいにしかならないだろうな...」
「俺たちの代わりに死んでくればいいんだ。」
この場にハーフエルフはライラしかいない。多くはライラに向けられた言葉だということが明白だった。
国の役人たちは、結果を出せないライラを疎ましく思っているのだろう。
「ハーフエルフなどを入団させるなど我が国の恥さらしである。ほかの召喚師が他国に逃げて行ってしまうではないか...。」
「確かに。いくら人手が不足しているといっても...。」
そんな声が召喚師の訓練場でも聞こえていた。
気が付くと、アーレイが少し心配そうにこちらの様子をうかがっている。わずかな表情の変化で、最初はわかりにくかったが、ここ一か月でいくらかわかるようになった。
注目されているのはライラため、あまり目立ったことはできない。わずかに苦笑して、仕方ない、と笑いかけると、アーレイは少しして小さなうなずきとともに前を向いた。
幼くして優秀なアーレイが、貴族の身分を持つ家の出自であることを聞いたときは驚いたものだ。召喚師としてだけではなく、身の回りのことはたいてい、そつなくこなせてしまう彼女が、貴族でありながら、召喚師として生きていく理由はないように思う。
そんなことを考えながら、見送られる。
相手国は、ウィルター公国。小さいながらも豊かな国土を持つが、とりわけ強い軍事力を持つわけではない。そんな国が今まで目立った侵略を受けなかったのは、物資の支援を他国にすることで中立の立場をとりながら、多くの隣国と友好関係を築いていたからである。
ライラはに何もできないので、アーレイについて戦場を回る。アーレイの、ほかの召喚師の召喚した召喚獣が、戦場を赤く染める。アーレイは、焦点のあっていない目で、ここではないどこか遠くを見ていた。
気持ち悪い...。
吐き気がする...。
目が回る...。
そう思いながらも、ライラはこの光景にどこか既視感を抱いていた。
あれはいつのことだったか...。
戦果
死者1800名。負傷者300名。わずか数十人の召喚師が相手国に与えた影響は、敗戦という事実よりも大きかった。
帰路につく一行の中で、青い顔をしながらライラは、己の覚悟の甘さと召喚師の圧倒的な力を思い知るのだった。
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