第199話 変装

「なんで、ナース服なんですか!」

 僕は、あふれ出す笑顔を隠せずに訊いた。


 僕の目の前で、朝比奈さんが薄いピンクのナース服に身を包んでいる。

 頭に乗せたナースキャップに、ワンピーススタイルのナース服。

 スカート部分が短くて、白いタイツとの間の絶対領域がまぶしい。

 まぶしすぎる!

 ネームプレートとか、ナースウォッチの小道具も抜かりないし。


「なに? どこがおかしいの? 追跡なんだから、街の風景に溶け込むように、街のどこにでもいるようなナース服にしたんじゃない」

 うらら子先生が言った。


「いえ、ナースは普通、街のどこにでもはいません! それに、こんなに可愛くて初々しい感じのナースは、スーパースペシャルレアです!」

 思わず突っ込んでしまった。


「もう、西脇君、可愛いとか……」

 朝比奈さんが、頬を赤らめている。

 マズい、思ったことをそのまま口に出してしまった。


「それじゃあ、脱がす?」

 先生が意地悪く訊く。


「いえ、まあ、急いでいることですし、また着替えてもらうのは時間がかかりますから、そのままでいいです」

 僕は言った。

 朝比奈さんのナース姿は、この目に焼き付けて、スマホのメモリーが許す限り写真に収めておこうと思う。


「まあ、朝比奈さんのナース服はいいとして、さすがに、綾駒さんの婦警さん衣装はまずいでしょ!」

 僕は、一度ならず二度まで突っ込んだ。


 朝比奈さんがナース服を着る一方で、綾駒さんは婦警さん衣装に身を包んでいる。

 水色の夏服にネクタイ。腰に手錠もつけていた。

 制服の胸のボタンが、その圧力に負けて閉まりきらずに笑っている。


 控えめに言って、逮捕されたい。

 僕のことを厳重に取り調べてもらいたかった。


「だから、街に馴染む服装で、これは普通でしょ?」

 うらら子先生が言う。

「確かに街には馴染みますけど、法律的に、婦警さんの格好でうろついてたらまずいでしょ!」

 当たり前の話だ。

「まあ、そうねぇ」

 先生がつまらなそうに口を尖らせた。


「それじゃあ、綾駒さん。これに着替えてきて」

 クローゼットの中を漁った先生が、綾駒さんに一着の衣装を渡す。

「はーい」

 と、綾駒さんが八畳間で着替えた。


「じゃーん」

 やがて居間に戻ってきた綾駒さんは、やっぱり婦警さんの格好をしている。

 けれどもそれは、日本の警察官じゃなくて、アメリカンポリスの制服だった。

 しかも、スカートはミニスカートだ。

 これで歩いてたら、逆に犯罪を誘発するんじゃないだろうか。


「これなら法律的にも問題ないでしょ?」

 先生が言う。

 ぐうの音も出なかった。


「先生、なんの衣装でも持ってるんですね」

 僕は呆れて言う。

「なんでもは持ってないわ、持っている衣装だけ」

 先生が、どこかで聞いたようなセリフを言った。



 僕達は、はじめてのおつかいに出る香をそっと見守るために変装をしている。

 うらら子先生が持つ膨大なコスプレ衣装の中から、先生がそれぞれに合った衣装を渡したのだけれど、色々と間違っていた。


「まあ、二人は良しとしましょう。でも、柏原さんは目立ちすぎじゃないですか!」

 僕は、二度ならず三度目も突っ込んだ。


 柏原さんは、猫耳が付いた黄色いヘルメットに、黒いレザーのライダースーツを着ていた。


 某、デ○ラララのセ○ティっぽい衣装を着ている。


「だって、香ちゃんが走ったら追いつけないから、バイクに乗れる機動力も必要だと思って……」

 先生が拗ねたように言った。


「機動力はいいんですけど、目立ちすぎです!」

 体にぴったりとしたライダーグスーツは、柏原さんのスレンダーな体をそのまま見せている。

 露出度は少ないのに、ドキドキした。

 そう言う意味でも目立つし、ましてや、頭に被ってるのは猫耳付きヘルメットだ。

 この格好でバイクに乗って街中を走ってたら、目立ってしょうがない。


「僕は、なんか気に入ったけどな」

 柏原さんが言った。


「まあ、柏原さんが気に入ったならいいです」

 本人の意思は、尊重したほうがいいかもしれない。



「だけど、滝頭さんの衣装も目立ちますよね!」

 僕の四回目の突っ込みだ。


 滝頭さんは、神戸○キッチンの制服を着ている。

 襟元の蝶ネクタイと、ギンガムチェックのエプロン。そして、着る人が着ると、ある部分が強調されるシャツの制服。


「本来これは、綾駒さんか、朝比奈さんの担当でしょう!」

 僕は力説する。


「あ、先輩、今の言葉、私、傷つきました」

 滝頭さんが言う。

「あっ、いや、そういう意味じゃなくて。ゴメン!」

 僕は、千の言葉を尽くして滝頭さんに謝った。

 ちっぱいはちっぱいで魅力があるってことを、膝を突き合わせて話し合う。



「っていうか、千木良の衣装もまずいでしょ!」

 もう何度目か忘れたけれど僕は突っ込んだ。


 千木良は、黄色い帽子を被って、茶色のランドセルを背負っていた。

 白いブラウスに紺のスカートで、どこからどう見ても小学生にしか見えない。

 ランドセルにはリコーダーを差してるし、給食袋も持ってるし。


「こんなに可愛い千木良が歩いてたら、犯罪を誘発しますよ。こんなコスプレさせたらダメです!」

 僕は厳重に抗議した。


「いえ、コスプレっていうか、私は本来小学生だから」

 千木良が言う。


 あっ、そうだった……


「それに、犯罪を誘発するって言っても、私の小学生姿に反応するのは、あんたくらいじゃない」

 千木良が言って、みんながうんうんと頷く。


 酷い。それじゃあまるで、僕がロリコンみたいじゃないか。

 みんな、そんな目で僕を見ていたなんて。

 僕は、ロリコンからはもっとも遠い人物だというのに……



「まあ、部員のみんなはよしとましょう。でも、先生のその衣装はなんですか!」

 僕は最後にうらら子先生に突っ込む。


 うらら子先生は、某、FG○の殺○院キアラの尼僧服を着ていた。

 白い頭巾に、黒い法衣。

 先生のキャラクターともあいまってそれは似合いすぎている。


「なによ、これだって、どこにでもいるような普通の尼さんの格好じゃない」

 先生が抗議した。

「そんな、サイドにセクシーなスリットが入った尼僧服の尼さんは、どこにもいません!」

 僕は突き上げるような突っ込みをする。


「分かったわ。そこまで言うなら脱ぐわよ」

 先生が肩をすくめた。


「いえ、そのままでいいです」

 僕は急いで止める。


「なんか、結局、喜んでるんだけど」

 女子達が声を揃えた。


 ナースに、アメリカンポリスの婦警に、謎のライダースーツの女に、神戸○キッチンのウエイトレスと、小学生と尼さん。

 それが僕の目の前に揃っている。


「で、私たち何してるんでしたっけ?」

 滝頭さんが訊く。


 ああ、そう言えば、香を追いかけるんだった。


 僕達は急いで部室を出た。

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