第112話 馬子にも

 いよいよ、文化祭当日の朝を迎えた。

 頭上には、雲一つない澄み切った秋の青空が広がっている。


 僕は今朝も柏原さんと軽くジョギングしてきた。

 僕がミスター是清学園にエントリーしてから、柏原さんにはこうしてずっとトレーニングに付き合ってもらっている。

 初日よりも疲れなくなって、今日は柏原さんのペースにもついて行けるようになった。


「西脇、いよいよだな」

 走り終えて晴れ晴れとした表情の柏原さんが言う。


 文化祭は土日二日間の開催で、男子のミスター是清学園コンテストは土曜日、女子のミス是清学園コンテストは日曜日に行われる。


 だから、香と千木良の前に、今日は僕の出番だ。



「よし、西脇、ちょっと、脱いでみろ」

 朝日に照らされた柏原さんが、真っ白な歯を見せながら言った。


「えっ? 脱ぐって……」

「服を脱げ」

「ダメだよ」

「西脇、恥ずかしがるな。僕は決して、エロ目的で言ってるわけじゃない」

 柏原さんが爽やかな顔で言う。

 だけど、脱ぐのにエロ目的以外のどんな目的があるっていうんだ。


「さあ、遠慮するな、脱いでみろ。上半身だけで構わない。僕は、西脇の体の仕上がり具合を確かめたいだけだ」

 別に遠慮してるわけじゃないんだけど、このままだと柏原さんに無理矢理脱がされそうだったから、僕は自分から着ていたジャージとTシャツを脱いだ。


 このところ朝は冷えるようになってて、すごく寒い。


「うん、仕上がってるじゃないか」

 柏原さんが、僕の体を舐めるように見て言った。

 僕はなぜか手を交差して胸を隠してしまう。

 柏原さんに、「隠すんじゃない。気を付けをしろ」って注意された。


「いい体の締まり具合だ。僕が男だったら、思わず抱きしめてたところだぞ」

 柏原さんが言う。


 なんか、発言が色々と間違ってる気がするんだけど……


「その体ならもう心配ない。ステージ上では堂々としていろ。運動部や、他の連中にも負けないから卑屈ひくつになることはない」

 そう言って親指を立てる柏原さん。


 いや、どうみても完敗だと思う。


「大丈夫。僕の中では、どう考えたって西脇が一番だ。我が校で一番素敵な男子だ」

 柏原さんが言ってくれた。


 柏原さんみたいな女子にそう言ってもらえると、思わず顔がニヤついちゃうくらい嬉しいけど、もちろん柏原さんは僕を勇気づけるために言ってくれてるだけだから、真に受けるのもよくないかもしれない。


「さあ、それじゃあシャワーを浴びて、汗を流してさっぱりしよう。どうだ西脇、一緒に浴びるか?」


 やっぱり柏原さんは、いつも夢がある言葉をくれる。




 部室に入ってシャワーを浴びた(もちろん一人で)。

 浴室から出ると、ドアの真ん前でうらら子先生と綾駒さんが待ち構えている。

「きゃあ!」

 タオルとパンツだけだったから、また、思わず胸を隠してしまった(変な声出た)。


「今日、西脇君が着る制服、直しておいたよ」

 先生が言って、ハンガーに掛かった制服を差し出す。

 先生は僕がコンテストで着る制服を、僕の体にぴったり合うように直してくれてた。

 先生、制服を一度全部バラバラにして直してくれたから、オーダーメイドしたみたいにしっくりきた。

 そですその長さはもちろん、綺麗なシルエットになるように整えてあって、肩にはパットも入っている。

 鏡で確認すると、貧弱な僕が、立派な胸板と肩幅を持ったたくましい男みたいに見えた。



「ベルトのバックルと、制服のボタンは私が作ったの」

 綾駒さんが言う。

 金属の削り出しでエッジが立ったバックル。

 いぶし銀のボタンは、カフスまで手作りだ。

 両方とも、僕の名前、「馨」の文字がシンプルにデザインされていた。


「胸ポケットには、このチーフを入れておいてね」

 綾駒さんがポケットチーフを入れてくれる。

 臙脂えんじ色で、銀色の模様が入った上品なチーフ。


「さあ、こっちに来なさい。髪型セットしてあげるから」

 うらら子先生と綾駒さん、二人掛かりで濡れた髪をセットしてもらった。

 仕上げに、先生が香水をつけてくれる。

 ライムみたいな、ハッとする新鮮な香だった。



馬子まごにも衣装って、このことを言うのね」

 出来上がった僕を見て、千木良が言う。


「いいじゃないか」

 柏原さんが深く頷く。

「惚れ直したかも」

 綾駒さんが言った。

「馨じゃないみたい」

 香が言う。

「食べちゃいた……ああいえ、カッコイイじゃない」

 うらら子先生が言った。


 みんなが、僕をカッコ良くしようって頑張ってくれた結果だ。

 元々のポテンシャルが低くて、その期待に応えられないのが心苦しい。


「さあ、それじゃあ、ご飯にしましょう。いっぱい食べて、がんばって来てね」

 エプロン姿の朝比奈さんが微笑んでくれた。


 朝比奈さんが用意してくれた朝ご飯は、僕のオムレツにだけ、ケチャップでハートのマークが書いてある。


 食べるのがもったいないからとっておくって言ったら、朝比奈さんに怒られた。





 みんなと一旦別れて、いつも通り、林を抜けて校舎に登校する。


「馨どうした?」

 教室に行くと、僕を見た雅史が目を丸くして言った。

 長い付き合いの雅史もびっくりするくらい、僕は変わったんだろうか?


「まあ、ステージに立ってもいいくらいにはなったよ」

 雅史が半笑いで言った。

 なんか、クラスの女子もこっちを見てヒソヒソと噂話してる気がする。

 良い噂なんだろうか、悪い噂なのか、すごく気になる。



 教室で簡単なホームルームを済ませたあと、講堂に移動した。

 廊下の窓から外を見ると、校門や校庭の周りに校外から文化祭に来るお客さんが集まってるのが見える。

 父兄だったり、近くの学校の生徒が見えた。


 そうか、文化祭には、うちの生徒だけじゃなくて、校外の人も来るのか。

 今日は土曜日だし、晴れてるし、大勢の人が来るのかもしれない。


 ミスターコンテストに応募してしまったことを今さらながら後悔した。

 恥をさらすなら、校内だけでよかったのに…………




「それでは、今ここに、我が是清学園高校、文化祭の開会を宣言します!」

 講堂で、ステージに立った御所河原会長が宣言した。

 講堂を埋めた生徒から、「うおおおっ!」て、地響きみたいな歓声が上がる。


 こうして二日間のお祭りが始まった。


 もう、今から緊張でのどかわいている。


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