OUTIS わたしたちの逃走論
コミナトケイ
Ⅰ 何者でもないわたしたちの出逢い
「――ありがとうございました!」
拍手と歓声が沸き起こる。
なんにもないわたしだけど、歌うことは好き。
気づけばわたしは駅前で歌うようになっていた。
人に届けたい、というよりはほんとうに自分のためだ。話すことがうまくないわたしが想いを乗せることができる手段は、歌しかなかった。
今日もわたしなんかの歌のために何人も囲んでくれている。
『何者でもない』わたしが、何者かにでもなれる瞬間だった。
人だかりが引いて落ち着いた、と思っていたところに、わたしと同い年くらいだろうか、ふたりの男の子がかきわけて入ってくる。
いやだな、ひと目見て苦手なタイプそう……
と思っていたところに、声をかけられる。
「キミ、いつもここで歌ってるよね。前からカワイイなあと思って見てたんだ。一緒にカラオケでも行こうよ」
「えっ……わたし、あの……」
「いいからいいから。好きなだけ歌わせてあげるから」
――っ、痛い。離して……!
歌うことはできても、こういう時に声を張り上げて拒むことはできない。
もうひとりの方がわたしの腕を引っ張り、無理やり連れて行こうとする。
「待ちなさいな。嫌がる女の子に、お姉さん感心しないな」
男子の腕を掴んでそれを止めてくれたのは。
少し年上くらいだろうか、いつもわたしの近くで占いをしている女性。
黒いヴェールから垣間見える顔は、まるでお人形さんのように美しかった。
「なんだよあんた?」
「見てわからない? 占い師だよ。どこにでもいる、ね」
若い女性と見てあからさまにあなどっているのか、男子たちが挑発する。
「よく見たらあんたもカワイイねぇ。あれ? ひょっとして一緒に行きたかった? 逆ナンかあーありがたいな~~」
「どうせ占いなんて誰にでも当てはまることを適当に言ってるだけだろ?」
「――そう思うなら、占ってあげようか?」
売り言葉に買い言葉。なんだかよくわからないことになってしまったけど、わたしにはお姉さんの後ろでオロオロすることしかできなかった。
「おう、占ってみろよ。どうせ大したことな――」
「キミ、いくらこないだの国語のテストが返ってきたけど36点で、親に見せられない、どうしよう……って不安でも、こうした形で八つ当たりはお姉さん、よくないと思うな」
「――!? ど、どうしてそれを!?」
占い師さんの予想外の切り返しに、男子たちが色を失っていた。
もう片方の男子の腕も掴んで、彼らの秘密を鮮やかに暴き出す。
「キミの方はゲームの課金のために昨夜2,400円お母さんの財布から盗んだでしょ。ダメだよ、そういうことしちゃあ。親御さんが悲しむよ」
この話を聞いた男子のようなのをまさに『がんめんそーはく』っていうのかな。
「嘘だろ金額まで……お、オレに触れるな!」
あわてて女性の手を振りほどく男子。
「い、行こうぜ……! なんか気味わりぃ」
恐れをなした彼らは、逃げるようにして去っていった。
はっ……いけない。助けてくれた人に、お礼をしなきゃ……!
「あ、ありがとうございました……!」
「いいって。まあでも、世の中にはああいうのもいるから、路上で歌うのもいいけど気をつけるんだよ」
「は、はい……すみません」
「あ、そうだ。どうせなら、キミも占ってみようか?」
「い、いえ、わたしは……」
「大丈夫、お金は取らないから」
「で、でも……」
「最近キミが歌い始めてから端でずっと見ていたけど……まるでぽっかり空いた心の穴を必死で歌で埋めている、みたいに感じたから。歌うことでしか逃れられない、キミ自身にも言葉に昇華できない悩みがあるのかな、って」
「う……」
占い師さんの直感っていうのだろうか。
そういうセンサーかなんかに引っかかっちゃった……?
わたし確かに明るいほうじゃないけど……そんなにわかりやすいのかな……?
「……キレイな銀髪。……染めてるわけじゃ、ないのかな? 見たところ中学か高校生くらいの歳だろうけど、先生になんか言われない?」
「は、はい……これはいちおう、地毛ですから」
「そうなの? あなた……名前は?」
「えっ……メルです。メル・アイヴィー」
「そう。メルでいいかな?」
「は、はい」
「この日本で外国の方が暮らすのは大変じゃない?」
「……いえ、そんなことは」
最近は外国人も多くなってると聞く。
確かにこの町だと珍しくてすっかりみなさんに覚えられているんだけど……不自由は感じないどころか、本当によくしてくれる。
わたしなんかにはもったいないくらいに。
占い師の女性は驚くほど自然な動作で、気づかぬうちにわたしの手に触れてきた。
「……怖がらないで。これが私の占い方だから……」
少し驚いたけど……不思議と嫌じゃなかった。
でも……先程の男子たちの相手をしていた時と対照的な堅い表情で、こう漏らしたのだった。
「――『相』が見えない!? どういうこと……!?」
『相』? なんのことかな?
「こんなの、初めて……あなたの心は誰も寄せ付けないヴェールをまとっているようだ」
「……あの、わたし、記憶喪失なんです」
よくわかんないけど、あの男子たちと違うとすれば、まず間違いなくそこになるかなと思ったから。
「……そう」
占い師さんは額に手を当て、少し間をおいて、再びわたしに質問を投げかける。
「じゃあもうひとつ……メル・アイヴィーっていうのは元々の名前? それとも記憶を失ってからつけられた?」
「……え?」
言われて、口ごもる。
……あれ? どうだろう。考えたこともなかった。
すごく大事なことなのに。
鼓動が早まる。
わたしの中のヴェールに包まれた何かが、反応しているかのようにも感じられて、不安で胸が締めつけられる。
「……わかりません」
この場はこう答えるほかなかった。
わたしの返事を聞くやいなや彼女はヴェールを脱ぐ。同性の立場から見ても息を呑む美しさだった。
「……場所を移しましょう。あ、大丈夫。別に取って食おうってわけじゃないから。私は
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