第145話 初節句

 部室に、また一つ荷物が届いた。

 今度のは、千木良の背丈くらいある長細い段ボール箱だ。


 ここのところ、毎日のように部室に荷物が届くようになっていた。

 これは全部、「東京アンドロイドオリンピック」に向けて、香を改造するために買ったパーツや、コンピューターのチップ類だ。


 幸い、香の「ミナモトアイ」としての活動が順調なこともあって、前みたいに資金で困ることはなくなった。

 自由になんでも買える、ってわけにはいかないけど、ある程度の部品は手に入るようになっている。


 大改修に向けて、玄関に山積みされていくパーツを眺めて、柏原さんがうっとりしていた。

 一つずつ箱を開けて、鈍く輝くチタンのパーツを磨きながら、恍惚こうこつの表情を浮かべている。


 たくさんの箱の整理を部員みんなで手伝った。

 注文リストと照らし合わせて、欠品がないか確かめる。



 そうやって、いくつかの箱を開けていた時だ。


「あれ? この箱、伝票もなにもついてないよ」

 箱をチェックしながら、朝比奈さんが気付いた。


 伝票や、配送会社のシールなんかが付いていない、ただの段ボール箱がいくつかまぎれ込んでいる。

 数えてみると、それが七箱もあった。


「こんなの、頼んだ覚えはないけどな」

 柏原さんが言う。



 恐る恐る、その中の一つを開けてみると、中には人形が入っていた。

 綺麗な雛人形ひなにんぎょうだ。

 人形自体は綺麗だけど、包んである紙が茶色く変色してるのを見ると、十年とか二十年とか経ってる年代物なのかもしれない。


「誰が送ったんだろう、これ?」

 綾駒さんが首を傾げた。



「ああそれ、私が持ってきたの」

 後ろから声がする。

 声の主は、ちょうど職員室から戻ってきたスーツ姿のうらら子先生だった。


「これ、先生の雛人形ですか?」

 僕が訊く。


「うん、私の実家にあった雛人形だよ。母に頼んで、送ってもらったの」

 マンションに届いたそれを、先生が今朝のうちに部室に運び込んでおいたらしい。


「もうすぐひな祭りでしょ? ここは女子ばっかりだし、ひな祭りに飾ろうと思ってさ。香ちゃんの初節句はつぜっくなんだから、お雛様飾ってちゃんとお祝いしないとって思ってね。ほら、私は家を出てるから、このお雛様達も飾ってあげないと可哀相だしね」

 うらら子先生がそう言ってウインクする。



 そうか、香はこんなに大きいけど、確かに生まれたばかりで初節句だ。



「先生、ありがとー!」

 香がそう言ってうらら子先生に抱きついた。

 先生が、よしよしと香の頭を撫でる。


「よし、それじゃあ香ちゃんも手伝って。みんなでお雛様並べよう」

 先生が言って、香が「うん」と嬉しそうに頷いた。


 七段飾りの雛人形を、居間の奥に飾ることになる。



「そういえば、男雛おびな女雛めびなって、どっちがどっちに並べるんだっけ?」

 先生が訊いて、僕達が首を傾げた。

 男雛女雛もそうだし、三人官女さんにんかんじょとか、五人囃子ごにんばやしの並べ方も分からない。


 こういうときは、千木良がすぐにパソコンかタブレットで調べて教えてくれるのだけれど、その千木良がいなかった。


 いつも僕が抱っこしてる懐にいないから、手持ち無沙汰ぶさただって思ってたら、やっぱり、千木良がいないことに気付く。



 僕が八畳間の隣のコンピュータールームを見に行くと、そこで千木良がパソコンのディスプレイに向かっていた。

 千木良は、キャベツ太郎をつまみながら、仏頂面ぶっちょうづらをしている。


「千木良、どうしたの? みんなと一緒に、お雛様並べようよ」

 僕は声をかける。


「うん、ちょっと今手が放せないから。私はいいわ」

 千木良は、ディスプレイを見たまま、こっちも見ないで言った。


「そんなの、あとにしてさ」

 せっかく、みんなでわいわいやっているのだ。


「いいってば」

 千木良は口をとがらせた。


 普段から生意気な口をきく奴だけど、今日の千木良には、完全にとりつく島もない。




「千木良、どうしちゃったの?」

 僕は、みんなのところに戻って訊く。

 僕が訊くと、みんなはヤレヤレ、みたいな顔で僕を見た。


「鈍感な西脇君には、分からないかな」

 朝比奈さんがまゆを寄せて言う。


「えっ?」


「ほら、この前、野々ちゃんがここに来て、合格発表の報告したでしょ? それで、新年度から野々ちゃんがこの学校に来るわけだよね。だから千木良ちゃん、ちょっと心配なんじゃないかな。野々ちゃんが来たら、今までみたいに西脇君に抱っこしてもらったり、相手してもらえないんじゃないかって心配してるの。野々ちゃんは、西脇君の本当の妹だしね。学校でも兄妹で仲良くして、自分のことは振り向いてもらえないんじゃないかって、千木良ちゃん、ちょっとナーバスになってるんだと思う」

 朝比奈さんが、少し困った顔で言った。


「千木良は一人っ子で、西脇のことお兄ちゃんみたいに思ってるのかもしれないしな。いや、それ以上に思ってのかも……」

 柏原さんも言う。


「確かに、西脇君と野々ちゃんの仲の良さは、私達だって嫉妬しっとしちゃうくらいだもんね」

 綾駒さんが言った。


「鈍感な西脇君には、乙女のこの揺れ動く気持ちは、分からないかな」

 うらら子先生まで言う。



 なんだ、千木良、そんなこと心配してたのか……



 普段、僕に対して生意気な口ばっかりきいてるくせに、そんなこと気にしてるなんて。



 僕は、もう一度、千木良がいるコンピュータールームに行った。

 相変わらず千木良は、ディスプレイを見詰めたままつまらなそうな顔をしている。


「千木良、そういうことなら、言ってくれればいいのに」

 僕は千木良に声をかけた。


「大丈夫、僕は、妹の野々がこの学校に入学したって、ちゃんと毎日千木良を抱っこするし、すりすりするから安心していいんだよ。僕は、千木良を一秒ごとにすりすりして、くんかくんかしたいくらいなんだ。すきあらば、ぺろぺろするのだってねらっている。だから、心配しなくていい。野々がこの学校に来たって、今まで通り、千木良を抱っこしたり、すりすりしたり、スカートめくって熊のパンツを見たりするから、心配しなくていい!」

 僕は、千木良を安心させるように自信たっぷりに言って、親指を立てた。

 白い歯を見せて、我ながら良い笑顔が出来たと思う。


「はぁ?」

 僕が言うと、千木良はぽかんとした顔をした。


 千木良が恥ずかしがってるのかもしれないから、さっそく千木良を抱っこする。


「こら! 放せ!」

 千木良が言った。


「大丈夫、心配ないから」

 僕はそう言って、すりすりする。


「こら! 放せ! 降ろせ! すりすりするな!」

 千木良が僕の懐で暴れた。



 まったく、千木良の奴、素直じゃないんだから。

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