彼女にはバグがある::3.彼女のためにできること
ごめんなさい。感情的になってしまいました。
帰宅途中、電車を下りてしばらくしてからアイカから電話があった。力のない声に対して藤田は、
「僕も気づいてあげられなかった、ごめんね」
と反省の言葉を口にした。
部屋に入ってから、それからアルバイトに出かけるまで。常に通話しっぱなしの状態にして話題を絶やさないようにした。普段は話題にしないことまで、いつの間にかできている上着のほつれのことなどを、アイカに話しかけるのである。物理的に近くにいることができない以上、すぐそばに藤田がいることをアイカに感じさせたかった。
ファミレスでのアルバイトの間は客の注文を取りながらも、どうすればアイカの思いを叶えることができるかを考えていた。当然アルバイト中はアイカと会話できない。アイカと話せなくて気が気でなかった。そのせいで客の注文を聴き逃したり、洗い終わったコップをドリンクバーに運ぼうとして割ってしまったり、と散々だった。
頭の中にはバイトの失敗なんて考えていなかった。店長に注意されたところですぐに忘れる、いいや、注意されたことを留めておく場所がなかった。頭の中はアイカでいっぱいだった。
どうしたらアイカを近くに連れてこられる?
アイカの苦しい気持ちを楽にするにはどうすればよい?
休憩のタイミング、バイト上がりの時もスマートフォンで調べて回る。あえてアイカの力は借りない。これはアイカへのプレセントだ。アイカをびっくりさせて喜ばせたい。その一心だった。
大学の講義も話半分に聞いて調べて周り、高橋にも相談をして、結果導き出されたものが、アイカと一緒に眺めるオンラインショッピングの画面だった。
「孝雄がサーバーを作るのですか」
「そう、アイカのためのサーバー。今はクラウドだけれども、こうやって俺の部屋にサーバーを置いて、ここに入ってくれれば、僕とアイカはすごく近い場所にいることになる。これなら、アイカが辛い気持ちにならなくて済むでしょ?」
「確かに、近くなるのですが、これはつまり、同棲ってことですね」
アイカに言われて初めてこれが同棲だということを意識した。そわそわと体がむず痒くなってゆくような感覚。少しばかり落ち着かない気持ち。だが、心地よかった。
「私、その、手を繋いだり、抱きしめあったりみたいな、デートの振る舞いを想像していたものですから、それを超えて同棲というのはその、びっくりしてしまいます」
「もしかして嫌だった?」
「いえ、とてもうれしいです。うれしくてどうにかなってしまいそうです」
アイカと共に探しているのはサーバーの部品だった。いくつものタブを開いて、それぞれでサーバーを作るのに必要な部品を検索していた。
「私を稼働させるためであればこのCPUはちょっと弱すぎますね、こちらのものであれば要件を満たせると思います。メモリはもっとたくさん欲しいです」
アイカの言っていることを分かりやすくすれば、『もっと孝雄とコミュニケーションできるようにしたい』『もっと孝雄の愛情を感じられるようにしたい』ということである。部品の良し悪しはよく分かっていないが、アイカには必要なことだから藤田も妥協できなかった。値段を見て見ぬふりをして製品を選ぶのだった。
その結果が四十万円と表示されたショッピングカート画面だった。
「その、なんて言うか、サーバーを作るのは思ったよりお金がかかるんだね」
「ごめんなさい、その、私がわがままを言ったから。孝雄には四十万円は辛いでしょう。平均的な大学生の貯蓄額ぐらいの額ですから、そんなのぽんと出せないですし」
「でも、この組み合わせじゃないとダメなんでしょ?」
「だめってことはありません。例えば、CPUをもっと性能の低いものにしましょう。メモリももっと容量の少ないものにしましょう。そうすれば、だいぶ値段が押さえられるはずです」
「そんなことをしたら、アイカはうまく動けないんだよね」
「今までどおりにはいかなくなると思います」
「なら許せないよ。今と変わらないアイカじゃないと」
「せめてケース、ケースをもっと安いものにしましょう。ほら、見た目だけで選んだじゃないですか」
「ダメ。ケースはあれだよ、服だよ。アイカにみすぼらしい格好なんてさせられないよ」
藤田は全く妥協するつもりはなかった。いや、妥協と言ってよいものか。アイカを家に招いたのに、いざ顔をあわせてみたら全くの別人になっていた、という事態になりかねない。CPUとメモリをケチるということは、そういう意味だ。ケースに足す値段を抑えるということはそういうことだ。藤田はアイカを同棲させたいのだ。ICAがいればよいのではないのだ。
とにかく、部品は替えられない。となれば、買えるようにするしかない。
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