第239話 降りてくるモノ

 くやしいけど、おいしい……


 競技が終わった後、僕達も競技場のフィールドに下りて、厨房で香が作った料理の残りをご馳走になった。


 桃カレーと、スズキのプリンパフェ。


 絶妙な酸味が後を引くフルーティーな桃カレーはもちろんおいしかったけど、スズキのプリンパフェの破壊力がすさまじかった。


 くせがない白身の味が、生クリームとなぜか合っている。

 すり身にしたふわふわの食感が口の中で心地良い。

 そして、カリカリに揚げたスズキの皮の香ばしさと塩加減がアクセントになっていい感じだ。

 僕の中の固定観念が、魚をパフェなんかにしたらいけない、って言ってるのに、おいしくて舌や口がそれをもっと欲していた。


 悔しいけど、おいしい……



「香ちゃん、こんな料理、どうやって思い付いたの?」

 朝比奈さんが訊いた。


「うん、なんとなく。ただ普通に、桃とスズキをどうやったらおいしく食べてもらえるかって考えてたら、自然と浮かんできたっていうか、空からアイディアが降ってきたっていうか……」

 香が言う。


 それを聞いて、アンドロイドにも空からアイディアが降ってきたっていう、そんな感覚があるのかと思った。


 僕が抱っこしている腕の中で、千木良はまだ渋い顔をしている。

 こうして勝てたんだけど、香のAIに現れる異常な反応の正体がつかめないから、それが心配らしい。


 この天才幼女は、そういうのを突き詰めないと気が済まないのだ。



「ねえ、ちょっと。これで、香ちゃんの自力金メダルの可能性が出てきたんじゃない?」

 スタンドの大型スクリーンで得点表を見ていた烏丸さんが言った。


「えっ? どういうこと?」

 僕は訊く。

「うん、今の料理の得点を足すでしょ。そうすると、残りの二種目を香ちゃんが1位、そしてヘカトンケイレス・システムズのしーちゃんが2位になると、香ちゃんの点が上回るんだよ」

 えっ?


「そっか!」

 滝頭さんが弾けた声を出した。

「おお、そうだな!」

 柏原さんの目の輝きが増した。

「いよいよ、見えてきたね」

 綾駒さんがニヤニヤする。

「予定通りだね」

 朝比奈さんは、桃色のほっぺたをさらに桃色にして興奮気味だ。


 そう、うちの女子達は本気で金メダルを取りにきているのだ。


「そういうことなら頑張らないとね」

 香が顔の前で両手の拳をギュッと握る。



 料理が終わって、残る種目は、これから行う「絵画または彫刻」と、最終日の「歌、ダンス、楽器演奏などのパフォーマンス」。

 競技場のフィールドでは、厨房ブースが片付けられて次の準備が進められる。


 朝比奈さんのエプロンをしていた香は、それを脱いでピンクのつなぎに着替えた。

 綾駒さんが着替えを手伝って、直前までアドバイスをする。


「彫刻の技術的に香ちゃんはもうなにも心配することはないから、あとは、直感で自分の思うままに創作して」

 綾駒さんが香を見詰めた。

「うん。でも、アンドロイドの私に直感とかあるのかな?」

 香が自虐的に言う。

「さあ。でも、香ちゃんはただのアンドロイドじゃないって気がするから」

 綾駒さんが言って、二人は手を握り合った。




 舞台の準備が整うと、僕達はスタンドの関係者席に戻って、香は参加者二十人と共にフィールドに残る。


 さっきまで調理道具があったフィールドには、キャンバスとかイーゼルとか、彫刻材とか大理石の塊が運び込まれた。

 選手一人一人に、5メートル四方の作業用のスペースと、机、椅子なんかが用意される。

 画材や道具は使い放題だ。


 料理のときにも進行役だった女性司会者が出てきて、競技を説明した。

「この種目では、選手のみなさんに制限時間の五時間以内にテーマに即した絵画または彫刻を完成させていただきます。順位は、審査員十名の一人10点、100点満点で決します」


 審査方法とかは、料理のときと同じらしい。


「それでは、テーマを発表しましょう。今回のテーマは……」

 司会のお姉さんがそこまで言って、スクリーンに文字が浮かんだ。


 「強さ」って書いてある。


「みなさんには、『強さ』をテーマに作品を作り上げていただきます。それでは制限時間の五時間、今からスタートです!」

 司会のお姉さんが高らかに宣言して、スタンドから拍手が沸き起こる。



 スタンドから見ていると、まず香は、椅子に座ったまま目を瞑って、なにかを考えるようなポーズを取った。

 テーマを知らされて、これから彫るモノを考えてるんだろう。

 あの、料理のときのように、何かが降りてくる瞬間を待っているのかもしれない。


 その間に、他の選手はさっそく制作に取りかかった。


 しーちゃんは香と同じ彫刻を選んだみたいだ。

 用意された材料の中からひのきの塊を選んで、躊躇ちゅうちょすることなくノミを入れていく。


 ちまちゃんは絵画を選んで、2メートル以上ある自分の背丈より遙かに大きいキャンバスに、下書きもなしにいきなり絵の具を塗り始めた。


 粘土をこね始める選手とか、鉄の板を溶接し始める選手もいる。


 そんななか、香がようやく椅子から立ち上がって大理石の塊を手に取った。

 大きな長細い大理石と小さめの大理石を二つ選び出して自分の作業スペースに戻る。


「それでは、ここから完成まで、各選手のブースをカーテンでおおって隠します。完成した作品は審査の際に発表しますので、観客のみなさんはそれまで楽しみにしていてください」


 まもなく、白いカーテンが下りて香の姿が見えなくなった。


 そんなふうにフィールドでは芸術種目が始まって、平行してトラックでは他の専門競技が行われた。



「さあ、当分時間がかかるから、私達は船に戻ってお茶でも飲んでいましょうか?」

 うらら子先生が言う。


 関係者席からは他のチームのスタッフが散り散りに出て行った。

 千木良のお母さんも、秘書の女性と一緒に一旦ここを離れる。


 だけど、うちの部の女子達は誰も席を立とうとしない。

 みんなカーテンの向こうの香をじっと見ていた。


「あらあら」

 うらら子先生が肩を竦める。


 みんな、香が頑張ってるのに休んでられないって思ってるんだろう。

 見えなくても近くにいてあげたいと思っているのだ。


 部長として、そんなみんなが誇らしい。


 朝比奈さんと綾駒さんの間の席が空いてたから、僕も千木良を抱っこしたままそこに収まった。

 朝比奈さんと綾駒さんが、スッと僕に身を寄せてくる。

 柏原さんと滝頭さん、烏丸さんもくっついてきて、関係者席は広いのに、僕達だけ密集して団子になっていた。



 結局、制限時間の五時間、僕達は関係者席に残って、カーテンの向こうの香を見守る。




「みなさま、大変長らくお待たせいたしました。ただいまから、十種競技、審査に移ります」

 五時間後、司会のお姉さんがスタンドに向けて告げた。

 最下位の選手から、審査が始まる。


 そして、カーテンの裏から香の彫刻も姿を現した。

 現したんだけど…………


 香…………


 香の作った彫刻は、とんでもないモノだった。

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