第240話 父と娘
五時間の創作時間が終わって、競技場では、十種競技参加選手が手掛けた芸術作品が次々に
僕達「卒業までに彼女作る部」の面々は、スタンドの関係者席からそれを見ている。
フィールドの真ん中の円形ステージに乗せられた作品が、すっかり日が落ちた夜のスポットライトに浮かんだ。
「強さ」っていうテーマで、力強い筋骨隆々な彫刻とか、勢いで描き殴ったって感じの荒々しい油絵なんかが発表される。
どれもみな、到底アンドロイドが作り上げたとは思えなかった。
それも、たった五時間の制限時間の中でだ。
一つ作品が展示されるたびに、観客席から歓声が上がる。
だけど、どれもどこかで見たことがある、っていう気がしないでもなかった。
確かにみんな上手いんだけど、ハッとするような作品はない。
心に響くというか、訴えかけてくるなにかがないというか…………
まあ、僕には芸術の才能なんてないから、偉そうなことは言えないんだけど。
審査は順調に進んで、香の前に、総合三位のちまちゃんの番になった。
ちまちゃんは、縦二メートル、横四メートルもあるこの競技場の今を描いた巨大な絵を披露する。
勢いがある力強い
きっと、よく見ればこの中には僕とか部員のみんなも描いてあると思う。
ちまちゃんは十人の審査員、一人10点、100点満点で、96点を出した。
もちろん、ここまでの最高点だ。
そしていよいよ香の番が回ってくる。
香の作品が白い布を掛けられたまま、ステージに運ばれてきた。
背の高い彫刻で、一緒にステージに立った香と同じくらいある。
制作中はカーテンの中だったから、僕達も香がどんな作品を作ったのかは知らない。
なにを作るのかは、すべて香に任せてある。
「さあ、それではミナモトアイさんの作品を見せていただきましょう」
司会のお姉さんが言って、布が外された。
僕達は、関係者席から乗り出すようにしてステージに注目する。
布がするりと下に落ちて、作品の全景が見えた。
「んっ?」
僕は思わずそんなふうに発してしまう。
それは、大理石の二体の彫刻だった。
香と同じくらいの身長の像が、もう一体の小さな像を抱いてる姿だ。
一体の大きな方が男性で、抱かれている小さな方が女性。
男性の像が、女性の像を優しく抱いている姿が彫ってある。
衣服をつけていない姿で、ギリシャ彫刻みたいだった。
「おおおー」
と、競技場全体から、溜息のような歓声が漏れる。
本当に、息を呑むような出来栄えだ。
だけどあれ、これ、どこかで見たことがないだろうか。
どこかで見たっていうか、今現在、僕のすごく近くで見た気がする。
すごく近くっていうか、これ、僕そのものだ。
僕が、千木良を抱っこしている姿だ。
抱いている男性が僕で、抱かれている女性が千木良。
その証拠に、女性の像の髪型がツインテールになっている(そして、体つきとか、ぺったんこなところとかそのままだ)。
ステージにいる香が、僕達の方をチラッと見てウインクした。
ああ……やっぱり。
香は僕が千木良を抱っこしている姿を大理石に彫ったのだ。
いや、なぜ彫ったし…………
「おお! これはなんて力強い父子像なのだろう!」
審査員の一人が言った。
いえ、それ、父子じゃなくて、僕と千木良ですが。
「うん、母親に先立たれたのか、父と娘で強く生きていこうという、強さ、
他の審査員が言う。
いえ、だから、ただの高校生とその後輩です。
「すべてを失った父子が、どん底の生活から立ち上がろうとする
もう一人の審査員が言う。
えっと、すべてを失ったっていうか、その娘のほうは、世界有数の企業の一人娘で、運転手付きの車で登校してるわがまま娘ですが。
「この、娘のほうの眉間に皺を寄せた顔が、自分達を追いやった世間を睨みつけているようで、幼さの中の強さを感じます」
女性の審査員も言った。
いえ、その顔は、いつも千木良が僕に文句を言うときの顔です。
「この父親の、すべてを許しているよう顔はなんと
一人の審査員が褒めた。
すべてを許す包容力っていうか、何も決められずに、部員のみんなからいつも優柔不断って言われてる僕の顔で…………
真実とは裏腹に、審査員の人達は変に解釈してしまっている。
それは、香の彫刻の迫力がそれだけあるってことなんだろう。
動かない彫刻から、物語を見せてしまうような影響力を持っているのだ。
感動してるのは審査員だけじゃなくて、それまでガヤガヤしていた観客が食い入るように彫像を見詰めていて、辺りが静かになった。
こんなふうに審査員や観客は感動してるけど、周りの女子達は耐えきれずに笑い出す。
最初、クスクスと我慢して笑ってたのが、うらら子先生が「ぷぅ」って吹き出したのをきっかけに大声で笑った。
柏原さんなんて膝を叩いて遠慮なしに笑う。
朝比奈さんまで、僕と抱っこしている千木良を見て笑いながら「ごめんなさい」って言った。
「もう、なによあなた達!」
千木良だけが、顔を真っ赤にして怒る。
そして、抱っこしていた僕の腕から降りた。
香に彫像にされて、僕と千木良が周囲からこんなふうに見られてたんだって、客観的に分かったんだろう。
確かに、僕と千木良がこんなふうに見えてたのかと思うと恥ずかしい。
っていうか、裸の像で、僕の貧弱な体が丸見えだし、僕のネオ○ームストロングサイクロンジェット○ームストロング砲まで彫ってある。
僕のネオ○ームストロングサイクロンジェット○ームストロング砲、いつ香に見られたんだ…………
「それでは審査員の皆様、得点をお願いします!」
司会のお姉さんの声で審査員が得点を出す。
もちろんそれは、十人すべてが10点。
嬉しいんだけど、題材が題材だけに、素直に喜べない。
観客がステージ上の香に盛大な拍手を送った。
みんなが審査員の得点に納得している。
大歓声のなか、香が大きくお辞儀をしてステージを下りた。
香のあと、最後の選手、しーちゃんが作品を披露する。
しーちゃんも彫刻で、素材は香と同じ大理石。
そっと静かに立っている裸婦像だった。
それは、明らかに千木良のお母さんをモデルにした凜とした顔をしている。
斜め下を慈愛に満ちた視線で見ていて、その視線は、丁度ステージ上のしーちゃんに向けられていた。
うっとりすっるような、美しい彫像だ。
そのモティーフを選んだしーちゃんは、アンドロイドでありながら、千木良のお母さんに母親を見たのかもしれない。
「強さ」で言えば、世界的な大企業を引っ張る千木良のお母さんは、そのモティーフにぴったりだし。
「さあ、これでこの種目一位が決まります。審査員の皆様、得点をお願いします!」
審査員が出した得点は、合計で99点。
僅か一点差で、香がこの種目一位になった。
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