第187話 あーん

「どうですかこれ! どこからどうみても、野々がストーカーの被害にあってる証拠でしょう!」

 僕が言うと、女子達は「うーん」と発して、微妙な顔をした。


 みんな半目で、気が抜けた顔をしている。


 僕は、スマートフォンで撮った一枚の便箋びんせんをみんなに見せていた。

 それは、野々のチェストに挟まった白い封筒に入っていたものだ。


 野々が悪質なストーカーにつきまとわれてる確かな証拠。


 僕はそれをスマホのカメラで撮って、対策を相談するために、こうして女子達に集まってもらった。

 ゴールデンウイークの最終日、僕と我が部の女子達、そしてうらら子は、ケーキ屋さんで、ケーキとお茶を前に会議をしている。

 休日のケーキ屋さんは、たくさんのカップルや女子のグループで混雑していた。



「これは、大問題ですよね!」

 僕が重ねて言うと、

「いえ、普通に、野々ちゃんに恋をした男の子のラブレターだと思うけど」

 うらら子先生がそんなことを言う。


 嗚呼ああ、あれほど信頼していたうらら子先生まで、事なかれ主義に染まってしまうなんて……

 こんな事案に、見て見ぬ振りをするなんて……



「私も、ラブレターにしか思えないな」

 朝比奈さんが言った。


「西脇、僕もそう思うぞ」

 柏原さんも言う。


 綾駒さんと滝頭さんが頷いた。

 膝の上に抱いてる千木良も頷いている。


 そんなはずはないんだ。

 その便箋の文面は、こんな感じだし。



 西脇野々さんへ


 入学式であなたのことを見た瞬間から、僕はあなた以外の女子が見えなくなりました。


 それ以来、教室の隅から、ずっとあなたのことを見ていました。


 本当は、お付き合いしてください、ってお願いしたいところですが、まず、僕を知ってもらいたいので、お友達として仲良くして頂けないでしょうか。


 突然こんなお手紙をして、お気持ちを害したら、ごめんなさい。



 この文面の後に、差出人の男子の名前が書いてあった。



「ずっと見てたとか、こんな悪辣あくらつな手紙をもらって、野々は内心、おびえてると思うんです」

 僕はみんなを見渡して言った。


「もらって以来、ずっと震えてたと思います。野々は良い子だから、健気けなげになにもなかったように振る舞ってますけど」

 僕が言っても、女子達は「お、おう……」とか、反応が鈍い。


「っていうか、毎日あんたに脇腹をくすぐられたり、ほっぺたスリスリされたり、スカートめくられたりしている私の方が、本来、怯えるはずだと思うんだけど」

 膝の上の千木良が言う。


 千木良が話の腰を折るようなことを言うから、とりあえずその脇腹をくすぐっておく。



「ふふふ」

 突然、朝比奈さんが笑った。


「なんですか?」


「ううん、西脇君、良いお兄ちゃんだなーって思って」

 朝比奈さんの笑いが止まない。

「私も、西脇君みたいなお兄ちゃんが欲しかったかも」

 朝比奈さんが続けた。


 なんだろう、その、じゃなくて、僕みたいなお兄ちゃんが欲しかったっていう言い方。


 それは褒められてるんだろうか?

 それとも、いい感じであしらわれてるのか?



「大丈夫だよ。彼はストーカーじゃないし、野々ちゃんにも危険はない」

 柏原さんが言い切った。


「私、同じクラスだから知ってますけど、彼、サッカー部のイケメンで、優しくて性格もいいですよ」

 滝頭さんが言う。


「私は、イケメンとかそういうの苦手ですけど」

 滝頭さんが付け加えた。


「野々ちゃんはしっかりしてるから、大丈夫でしょ」

 綾駒さんが言う。


 野々がしっかりしてるっていうのには、大いに同意するけど。



「ほら、これでも食べて落ち着きなさい。あーん」

 うらら子先生はそう言うと、自分のケーキをフォークで一口分すくって、僕の口の前に出した。


 先生が頼んだ、ブルーベリーのレアチーズケーキ。

 差し出されたそれを、僕はパクリと口にする。

 口の中に甘酸っぱいのが広がった。


「あー、先生ばっかりずるい。西脇君、私のも食べて。あーん」

 と、綾駒さん。

 綾駒さんがフォークを差し出してくるから、綾駒さんのピスタチオのケーキもパクッと食べた。


「しょうがないわね。私のも食べなさい」

 千木良が言う。

 千木良が食べていたミルクレープを一口分、あーんしてもらった。


「先輩には、私が取っておいた苺をあげます」

 滝頭さんがケーキの上に載っていた苺をフォークに刺して僕にあーんする。

 苺のショートケーキにとって、この苺はメインのはずなのに、もらっちゃっていいんだろうか?


