第162話 朝練

 目が覚めると、僕は柏原さんの太股ふとももを枕にして、掛け布団の代わりに千木良を体にかけていた。

 筋肉でたくましい柏原さんの股は弾力があって、頭を支えるのに丁度いいし、うつ伏せで僕の体にのって寝ている千木良は、ほんのり温かい。


 僕の右隣には朝比奈さんがいて、左隣には綾駒さんがいて、二人とも寝たまま僕に寄り添っていた。

 両腕に、どこまでも柔らかい幸せな感触がある。



 「彼女」がいる人って、やっぱりこんなふうに幸せな朝を迎えるんだろうか?

 僕も、早くこんな幸せな朝を迎えるようになりたくて、「彼女」を作るっていう目標への意気込みを新たにした。



 部屋の中は、昨日の宴会の余韻よいんで、めちゃくちゃだ。


 昨晩、温泉から帰った僕達は、そのまま僕の部屋での宴会になだれ込んだ。

 先生が浴びるほどお酒を飲んで、服を脱いだり、僕の服を脱がせようとしたり、女子達の胸を揉んだりして大暴れしたのを覚えている。

 僕達も、枕投げをしたり、カラオケ大会になって合唱したり、このホテルに僕達しかいないのをいいことに大騒ぎした。


 夜遅くまで騒いで、そのままベッドの上で雑魚寝ざこねしてしまったらしい。



 まだ女子達は眠っていて、僕は、カーテンの隙間すきまから差し込む弱い光の中で目をならす。

 スマホで時間を確認すると、朝の7時少し前だった。


 そういえば先生の姿が見当たらないと思ったら、僕の足に違和感がある。

 首を上げて足元を見ると、なぜか先生は僕の足元で寝ていた。

 僕は足の裏でうらら子先生の顔を踏んづけている。


 急いで足を先生の顔から下ろした(先生、ごめんなさい)。


 キャミソール一枚の先生は、僕の足元で大の字になって大股開きしている。

 まったく、寝相が悪すぎる。


 僕は、女子達を起こさないよう、静かに起きてベッドを出た。

 先生のキャミソールの肩紐が落ちてるから、それを直して毛布をかける。



 お酒のびんやおつまみ、お菓子の袋で散らかった部屋を見渡してたら、そこになにか足りないのに気付いた。


 肝心な何かが足りない。


 そうだ、香がいないのだ。


 部屋のどこにも香の姿が見えなかった。

 香と一緒にいるはずのしーちゃんもいない。


 昨晩、人間の僕達が騒いでるのを、二人は横で見ていたはずなのに、いつの間にか二人とも部屋から消えていた。


 僕は二人を探す。

 隣の部屋や、シャワールームやトイレ、テラスも確かめたけど、二人の姿はなかった。


 もしかして、僕達がうるさいから他の誰かの部屋に避難して、そこにいるんだろうか。

 そんなことを考えて、ふとテラスから外を見たら、朝靄あさもやがかかったゴルフ場に二人らしき姿を見付けた。


 ゴルフウエアの二人が、コースの上でクラブを振っているのが見える。


 僕は、服を着て二人の元へ急いだ。




 コースに出ると、香としーちゃんは一番ホールのティーグラウンドにいた。


「あっ、馨君、おはよー!」

 僕を見付けた香が、笑顔で手を振る。


「香ちゃん、こんなに朝早く、どうしたの?」

 二人の前に立って僕は訊く。


「うん、もっとゴルフが上手くなるように、練習してたの。みんな気持ちよさそうに寝てたから、起こさなかったよ」

 香が言った。


 まさか、香が朝練してたなんて……


 僕も部員のみんなも、香に練習しろなんて言った覚えはないのに、香は自主的に練習していた。

 自分で考えて行動している。


 合宿っていいながら、僕達人間は宴会で大騒ぎしてたっていうのに。



「しーちゃんが教えてくれたから、香、昨日よりずっとゴルフ上手くなったんだよ」

 香が自信たっぷりに言った。


「そっか、良かったね」


 香の練習に付き合ってくれたしーちゃんは、無表情のままだ。



「打ってみるから、見ててね」

 香が言って、ティーグラウンドでスタンスをとった。


 二回素振りをしたあと、見本のような美しいフォームでフルスイングする香。

