第111話 不意打ち

 いよいよ文化祭が明日に迫って、校内の熱気は最高潮に達していた。

 朝から校内は騒然としている。

 徹夜が続いてハイになっている生徒が血走った目で話してたり、終わらない突貫とっかん工事のドリルや金槌かなづちの音が響いていた。


 先生達もあきらめて、授業は半分自習みたいになる。

 僕達生徒が上の空だし、物理的に教室が飾り付けされてたり、工作物で黒板がふさがれたりして、そもそも授業が出来ないのだ。


 去年はそんな雰囲気に鼻白んでた僕も、文化祭に参加が決まってる今年は、その中にどっぷりと浸かっていた。

 明日が待ち遠しくて仕方ない。


 だけど、明日から文化祭が始まっちゃうとなると、それはそれでちょっとだけ寂しい気もした。

 準備期間だけずっと続けばいいって、そんなこと考える。



 休み時間、廊下を歩いてたら、掲示板にミスとミスター是清学園のチラシが貼られている。

 僕は、あらためてミスター是清学園のチラシを見た。


 バスケ部の遠藤先輩、水泳部の桜井先輩、軽音部の菅原君、そして僕。

 辞退者が二人出たとはいえ、そうそうたるメンバーの中に僕がいる。

 なんか、この並びにいることが申し訳ない。

 こうしてチラシの前にいるのが恥ずかしかった。


 そのチラシの横には、ミス是清学園のチラシも並んでいる。

 エントリーしてるのは五人だ。


 朝比奈さん(香)と、女子バスケ部の宮沢先輩、水泳部の近藤さん、弓道部の秋月さん、唯一、一年生からエントリーしてる千木良里緒奈さん。


 ショートカットで活発そうなバスケ部の宮沢先輩。

 笑窪がカワイイ近藤さん。

 涼やかな目元で品がある秋月さん。

 そして、この一年生の千木良って子も、ツインテールが似合ってるし、本当だったら小学校五年生の幼女だし、ほっぺたがぷにぷにで柔らかいし、ちっぱいだし、わき腹をくすぐると暴れておもしろいし、毎日くまがプリントされたパンツ履いてるし、背伸びして生意気な口をきくのが愛らしいし、飛び級しちゃうくらいの天才で家がとんでもないお金持ちだし、すごくカワイイ。


 みんな、それぞれ個性的でカワイイ女子達だけどやっぱり、朝比奈さん(香)の有利は揺るがないと思った。

 チラシの写真の中でも、朝比奈さん(香)は誰より輝いている。

 香が何かミスでもしない限り、一番になるのは約束されていた。

 この、千木良って子は、ミスコンじゃなくて、妹コンテストとかだったら、絶対一位になってたと思うけど、ミスではない。

 そう、ミスでは…………




 って、




「おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」

 僕は、チラシの前で思いっきりノリ突っ込みしてしまう。


 突然大声を出したから、掲示板の周りにいたみんなに見られてしまった。

 思いっきり突っ込んだせいで脚がつって、しばらく廊下をのたうち回る。

 いたって常識人の僕を、みんなが変な目で見た。



 いやいやいやいや、なんで千木良が、ミス是清学園にエントリーしてるんだよ!

 なんで、しれっとチラシに載ってるんだ!


 チラシの写真で千木良は、小首を傾げて上目遣いで、思いっきり猫を被っている。

 某ネ○バスくらい大きな猫だ。

 カワイイ幼女で、普段の毒舌どくぜつの「ど」の字も出していない。




 授業が終わると、僕は一目散に部室に帰った。


 当の本人は、部室の居間でキャベツ太郎をサクサク食べている。

 部室にソースのいい香りが漂っていた。

 僕に気付くと、「んっ」って、抱っこしなさいって意味の手を伸ばしてくる。


 僕は、抱っこを拒否して千木良の前に正座した。

「千木良! あれはどうなってるんだ!」

 顔を近づけて訊く。


「あれって?」

 小首を傾げて不思議そうな顔をする千木良(ほっぺたすりすりしたくなるくらいカワイイけど我慢した)。


「千木良が、ミス是清学園にエントリーしてることだ!」

「ああ、そのことね」

 千木良が、やれやれみたいな顔をする(は? こちがやれやれって言いたいところなんだが)。


 僕が問いつめてたら、他の部員とうらら子先生も部室に帰ってきた。

 みんな、千木良にそのことを聞きたかったみたいで、飛んで帰ってきたのだ。


 千木良の前に、僕と部員、うらら子先生が並んだ。

 それを見て、さすがの千木良もキャベツ太郎を食べる手を止める。

 千木良の手が汚れてるから、僕がハンカチで拭いてやった。


「で、なんで千木良がエントリーしてるんだ?」

 僕があらためて訊く。


「もう、落ち着きなさいよ。私は、ステージ上で近くから香のことサポート出来るようにって、エントリーしただけなんだから」

 千木良が逆ギレしながら答える。

「サポート?」

「ええ、大勢が集まる講堂で、ステージに上がった香に何が起こるか分からないでしょ? そんなとき、すぐに対処できるようにって思って、出場者になれば一番近くにいられるから、エントリーしたんじゃない」

 面倒臭そうに言う千木良。

 千木良が言うことはもっともらしく聞こえた。


 確かに、香はまだ生まれたばっかりだし、その頭脳であるAIを作った千木良が近くにいれば、何かあったときすぐに対応出来る。

 こうして僕達の前では優秀な香も、大勢の前に出たらどうなるか分からない。

 突然フリーズしてしまうこともあり得る。


 僕が千木良の説明で納得しかけたところで、

「ははあん」

 綾駒さんがいぶかしげな顔で千木良を見た。


「千木良ちゃん、後夜祭で西脇君とダンス踊りたいとか思って、エントリーしたんだね」

 綾駒さんが言う。


「えっ?」

 千木良が目を見開いた。


「ちちちち、違うわよ! だだだ、誰がこんな奴と!」

 失礼にもこんな奴って僕を指す千木良。


「なるほど、その手があったか」

 先生が悪い顔で言う。

 ってゆうか、うらら先生、教師はエントリーできません!


「僕もエントリーすれば良かったな」

 柏原さんが言う。

「私もエントリーすれば良かった」

 綾駒さんが言った。


 二人がエントリーしてたら、香のライバルになってたのは間違いない。



「何言ってるのよ! ミス是清学園は香で決まりじゃない!」

 千木良がつばを飛ばして抗議した。


「確か、準グランプリと、準々グランプリも、一緒に踊るんじゃなかったけ?」

 朝比奈さんが言う。

 一位から三位までが、それぞれ組んでダンスするってことだ。


「西脇が一位になれなくて三位になって、千木良も三位に入れば、二人で踊れるってことだな」

 柏原さんが言う。


「だから、私はこんな奴と踊りたくないってば! ホントに、香を見守るためにエントリーしただけだし!」

 千木良が言って口を尖らせた。


「まあ、そういうことにしておきましょう」

 うらら子先生が言って肩を竦める。


「千木良ちゃん、お互いがんばろうね!」

 香が無邪気に言って、千木良の手を取って握手した。


 なんか、文化祭前日にして、不安な要素が増えた気がするんですけど。



「さあ、それじゃあ、明日に向けて仕上げをしましょう。そして、夜は前祝いのバーベキューパーティーよ!」

 うらら子先生が言って、女子達が「おおっ!」って拳を突き上げる。



 今日もまたバーベキューって、うちの女子達、どれだけ肉食なんだよ……


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