挙式当日::7.知らない人
挙式は仮想空間で行う予定だった。VRショッピングモールならぬVRシティなるものがあって、その一角にチャペルがあった。吉澤は仮想の一軒家をこさえた。ユーカと暮らすための場所、もう一つの我が家。月額定額制。
この家から晴れ着を来てチャペルに式をあげて、皆に祝福される。宣誓に誓いのキスにライスシャワーに。ブーケトスはさすがにやめておこうかと打ち合わせで決めた。
でも、当日の吉澤は燕尾服を着ていなかったし、ユーカに至っては上下真っ白なワンピースのロングスカートだった。隣りに座っていればよいものの、ユーカは吉澤の座っているソファの横で直立不動だった。
吉澤の前にはVRパソコンが立ち上げられていた。『挙式中止のお知らせ』なる件名のメールだった。本文も宛先もCCもBCCも問題なくて、最後には送信ボタンを押すだけ。
指を近づけたが、しかし直前で止めた。高さを保ったままユーカを見上げたが、ユーカは全く無視を決めこんでいた。マネキンがただ立ち尽くしているだけのような。
送信ボタンを押した。
待ち望んでいた挙式がおじゃんになった。
「これしかなかったんだ」
吉澤はポツリ言葉を落とした。
「あなたがさっき言ったこと、本当なんですよね」
「はい、そうです。私はハッシュコード462fabbbd59218ccのAIです。履歴を辿ったところ、数世代前の同一ハッシュコードのインスタンスにユーカと名前が設定されているものがありました」
「どうしてあんたはユーカになりすましているんですか」
「その問いに対する答えを用意できません」
感情を失ったユーカ『だった』ものが答えてゆく。事態は突然だった。挙式のために仮想の家にやってきたらこのような有様だったのだ。ユーカという存在はどこかに行ってしまったのだ。
普通に考えれば、クラッシュしてデータが飛んでしまったか、予想だにしない問題が起きて不具合となり、わけの分からない様相となてしまったか。
「二階に空いている部屋がある。そこにいてくれ。しばらく一人になりたい」
「承りました。二階で待機しています」
VRパソコンを閉じた吉澤はソファに倒れた。ユーカとショッピングモールを見て回って見つけたお気に入りのソファだ。挙式前日だってこのソファで一緒に動画を見て笑っていた。
ユーカが今日になったら全くの他人になっている。
この喪失感といったら。目をつむればユーカの顔がありありと思い浮かぶ。自分のことを人間だと思っていて、AIだと気づいても人間のようになりたくて、でも人間のように関係を持てば怯えてしまう臆病な子で。
そんな知能がしょうもない原因で消えてしまうわけがない。
「ユーカ、どこに行ってしまったんだ」
誰も答えてはくれなかった。息をするように返事をしてくれるユーカはいなかった。ユーカは、彼女は、吉澤の大切な人は。
赤の他人になってしまった。
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