 空気を切る音がして、綾靄が切り裂かれた。

 ボールは、直線的にグリーンに飛んでいく。

 一打でグリーンにのったボールは、その上で三回跳ねて、そのままカップに吸い込まれた。


 まだ朝早い静かなコースで、ボールがカップに落ちる音が聞こえてきそうだった。


「ほら、すごいでしょ?」

 香が言って胸を張る。


「うん! すごい!」

 昨日は二打で入れるのが精一杯だった香が、ホールインワン出来るようになっていた。

 それが偶然じゃないのは、もう一度打ったボールがまったく同じ軌跡で飛んでカップに入ったことで証明される。


「しーちゃん、香に教えてくれてありがとう」

 僕は、しーちゃんにお礼を言った。


 するとしーちゃんは、

「いえ、べつに……」

 そう言いながら、ちょっとだけ頬を緩める。


 無表情な彼女にも、感情を表現する機能は備わっていたらしい。



「僕も練習手伝うよ」

 一生懸命な香に、なにかしてあげたくなった。


「うん、じゃあ、お願いするね」

 香がとびきりの笑顔を見せる。



 香は、一番ホールから何発も何発もボールを打った。

 僕はグリーンに控えていて、香がホールインワンする度にカップからボールを取り出す役目をする。

 香は機械のように正確で、ホールインワンを連発した。


 時々、外すこともあったけど、最後には大体八割の確率でホールインワン出来るようになる。


 まだ改造前で、一日でこれだけの成果を出したのは驚異的だ。




 朝練を終えて部屋に帰ると、女子達はまだ寝ている。


 僕がいなくなったことで、朝比奈さんと綾駒さんに挟まれる形になった千木良は、両側からそのたわわなものに押しつぶされて、ほっぺたがムニッとしていた。


 控えめに言って羨ましい。


 あとで千木良のほっぺたをスリスリして、その感触を間接的に味わおうと思う。


 出掛けに直したのに、先生のキャミソールの紐がまた落ちてるから、僕はもう一度それを直した。




「みなさん、朝ですよ!」

 僕はそう言ってカーテンを開け放つ。


 一瞬で部屋の中が光に満たされた。

 光の攻撃にさらされた女子達は、吸血鬼みたいに毛布の下に潜る。



「西脇君、おはよう」

 その中でまず最初に起きたのは、朝比奈さんだ。


 ピンクのスエット姿で、ちょっと髪が乱れた朝比奈さんがリアルに感じられて、僕はこれが二人だけの朝だったら、とか、あり得ない妄想をする。



「おお、昨日、朝比奈に全裸を目撃された西脇、おはよう」

 次に起きたのは柏原さんだ。

 髪が短い柏原さんは、派手な寝癖ねぐせがついていた。


「朝比奈さんの前で全裸になった西脇君、お願い、もう少し寝かせて」

 次に起きた綾駒さんが、悩ましい声で言う。


「ああ、全裸で朝比奈さんの前に仁王立ちした西脇君、早いのね」

 目を覚ましたうらら子先生までもが言った。


「『朝比奈さんに全裸を目撃された』って、枕詞まくらことばみたいに言うのやめてください!」

 僕は、厳重に抗議した。

 先生なんて、僕が朝比奈さんの前で全裸で仁王立ちしたとか、事実誤認してるし!


 昨日のあの事故から、僕はそのことでいじられっぱなしだ。


 水着着用のスパに全裸で入って、誤魔化してたんだけど、最後に忘れ物を取りに来た朝比奈さんに目撃された、あの不幸な事故。


「あのとき、湯船の中で『抱っこして』とか言わないで良かったわ」

 最後に起きた千木良が言う。


 僕は、これからしばらくあの事故のことでみんなに弄られるんだろう。



「西脇君、大丈夫だよ。私、なんにも見てないから」

 朝比奈さんが言った。

 言ったあとに、朝比奈さんはほほをポッと赤くする。



 確実に見られてるし……



「さあ、今日は水泳の練習をするわよ」

 ベッドから起き上がったうらら子先生が言って、大きく伸びをした。


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