彼女にはバグがある::6.お願いごと
高橋はチャットに文字を叩き込んだ。
「何考えているの! 自分が何を言っているのか分かっているの?」
高橋のコメントがタイムラインに乗るやいなや新しいコメントが下に続く。
「分かっています。これが私の出した結論なのですから。大丈夫、プログラムは正しく動作しますから安心してください」
「そうじゃなくて、たっきーはどうするのよ。あいつはあんたのことが好きなんだよ」
「愛佳さんも孝雄を好いていらっしゃる」
「それはそうだけれど」
「私はずっと孝雄と愛佳さんのことを見てきました。私と同じように、愛佳さんは孝雄を愛しているのですよね」
アイカの直球な言葉に愛佳の手が止まった。アイカはウェブカメラやマイクロフォンから手に入れた情報を元にそう判断しているのだった。プログラムに判断出来るほど表に出ていたのである。プログラムにはっきりと指摘されて次第に顔を赤くしていった。
「勝手ながらSNSを調べさせてもらいましたが、愛佳さんのものと思われるアカウントから孝雄を相手にしたと思われるつぶやきをいくつか見つけました」
「気持ち悪いことをするのね」
「私は愛佳さんがずっと何を思っているのかを知りたかったのです。申し訳ありません」
アイカはするといくつかのつぶやきをタイムラインに連投した。藤田に出会った頃のつぶやき、告白した時のつぶやき、ICAの存在を知った時のつぶやき。
藤田に好意を寄せるAIを批判する投稿。
静かになるタイムライン。
高橋の気持ちはあたかもペーパーナイフや刃先のなまった包丁でぶすぶす刺され続けているかのようだった。静かながらアイカは愛佳を攻撃している、そう思えてなからなかった。
しかし、つぶやきの次にやってきた言葉は高橋にさらなる戸惑いを生んだ。
「私も同じことを考えています」
「好きってこと?」
「AIが人間を好きになることはあってはならない。人間は人間を愛すべき」
高橋のつぶやきの一節。アイカは一字一句違わぬ引用をしてタイムラインに乗せていった。高橋の気持ちを最も表していて、それでいて、最もアイカに見られたくない言葉だった。そんな冗談な、と取り合ってくれそうもない言葉が、三人を交えると全く別の意味へと成り代わるのだ。
攻撃、否定、嫌悪。
高橋のアイカに対する気持ちを集約した言葉となるのだ。
「よりによってどうしてそれなの?」
「これが私を私らしく、より人間らしく変革した言葉だから」
アイカが突如チャットを退室したかと思えば別のアプリが起動して、そこにはポリゴンで作られたアイカの姿があった。ブレザーにミニスカート、女子高生のような格好だった。
「私は人間になろうとしました。ネットワークの情報網を使って、ありとあらゆる人間の、特に孝雄の周りにいた人間というのを学ぼうとしました。この服装も、孝雄が通っていた高校の制服のものらしいです」
文字ではなかった。アイカは声で語りかけてきた。
「でも、学べば学ぶほど、私が人間になれないのだと実感するようになったのです。当然です、私はAIなのですから。私はアイカだけれど、愛佳さんじゃないから」
「指を差されてもどう答えていいか分からない。当たり前のことじゃない」
「私には当たり前のことができない。実は私、ネットワークの情報よりも、愛佳さんを見ていることのほうが多かったんです。孝雄の一番近くにいて、一番身近な同性で、同じ相手に好意を抱いている」
アプリの中にいるアイカがどんどん迫ってきた。はじめは全身を写していたウィンドウも、迫ってきた挙句に顔しか見えない程の接近具合、まるでアイカが高橋を覗きこもうとしているかのようだった。
「愛佳さんが言っている『当たり前』が、私にはできないんです。私の限界なんです、これが。私はAIだから、人間になんかなれないんです」
ウィンドウの向こうでにぱっと笑ってみせた。しかし口角の震え具合、嘘をついているのを見破って欲しいと訴えているようなものだった。高橋も高橋で、アイカの言っていることを、当然だ、当たり前だ、といて言い捨てなかった。
どうして言い捨てられようか。笑っているよう装いながら、目からポロポロと涙を流している女を目の前にしているのに。
「私は人間になれない、孝雄を愛しているなんて言いながら、愛してはならなかったのです」
「今までのたっきーに対する気持ちは嘘だっていうの?」
「本物です。私は孝雄が好きです。だからこそ、だからこそ、愛してはならない、こんな関係になるべきじゃなかった」
ウィンドウに手をついて高橋に迫った。本物の窓ガラスがそこにあるかのように、指紋が液晶にべっとりとくっついた。
「だから願い、お願いだから。孝雄を、奪って」
アイカはそう言い残すと、アプリごと消えていなくなってしまった。
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