再結成

「鳥がいるって聞いたんですが」

「鳥?そうですね、鳥のフレンズさんたちならいますよ!」

円形のステージを見下ろす、木の上に寝そべっていた眼鏡の女性が答えてくれた。

「えへ、えへへ、そりゃもう、かわいいんですよ!アイドルユニットの再結成を目指して活動中なんですよ!」

眼鏡さんは、早口でまくし立てる。

「なんでデビューしてないアイドルを追いかけるのかって?そりゃもう!アイドルはデビュー前から追いかけるのが醍醐味なんですよ!」

「は、はあ」

そんなことは聞いてない。

「でも、まだメンバーが足りないらしくって!応援しか出来ないのが、もどかしいです!はあ、はあ!」

それより、飛び方を教えてもらえるのか。

「飛ぶ!そう!彼女たちは、ここから羽ばたくんですよ!もう!滾ってきたー!」

どうやらこれ以上の情報は得られそうもない。


鳥のフレンズ。あの子たちだろうか。

「はい!そこでターン!」

どかっ。踊っていた二人がぶつかって倒れた。

「なにやってるのよ、ジェンツーが左回りなんだから、フンボルトは右回りでしょ!」

「いたーい」

「だ、だいじょうぶですか?フンボルトさん」

どうやら練習しているようだが、お世辞にも上手とは言えない。

「早く立って!さあ、もう一度よ!」

「もうやだー。おなかすいたー。誰かじゃぱりまん持ってなーい?」

「で、でも、ちゃんとできるようにならないと、ロイヤルさんが」

「私がどうしたの?私のために練習してるの?違うでしよ、自分のためじゃないの?」

ああ、こんなヤツは部隊にもいた。嫌な教官だった。訓練するのは、自分のためだと言うのだ。確かに訓練しなければ、戦場で生き残る可能性は低い。だが、そもそも誘拐されなければ、戦場になど行かなくても良かったんじゃないか。

ロイヤル、と呼ばれた彼女を、じっと睨む。

「な、なによ!ここは部外者立ち入り禁止よ!」

「あの、ちょっとお聞きしたいことが」

「何かしら」

「あなたたちは、鳥のフレンズですか?」

「そ、そうだけど」

「じゃ、じゃあ!僕に飛び方を教えてください!」

「飛び方?」

三人は顔を見合わせた。

「わたしたち、飛べないよー」

「鳥は鳥でも、ペンギンなんです、私たち」

ペンギン?飛べない鳥がいるのか。

「そうですか…」

「ごめんなさいね、役に立てなくて。ほら、元気出して」

あからさまに落胆していたのだろう、ロイヤルが慰めてくれた。

「でもそうねえ、みずべちほーだと、フラミンゴがいるかな。湖の西のほとりでよく見かけるけど」

「フラミンゴって、飛べるんですか?」

ロイヤルはなぜか胸を張る。

「もちろん!実に優雅に飛ぶのよ。それに、踊りも上手だって聞いたわ」

「そうですか。じゃあ行ってみます。ありがとうございます」

ロイヤルたちの練習の激しい声を背に、西のほとりに向かう。


鏡のような静かな湖面に、彼女は佇んでいた。

ピンク、いや、真紅に近い。僕の身に馴染んだ、血の色を思わせる。

美しさに、暫く呆然と見つめてしまった。

「あーなーたッ!そう!そこのあなた!わたしの美しさに!見惚れてしまったのかーしーらッ!」

意外なほど激しい口調に、少したじろぐ。

「そうよねーッ!それは仕方ないわ。それよーりーッ!今日はどうしたのかーしーらッ!」

「あ、あの」

気圧されていては、必要な情報を引き出せない。

「あの、飛び方を教えて欲しいんです」

「飛び方?あなた、飛べないの?ならーばッ!まずは強く思いなさいッ!飛びたいって!」

思う?思うだけで飛べるものなのか?技術とか、筋力とか必要なものがあるんじゃないのか。

「あなた、鳥のフレンズなんだからッ!本当は既に!飛べるはずなーのッ飛べないのは、飛べないと!思って!いるからなのよーッ!」

飛べない。それはそうだ。飛ぶなんて、考えたこともない。

「さあッ!情熱的ーにッ!強く思ってーッ!」

飛べる、飛べる、飛ぶ!飛ぶんだ!

