第167話 入部希望者

「部長、入部してもいいっていう新入生を連れてきたぞ!」

 柏原さんが言った。


「苦労したけど、やっと入部してくれる子を見付けたよ」

「西脇君、良かったね」

 綾駒さんと朝比奈さんが言う。


 勧誘に出ていた三人は、ここ数日、校内を走り回ってくれていた。

 それでようやく、一人の入部希望者を見付けたのだ。



「紹介するね。一年生の、杉崎君」

 朝比奈さんが、後ろに控えていた新入生を前に出した。


「初めまして、一年の杉崎すぎさき裕樹ゆうきです! よろしくお願いします」

 新入生の彼が、そう言って頭を下げる。


 彼は、身長が185㎝くらいある、髪がサラサラのイケメンだった。

 目が二重ふたえでまつげが長い。唇が薄いピンクで、ちょっと中性的な感じの顔立ちだった。


 そんな彼が、真っ白い歯をキラッと輝かせて微笑む。


「あ、どうも、初めまして……」

 彼を見ながら言いよどんでしまった。

 なんか、彼の完璧な笑顔を見てたら、気後れしてしまう。


 そのあと僕がなにも言わないでいると、千木良にひじでお尻を突かれた。


「ぶ、部長の、西脇です」

 僕は、ようやく言葉を絞り出す。


「西脇先輩ですか。よろしくお願いします」

 彼は僕にも爽やかな笑顔を向けた。


「私がこの部の頭脳、千木良里緒奈よ」

 千木良が下から言うと、杉崎君は膝を折って千木良に視線を合わせて「よろしくお願いします」って言う。


「私が顧問の佐々うらら子です」

 先生がレジャーシートから立ち上がって、スーツのボタンを閉めた。

 先生、ちょっとほっぺたが赤くなってる気がする。


「よろしくお願いします」

 杉崎君は先生にも笑顔を向けた。



 僕達が黙ったまま笑顔で向き合っていると、千木良がもう一度僕を小突いた。


「それで、えっと、杉崎君はうちの部に入りたいんだね」

 僕が訊く。


「はい。僕も、卒業までに絶対彼女が作りたいって思って、この部を選びました」

 彼が目をキラキラさせながら言った。


「杉崎君、あなた、背も高いしイケメンだし、彼女なんてもうとっくにいるんじゃないの?」

 うらら子先生が訊いた。


 先生が言うとおり、彼はどこから見てもイケメンで、彼女いない歴=年齢の僕なんかとは、住む世界が違う感じがする。



「いえ、全然。僕、中学時代はずっとサッカーに夢中になってて、女子と付き合ったことなかったから……」

 杉崎君がそう言ってちょっと目を伏せた。


 そうすると、うらら子先生とか女子達も、可哀相、って感じで表情を曇らせる。


「それで、サッカー部には入らないの?」

 綾駒さんが訊いた。

 綾駒さん、ちょと上目遣いになってる気がする。


「はい、僕にはあんまりサッカーの才能がなかったっていうか。もう、限界が見えてしまったので…………サッカーは中学まででいいかなって……」

 彼が言って、「ふうん」と綾駒さんが大きく頷いた。



「ようやく、彼女を作ろうっていう男子部員が入ってくれて良かったじゃないか」

 柏原さんが僕に向けて言う。


「そうだね。私達は、アンドロイドを作りたいっていう、この部にしてはちょっと不純な理由で入ったんだし」

 綾駒さんが言った。


「男子が入ってくれて、これで西脇君も肩身が狭い思いをしなくて済むね」

 朝比奈さんが言う。


「うん、まあ……」

 それは、着替えのたびに僕だけ部屋から追い出されたり、お風呂で女子達の会話を聞きながら悶々もんもんとしたりすることがなくなるのは、いいことだ。


 考えてみれば、僕以外の部員が女子っていう、今の状況の方がおかしかったんだし。

 元々僕は、「彼女を作る」っていう目的のもと、男子部員を集めようとしてたんだし。


「初めてでなんにも出来ませんけど、よろしくお願いします」

 杉崎君がそう言って、もう一度丁寧に頭を下げる。


 僕達部員は、「こちらこそ」って頭を下げ返した。



「それにしても、素敵な建物ですね。森の中の秘密の隠れ家って感じで」

 彼が部室と庭を見渡して言う。


 その間も、桜の花びらがはらはらと舞っていた。

 ウグイスの声も聞こえて、春満開だ。



「さあ、杉崎君、まずはお茶にしましょう」

 朝比奈さんが言った。


「私達は、毎日ここで朝比奈さんが作ってくれたスイーツでお茶してるんだよ」

 綾駒さんが付け加える。


 レジャーシートの上に、みんなで輪になって座った。


 いつもなら朝比奈さんと綾駒さんが僕の隣りに座るけど、今日は二人が杉崎君の隣りに座る。

 

 今日のスイーツは、桜の香りがするクリームを載せた、抹茶ケーキだ。



「これ、朝比奈先輩が作ったんですか?」

 ケーキにフォークを立てながら、杉崎君が言った。


「ええ」


「すごい、美味しいです。プロのパティシエさんが作ったみたいに」

 杉崎君が言って、朝比奈さんがそんなことないよって笑う。


 なんか、二人がお似合いだ、とか、思ってしまった。

 桜の木をバックにして、美男美女の二人は絵になる。


 それにしても、杉崎君が朝比奈さんを褒める言葉の自然さにびっくりした。


 そういえば、いつもおやつを作ってくれる朝比奈さんに、僕はこんなふうに褒めたり、感謝の言葉を言えてたんだろうか。


 多分、言えていない。


 もちろん、僕は毎日おやつを用意してくれる朝比奈さんに感謝してたけど、それを言葉にして伝えることがなかった。

 朝比奈さんの優しさに、甘えていたんだろう。


 いや、朝比奈さん以外の、女子全員に甘えていたのかも。



 杉崎君は会話が上手くて、お花見の宴は盛り上がった。

 部室の庭には、終始笑い声が絶えなかった。


 僕はその席で、ただ、愛想笑いして、時々相槌を打つだけだった。



 夕方になって、肌寒くなってくる。


「さあ、部室の中に移動しましょう」

 先生が言った。


「私達が片付けるから、西脇君は杉崎君に中を案内してあげて」

 朝比奈さんが言った。


「うん、分かった」

 僕は彼を連れて先に部室に入る。


 居間に、台所、風呂場、八畳間に、千木良のコンピュータールームを案内した。


 最後に、トイレを案内しようとしたところで、それまでニコニコしていた杉崎君が、突然、

「それで、西脇先輩は、誰を狙ってるんですか?」

 そんなことを言った。


「誰って?」


「あの女子達の中の誰を狙ってるんです?」


「誰もなにも……」


「もしかして、もう、全員行っちゃってるとか?」

 彼が悪戯っぽい顔をした。


「まさか!」

 僕は、(ちょっと誇張したけど)。


「へえ、そうなんですか、それじゃあ、俺、遠慮なく行かせてもらいますね」

 杉崎君が、笑顔のままで言う。


うらみっこなしですよ」

 そう言って真っ白い歯を見せる杉崎君。



 なんか、杉崎君のキャラがさっきと違う。

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