第128話 おんぶ

「ごめんね、馨君」

 香が僕に謝った。


 電池が切れて力が抜けた香が、僕にしなだれ掛かって来る。


 香は、すぐに電池がなくなるって分かってて、それでも今が楽しくて、もう少しこうしていたかったという。

 僕と一緒にいたかったという。


 力が抜けた香は、油が詰まったアクチュエーターの束や電池、チタンの骨格の塊で、すごく重たい。

 全部の重さが僕にかかってくる。


 そんな香の異変にも、周りの人達は気付かなかった。

 クリスマスツリーの下に集まっている人達は、同じように、お互いもたれ合ってるし、香と僕がくっついてても、おかしいとは思わないみたいだ。


 どうしようかしばらく考えて、このまま、香を背中にぶって帰ることにした。

 僕は、周りのカップルに気付かれないよう、しゃがんで体を入れ替える。

 香の太股を持って、気合いを入れて立ち上がった。

 なんとか、立ち上がることができる。


 二、三人がこっちを見たけど、誰もなにも言わなかった。

 このリア充の人達にとって、恋人をおんぶするとか、普通のことなんだろうか。


 僕は、香を負ぶって、商店街の中をゆっくりと歩き出した。

 午後10時を過ぎて商店街をゆく人達もまばらになる。

 風が吹いてきて、僕は震えた。

 電源を失った香は、氷のように冷たい。


 学校から走って来たときは一瞬に感じたのに、こうやって香を背負ってると、それが果てしない距離に感じた。

 途中、ベンチや、座れそうな段差を見付けると、そこに座って休憩した。

 休憩してる間は、寄り添ったカップルのふりをして通行人の目を誤魔化す。 

 少し休んでは、また心をふるい立たせて歩き出した。


 商店街を抜けて、通学路になっている市道に出る。

 薄暗い歩道を香を負ぶって歩いた。


 そうして、一歩一歩足を進めてたら、後ろから近付いて来た車が僕達のすぐ後ろで停まって、ドアが開く音がした。

 嫌な予感がする。


「おい、そこの君、高校生かな? こんな夜遅く、何してるんだ」

 相手がそう呼びかけてくる。


 警察官か、補導の人だろうか。


 恐る恐る振り向くと、そこには、愛車のランドクルーザーから降りた、うらら子先生がいた。


「先生……」

 ベージュのコートを着て、高いヒールの靴を履いた先生。

 アップにした髪とか、ばっちり決めたメイクとか、明らかにパーティーに行った後だって分かる。


「まったく、なにやってるの!」

 うらら子先生に怒られた。


 びっくりしたのと安心したので力が抜けて、僕は香を背負ったままその場にへたり込んでしまった。

「馨君!」

 うらら子先生が駆け寄ってくる。

 そして、僕の背中にいる香を抱き取ってくれた。


「大丈夫?」

「はい、大丈夫です」


「もう、無茶するんじゃないの!」

 怒られてるのに、なんだか嬉しくて、目がうるんでしまう。

 先生と二人で、ランクルの後部座席に香を座らせた。


「さあ、話は後で聞くわ。部室まで送って行くよ」

 先生が言って、エンジンをかける。

 僕は、その助手席に乗った。

「大変、こんなに手が冷たくなってるじゃない」

 そう言って先生が僕の手をさすってくれる。


 先生の手、すごく温かかった。


「先生、友達とパーティーじゃなかったんですか?」

「パーティーだったよ。でも、その最中に、千木良さんから連絡があったんだよ。馨君と香ちゃんが部室を抜け出して、そして、香ちゃんの電源が落ちたってね」


 香は、千木良のプロテクトを解いたって言ってたけど、千木良は香のことモニターしてたみたいだ。

 香は千木良を出し抜いたつもりだったけど、千木良はさらにその上をいってたらしい。


「大丈夫、先生、お酒飲んでないよ」

 うらら子先生はそう言うと、僕にふーって、息を吹きかける。

 ホントに、全然、お酒臭くない。


「パーティーの後で馨君の家に押し掛けて、一緒にクリスマスイブを過ごすつもりだったからさ、先生、車を運転が出来るように、お酒飲まないでいたの」

 先生がそんなことを言った。


 多分、冗談だと思うけど、あれだけお酒が好きな先生がパーティーでお酒飲まずに我慢してたとなると、もしかして、本当のことなのかも……



 学校まで、先生の車で走った。

 学校の駐車場に車を停めて、二人で両側から香の肩を持って運ぶ。


 駆け付けてくれたのは、うらら子先生だけじゃなかった。

 駐車場には、千木良のセンチュリーが停まってるし、柏原さんのクロスカブもある。


 部室には灯りがついていた。

 そこに、柏原さんも綾駒さんも千木良も、朝比奈さんもいる。


「香と二人でクリスマスイブのデートなんて、ずるいぞ」

 柏原さんが言った。

「これから私もデートに連れてってもらおうかな」

 綾駒さんが言う。

「香ちゃんと入れ替わっておけばよかった」

 朝比奈さんが言った。


「みんな、ありがとう。それから、ごめんなさい」

 僕はみんなに謝る。

 みんな、それぞれに予定があったのに、僕のために駆け付けてくれたのだ。


「まったく、世話をかけるんじゃないわよ」

 千木良が言った。


「ごめん。先生に連絡してくれて、ありがとう」

 今回ばかりは、千木良のおかげで助かった。


「べべべ、別に、あんたのために来たんじゃないんだからね! 香の行動が興味深くて、来ただけなんだから」

 千木良がツンデレぶりを発揮する。


「香の行動?」

「ええ、香にとって、電源を失うことは、自分の命に直結するから、電池切れには相当用心するはずよ。それなのに、香は今回、それを無視して、あんたと一緒にいたいと思った。自分の身に危害が加わることよりも、そこにいたいって感情が優先したの。それはとても興味深いわ。また一段、香が人間に近付いたってことよ。これは、分析のし甲斐があるわ」

 千木良が、目を輝かせた。


「クリスマスに、サンタさんが香ちゃんに、人間としての感情をプレゼントしてくれたのかな」

 朝比奈さんが言う。


 朝比奈さんらしい、ロマンチックな言い方だと思う。



 香は、充電台に座らせた。

 千木良がセットした全システム停止の時間、11時を過ぎてるから、香は眠ったままだ。

 僕は、その充電台にぶら下げてある大きな靴下に、プレゼントの箱を入れた。



「で、どうする? みんな、集まっちゃったけど」

 うらら子先生が言う。


「せっかくだから、クリスマスパーティーしましょうか?」

 朝比奈さんが言った。


「賛成!」

 女子達が声を合わせる。


「そうだね、先生しらふだから、一っ走り買い出し行ってくるわ」

 先生が靴を履いた。


「先生、何買ってくるんですか?」

「うん、そうだね。肉買ってくるよ肉」

 結局、この人達、肉食だ。

 でも、クリスマスに焼き肉とかしてていいんだろうか?


「さあ、西脇君は、冷えてるんだから、こたつに入りなさい」

 朝比奈さんが言った。


 朝比奈さんと綾駒さんが僕の両隣に座って、千木良を抱っこするいつもの陣形でこたつに入るとすごく温かい。

 こたつの中で、対面に座った柏原さんが足をからめてくれるし。

 なんか、両隣の二人の大きなものが、二の腕に当たってるし。


 こんな感じで、クリスマスイブが終わって、クリスマス当日になった。



 朝、プレゼントを見付けた香がどんな顔をするのか、すごく、楽しみだ。

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