しかし、身体は1mmも浮き上がることはなかった。

「あなた、本当に鳥のフレンズ?あなたには、そう!パッションが足りないのよーッ!」

情熱。昔から無表情とか、目付きが悪いと言われてきた。情熱なんて、どこかに置いてきてしまった。

「情熱、それは生命の発露!飛べなくても頑張ってる子だっているのよ!着いていらっしゃいッ!」

フラミンゴはふわりと軽く羽ばたくと、僕をぶら下げて飛んだ。


「見てごらんなさい!彼女の飛翔をッ!」

ぴょーん。

飛んでいるわけではない。跳んでいるのだ。

「ロックにいくぜー!」

岩から岩へと、次々に跳ね回っている。

「イワトビペンギンだぜ!フラミンゴの姉さん、久しぶりだな!」

「あなたはいつも元気ね!その情熱、ステージで表現してみない?いいえ、しなさい!そしてあなたは今から、イワトビペンギンじゃなくて、イワビー!よッ!」

「えー?」

傍若無人とはこのことなのだろう。

イワビーは、無理矢理攫われたのだった。


目の前には、堂々たる体躯のペンギンが立っている。

「わたしがコウテイペンギンだ」

「コウテイね、よろしく。どう?堂々としてるでしょッ!」

「強いのか?」

「わ、わたしはその、戦うのはちょっと」

コウテイは急にオドオドしだした。さっきまでの堂々とした態度が嘘のようだ。

「コウテイ?あなた、情熱は!どうしたのーッ?」

「じょ、情熱って」

コウテイは、大きな身体を縮こめて青くなった。

「情熱は!漲る自信から生まれるものッ!自信はどうしたのッ!」

その瞬間、コウテイの震えが収まった。

「そう、それよッ!じーしーんーをッ!持つのーよッ!」

「コウテイ…?」

見上げると、コウテイは立ったまま気絶していた。


練習スタジオに戻ると、三人はへばって倒れていた。

「だ、だいじょうぶですか、ロイヤルペンギンさん、フンボルトペンギンさん、ジェンツーペンギンさん!」

身体を抱き起こすと、フンボルトペンギンが目を少しだけ開けた。

「じゃ」

「じゃ?」

「じゃぱりまん持ってなーい?」

単に空腹で倒れ込んでいたようだ。

「待ってろ、今ボスからもらってきてやるからな!」

イワビーが走っていく。

「どうしたの、あなたたち。時には休まないと、情熱は続かないわよ」

フラミンゴが珍しく静かに、優しく語りかけた。

「よく食べる!よく寝る!そしてッ!よく踊る!食べて休んだら、特訓よッ!」


「ジェンツーペンギン?じゃあ、あなたはジェーンねッ!天然ちゃんのあなた!フンボルトペンギン?あなたはフルルね!そしてあなた!あなたはロイヤルペンギン?女の子らしいあなたは!そう!プリンセス!いいこと、今からあなたたちの6人の特訓をします!わたしのことは!先生!とお呼びなさい!」

6人?僕も数に入っているのか。

「僕は踊りとかは…」

「あなたは踊りはいいの!パッションを学ぶのよ!見て聞いて、情熱を発散するのよッ!それからあなた!女の子でしょ!僕、なんて可愛らしいあなたには似合わないわッ!」

可愛らしい?僕が?だいたい、僕が女であることは、部隊でも数人しか知らないはずだ。部隊が何かはわからないが。

「これから自分のことは、わたしって呼ぶのーよッ!」

わたし。なんだかこそばゆい感じだ。

戦うのに女であることは不利だったし、危険だった。だから今まで隠してきた。見た目も男っぽかったから、あと数年は男で通せると思っていたのに。

「ほら、言ってごらんなさい!わ・た・し!はいッ!」

「わた…し」

「もう一回!」

「わたし」

自分のことをわたし、なんて呼ぶ日が来るなんて、想像もしたことはなかった。

自分でも、頰が熱くなるのがわかる。

「そう!とーっても可愛らしいわ!パッションがわかるのも、もうすぐかもねッ!」

そのパッションとやらがわかれば、飛べるようになるのか。

僕は…いや、わたしはみんなの練習風景をじーっと眺めていた。

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