Enoytnewt
結城 基
Enoytnewt
「わたしは命じゃないし、命はわたしじゃないわ」
そういった彼女に対して、でも命は大切にしなきゃ、だなんて的外れな台詞しか思いつかなかった僕は、二度と彼女の元を訪れなかった。とどのつまり僕は逃げたのだ。僕の言葉の届かないどこか遠くの世界に言ってしまった彼女から。
柩の中に入れられた彼女の抜け殻が分解液によってぐちゃぐちゃの液体にされている時、僕は暗い部屋の中でひとり、〈彼女〉と向き合っていた。
「君もわたしのこと買ってたのね。もう話せないと思ってたから、嬉しいわ」
腐ることの知らない無機物への引越しを果たした女の子は僕に話しかける。
「葬式──別に死んだつもりはないけど──行かなかったのね」
今頃私の抜け殻は泡になって弾けてると思うと、不思議な感覚よ。
君はそういって恍惚な顔を浮かべる。
「僕はやっぱり君のことを彼女だとは思えないよ」
「いいえ。わたしは一点の曇りなくあなたの言う彼女よ。それとも何、あなたが大切だったのはわたしの肉体なのかしら」
断言する冷たい目に生前の彼女を見出したぼくは不思議な罪悪感までを感じてしまう。「そうじゃないけど、僕は君に命を見いだせないんだ」
「言ったでしょう。大切なのは命じゃないって。必要なのは私の言葉、思考、意思──」
◆
「命は君じゃなくても、君の一部だったんだよ」
そう言った彼はまたしても私の前から逃げ出した。大きく裂けた首から飛び出た配線を空に晒しながら、的外れねと私は呟く。音にならなかった私の呟きは冬の冷たい風と共に流されてゆき、逆さに映る彼の頬を一筋の涙が伝う。
Enoytnewt 結城 基 @Azyu-Seeds
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