第155話 春先なのに

「香ちゃん、やったね!」

 朝比奈さんが笑顔で言った。


「うん、ありがとう!」

 香が、朝比奈さんと同じ笑顔で答える。


 エントリーした「東京アンドロイドオリンピック」の書類審査に合格したむねの通知が、うらら子先生宛に送られてきた。

 「ミナモトアイ」としての香の活動が評価されて、書類審査を通過したのだ。


 合格通知には、四月に行われる予選会の日程や、参加申し込み用紙が添付てんぷされている。


 僕達部員と、顧問のうらら子、そして当事者である香は、放課後、コタツを囲んで送られてきた書類を確認していた。



 数ある種目の中から香がエントリーするのは、「総合十種競技」という人間のオリンピックにはない種目だ。


 その、十種目の内容は、


・100メートル走

・10000メートル走

・走り高跳び

・砲丸投げ

・競泳100メートル自由形

・ゴルフ

・歌、ダンス、楽器演奏などのパフォーマンス

・絵画または彫刻

・料理

・大学入試センター試験相当の学力テスト


 となっていて、基本的な体力の競う陸上競技から、水泳、球技、芸術、学力を問う種目まで、総合的に順位を競うことになっている。


「やっぱり、『総合十種』っていうのは、無理があるんじゃないかな」

 書類を見ていたら、僕達の香がオリンピックに出るってことが急に現実味を帯びてきて、僕は正直、身震いした。


 こんなに広範囲に対応しないといけない種目で、香に勝ち目はあるんだろうか?

 この種目は、アンドロイドオリンピックの中でも特に注目度が高い種目で、各企業や大学の研究室とかが、こぞって参加を表明している(もちろん、千木良のお母さんの会社も)。

 種目が広範囲に及ぶからこそ、これを制すれば万能のアンドロイドだって認められるけど、その分ハードルは高い。


「大丈夫よ、香を信じなさい」

 僕が抱っこしている千木良が言った。


「そんなことより、ほら、キャベツ太郎」

 千木良に言われて、僕は袋からキャベツ太郎を一粒取り出して、千木良の口に運ぶ。

 千木良がそれをサクッと噛んだ。



「相手が大物だからこそ、こっちも挑戦のし甲斐があるよな」

 柏原さんが言った。

 柏原さんはそう言いながら、コタツの中で僕の足を突っつく。


「彫刻の講師は私に任せて!」

 綾駒さんが言った。

 綾駒さんは、僕の右腕にぴったりくっついている。


「お料理は私ね」

 僕の左腕にくっついた朝比奈さんが言った。


 僕は尻込みしてるのに、我が部の女子達はすごく前のめりになっている。

 困難に立ち向かおうって気力に満ちていた。


 さすがは我が部の女子って気がする。



「うん、香も頑張る! 金メダル取るよ!」

 香が言った。


 女子達の中でも香が一番積極的なのかもしれない。


「ほら、キャベツ太郎」

 千木良が言って、僕は千木良の口にキャベツ太郎を一粒入れた。



「でも、香ちゃんはゴルフとかしたことないでしょ?」

 僕は訊く。

 香は、まだ、この部室からだってあんまり出たことがないのだ。

 ましてや、ゴルフ場になんか行ったこともない。


「香なら、すぐにコツをつかむわ」

 千木良は強気を崩さない。


「でも、数ある球技から、なんでゴルフなのかな?」

 綾駒さんが訊いた。


「それはあれだろ、ゴルフなら、大勢の参加者でやって、順位がつけられるからだろ。トーナメント戦とかリーグ戦にしたら、日数がかかるし」

 柏原さんが言う。


「ああ、なるほど」

 綾駒さんが頷いた。


「AIの検証にぴったりだからかもしれないわ。ゴルフって、自然のいろんな要素が影響するでしょ? 風速、風向き、湿度、芝生の様子、それらを的確に観測して、計算した上で適切な力と角度でゴルフボールを打ち出す。それは、アンドロイドの能力を測るのにぴったりだもの。最初のコンピューターが、大砲の弾道計算のために作られたのは有名な話だし、ゴルフって、それをさらに複雑にした感じでしょ?」

 千木良が言う。

 そして僕に向けて、

「ほら、キャベツ太郎」

 そう言って、僕は千木良の口にキャベツ太郎を一粒入れる。


「千木良さん、もうそろそろ、許してあげなさい」

 僕と千木良の様子を見ていたうらら子先生が言った。



 さっきから、僕がこうして千木良の口にキャベツ太郎を入れているのは、僕が千木良に黙ってフレドリカちゃんのお世話をしていたことへの「おしおき」だ。


「私以外の幼女を相手にした罰として、あんたは、私を抱っこして、私の言うとおりに口にキャベツ太郎を入れる役をしなさい」

 千木良がそんなことを言って、僕は千木良のキャベツ太郎係にされている。

 しかも、五回に一回くらいの割合で、千木良が僕の指を噛むから、たちが悪い。


 っていうか、いつ、僕が千木良以外の幼女を相手にしたらいけないって決まったのか……


「ほら、西脇君も反省してるみたいだし」

 うらら子先生が苦笑いで言う。


「いいえ、もうしばらくこのままにします。ほら、キャベツ太郎」

 千木良が言って、僕はその口にキャベツ太郎を入れる。


 まあ、こんなふうにするの嫌じゃないけど……



「ゴルフ、練習しないとね」

 朝比奈さんが言った。


「うん、練習する!」

 香はどこまでも無邪気だ。


「それに、香はまだ泳いだこともないから、水泳の練習もしないといけないぞ。一応、IPX8の防水性能では作ってあるけれど」

 柏原さんが香の頭をでながら言う。


 IPX8っていうのは、電子機器の防水性能を表す等級で、ある程度継続して水没していても内部に浸水せずに使用することができるレベルだ。


「いいわ、もうすぐ春休みだし、私がママに頼んで、ゴルフ場があるリゾート施設を押さえてあげる。そこで、ゴルフの特訓をしましょう。プールも併設されてる施設にすれば、ついでに水泳のテストも出来るでしょ?」

 千木良が言った。


「千木良、そんなことしてもらっていいの?」

 僕は抱っこしている千木良に訊く。

「ええ、香のためですもの」

 千木良が言う。


「べべべ、べつに、あんたのためじゃないんだからね!」

 千木良が付け加えた。


「ありがとう」

 僕は、嬉しくなって、思わず千木良をギュッと抱きしめてしまう。


「こら、幼女をきつく抱きしめるな! ほら、キャベツ太郎!」

 千木良がくすぐったがる。


 とにかく、春休みに、香のゴルフと水泳の練習のために、千木良のお母さんの会社のリゾート施設で合宿することになった。


「西脇君、良かったね。まだ春先なのに水着回だよ」

 綾駒さんが、そんなことを言う。

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