「に、に、西脇、あーんをしろ」

 柏原さんまで照れながらフォークを差し出した。


 柏原さんのケーキは、ビターなチョコレートケーキだ。


「はい、西脇君。わたしのも、あーん」

 最後に、朝比奈さんまで僕にフォークを差し出してくれた。

 朝比奈さんのは桃のタルトで、プリプリの桃の果肉の部分がフォークに載っている。


「あーん」

 僕はそれを食べさせてもらった。


 桃の甘さが口の中に広がって、柔らかい桃の果肉は朝比奈さんの唇みたいだった(僕は朝比奈さんの唇を知ってるわけじゃないけど)。



「ちょっと、西脇君。自分だけみんなから、あーんしてもらって、こっちには返さないつもり?」

 朝比奈さんが小首をかしげて言う。


「そうだよ、あーんを返しなさい」

 先生にも言われた。


 あーんは、返すものなのか。

 彼女いない歴=年齢の僕としては、学びが多い。



「そういうことなら……」

 僕は、自分のをスプーンですくって、まず、先生に「あーん」って差し出した。

 僕が頼んだのは、抹茶のティラミスだ。


 うらら子先生がそれにパクって食いつく。

「あまーい」

 って、子供みたいにテーブルの下で足をばたばたさせてはしゃぐ先生。


 そんな先生を見ていた綾駒さんが、「んっ」って、僕に顔を近付けてくる。

 私にもちょうだいっていう仕草だ。


 僕はティラミスを一口分すくって、綾駒さんの口に運ぶ。

 綾駒さんも子供みたいにはしゃいで僕にすり寄った。

 なにか柔らかいものが、僕の腕に当たる。


「先輩、私にもください」

 滝頭さんが言った。


 さっき滝頭さんから苺をもらったから、僕はティラミスの中に入っていた苺を掘り出して、滝頭さんの口に返す。


「に、西脇、僕も、いいか」

 柏原さんまで僕にあーんを求めてきた。

 柏原さんが勢いよく食いついて、スプーンが持って行かれそうになる。


 千木良にもあーんしようとしたら、

「私は子供じゃないもの」

 とか言いながら、僕がすくったティラミスを美味しそうに食べた。



 最後に、朝比奈さんにあーんをする。


 僕が朝比奈さんの目の前にスプーンを差し出すと、朝比奈さん、なぜか目を瞑った。

 目を瞑って、口を開く朝比奈さん。


 目を瞑った朝比奈さんのぷるぷるの唇の中に抹茶ティラミスを入れる行為は、なんだか卑猥ひわいなことをしてるみたいで手が震えた。


「美味しい」

 僕があーんしたティラミスを咀嚼そしゃくして、甘い吐息漏らす朝比奈さん。



 僕達が「あーん」を交換してたら、周りの席のカップルとか、女子のグループが、こっちを見て僕を睨んでいた。

 特にカップルの彼氏の方が、僕を親のかたきみたいに睨んでいる。


 きっとみんな、こんな素敵な店になんで僕みたいな彼女いない歴=年齢の男が来てるんだって、思ってるんだろう。


 でも、だからってそんなに睨まなくったっていいじゃないか。



 みんなと「あーん」をしたことで、野々のことで焦っていた気持ちが、少し和んだ。

 まあ、野々はカワイイし、それに引かれてしまう男子がいることも、仕方ないって思えてくる。

 みんなの忠告に従って、ここはひとまず様子を見ることにしようと思った。



 落ち着いたところで、僕は改めてみんなを見渡して気付く。


「あの、みんなは、なんでそんなにおめかししてるんですか?」

 僕は訊いた。


 野々のことで頭に血が上ってて気付かなかったけど、あらためて見ると、女子達、みんな気合いが入った服装をしている。


 柏原さんは、今まで着たのを見たことがないワンピースなんか着てるし、綾駒さんの髪は後れ毛の一本もないくらいにセットしてある。

 千木良のワンピースからは、新しい服を下ろした時の匂いがしたし、うらら子先生は休日なのにばっちりメイクを決めていた。

 滝頭さんは三つ編みを解いてポニーテールを大きなリボンで結んでるし、朝比奈さんは、某セ○バーみたいな、童○を殺す服を着ている。


「あのね、連休中に気になってる男の子から突然連絡が来て、すぐに来てって言われたら、誰だって…………」

 うらら子先生がなにか言いかけて途中でやめた。


 先生、なにを言いかけたんだろう?


「ま、いいわ」

 先生がため息を吐いて、それが女子達に伝染した。

 女子達が次々にため息を吐く。


 僕、なんかマズいこと言っただろうか?



「ねえ、こうやって呼び出されちゃったから、これからみんなでショッピングして、西脇君に荷物持ちになってもらおう」

 うらら子先生が言った。


「さんせー」

 女子達が手をあげる。

 僕に拒否権はないみたいだ。


 ケーキ屋さんを出たあと、僕は夕方まで、女子達の買い物に付き合った。



 僕のゴールデンウイークは、そんなふうに終わる。

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