第46話 スイカと体操

 部室の中庭に置いたビニールプールに、千木良がプカプカと浮かんでいる。

 ミントグリーンに白い水玉模様の水着を着た千木良は、浮き輪にお尻を入れて、クリームソーダのグラスを傾けていた。


 水に浮かんだまま、ストローから優雅にソーダを飲む千木良。

 いつもツインテールにしている髪は、後ろで二つのお団子にまとめている。

「ほら、千木良。撮影始めるから、そこどいて」

 僕が言うと、「なによ」と千木良が文句を言った。



 今日の部活は、朝比奈さんがこの前買った水着を着て、「ミナモトアイ」の水着配信動画を撮ることになっている。

 中庭の芝生の上にビーチチェアーを置いて、ビーチパラソルを立て、ビニールプールに水を入れて夏っぽくしてたら、いつの間にか、水着の千木良がプールに浮かんでいた。


「ほら、あとで水浴びしていいから」

 僕は、千木良の脇に手を入れて、抱っこしてプールから強制退去させる。

 風邪をひくといけないから、千木良の体をバスタオルで拭いて、日差しよけに頭に麦わら帽子をかぶせておいた。


 なぜ、先輩である僕が、こんなふうに千木良の世話をしているのかは、分からないけれど。



「ところで、まったく水着になる必要がないうらら子先生が、どうして水着着てるんですか! それから、綾駒さんも!」

 僕は、二人に訊いた。


 黒いホルターネックの水着のうらら子先生と、ピンクのワンピースの綾駒さん。


 先生はホースで庭の木々に水をまいてるし、綾駒さんは、縁側に座ってたらいの水に足を浸けていた(たらいには、スイカも浮かんでいる)。


 ミナモトアイ役の朝比奈さんが水着になるのは分かるけど、うらら子先生と綾駒さんが水着になる必要はない。


 まったくない。


「だって、蒸し暑いんだもの」

 先生が言った。

 そして、ホースの水を僕にかけようとする。


 確かに、梅雨明けしたと思ったら、連日真夏日が続いて暑かった。

 薄着になりたい気持ちは分かる。


「あれ? なに? 西脇くんは、私が水着になるの、不満?」

 うらら子先生が訊く。

 うらら子先生が、胸を張って手を頭の後ろで組んで、ポーズを取った。

 先生の水着はハイレグで、足がすごく長く見える。


「西脇君、不満なの?」

 先生に続いて、綾駒さんも訊いた。

 っていうか、綾駒さん、両腕で胸をはさんで寄せるみたいなの、止めてください死んでしまいます。


「いえ、不満じゃないですけど……」

 むしろ、見たいですけど。

 控えめに言って、ガン見したいですけど。


「それじゃあ、僕も脱ぐか」

 柏原さんまで水着になる(なにがそれじゃあなんだ……)。

 柏原さんの褐色の肌に浮かぶ白いビキニがまぶしい。


「さあ、先生、僕に水をかけてくれ!」

 水着になった柏原さんが求めて、二人の水の掛け合いっこが始まった。

 濡れた水着が、ぴったりと二人の肌に張り付く。

 肌が水をはじいて、水滴がコロコロ体の上を伝った。


 ああ、ここが天国か……


 いや、そんなこと言ってる場合じゃない。


「みんなで水着になってて、誰か林に入って来たらどうするんですか!」

 部長として、僕は注意した。

 林の木々で外からは見えないといっても、ここは、校舎のすぐ近くなのだ。

 いつ、生徒がふらふらっと入って来てもおかしくない。


 性欲のかたまりである男子高校生なんかがこんな光景を目の当たりにしたら、危険極まりない。



「それは大丈夫よ」

 クリームソーダのアイスをスプーンですくいながら、千木良が言った。


「林の周囲には人感センサーを張り巡らせてあるし、鳥の巣に擬態ぎたいした監視カメラの顔認証システムで、部員と先生以外が林を通って部室に近づこうとすると、警報が鳴るようになってるわ。私が育てたAIの顔認証システムは、99.82%の認識率を誇るから、ミスもないし」

 千木良、いつのまにそんなシステムを……


「なんだ。それなら裸になったって大丈夫じゃないか」

 柏原さんが言う。


 いや、全然大丈夫じゃないと思う(僕の鼻血的に)。



「おまたせー!」

 そんなことしてたら、主役の朝比奈さんが、水着を着て外に出てきた。


 華やかな花柄ビキニの朝比奈さん。

 カツラとメイクで「ミナモトアイ」に変身してるけど、それは間違いなく朝比奈さんだ。


 朝比奈さんの真っ白い肌を、ビキニの花柄が彩っていた。

 胸元で緩く結ばれたリボンが、解いてくださいって、発しているような気がする(ひど幻聴げんちょうだ)。


「やだ、西脇君、あんまり見ないで」

 朝比奈さんが手でおへそを隠した。


 マズい、無意識にガン見していた。



「一番危険なのは、西脇じゃないのか?」

 柏原さんが言う。

「まあ、間違いないわね」

 千木良が深く頷いた。



「それで、水着で何をするのかな?」

 朝比奈さんが訊く。


「そうだね。水着配信ってだけで、なんにも考えてなかったね」

 綾駒さんが言った。


「なんでもいいのよ。男なんて単純だから、あなたみたいな可愛い子が水着できゃっきゃしてるだけで、鼻の下伸ばしてとりこになるわ」

 うらら子先生が言う。

 暴論だけど、先生が言うとなんか説得力があるし、まったくその通りだった。


「それじゃ、水着でラジオ体操でもしとけばいいんじゃない? それで、視聴者数はうなぎ登りよ」

 先生が言う。


「ラジオ体操ですか?」

「うん、夏っぽいし、いいじゃない」

 先生、適当すぎる。


「それとも、水着の女子二人で、キャットファイトでもする?」

「先生、真面目に考えてください」

 僕は注意した。


 だけど、結局、それ以上のアイディアが浮かばずに、うらら子先生のラジオ体操を採用することになる。




「はい、皆さんこんばんはー! アンドロイドストリーマー、愛の源、ミナモトアイでーす! ってことでね。みんな、もう気付いてる? そうです、アイ、水着を着てみました。それも、ビキニでーす。パチパチパチパチ!」

 朝比奈さんが、カメラの前に立つ。


「どうかな? 似合ってる?」

 朝比奈さんはそう言って一回転した。

 映像では伝わらないけど、ふわっと桃の香りが辺りに広がる。


「それでね。水着でなにをしようか考えたんだけど、アイ、全力でラジオ体操をしてみようかと思います。これからの季節ね、みんな、海とかプールとか、水に入る機会が増えると思うんだけど、その前にはちゃんと準備体操をしないといけないでしょ? いきなり水に入ったらダメだからね。だから、その見本として、アイが、これからラジオ体操をします。あっ、そこの男子、真面目な体操なんだから、エッチな目で見ちゃ、ダメだからね!」

 朝比奈さんがカメラのレンズを指した。

 僕は、思わず「はーい!」って返事をしそうになる。


 朝比奈さんのアドリブは完璧だった。

 もう、完全にミナモトアイのキャラクターになりきっている。


「それじゃあ、始めるよ」

 スピーカーから音楽を流して、腕を上げるところから、朝比奈さんがラジオ体操をし始めた。


 さっきまで恥ずかしがってたのに、カメラの前で役に入った朝比奈さんは、笑顔を絶やさない。

 なめらかでメリハリがある体操は、ダンスを見てるみたいだった。


 朝比奈さんのしなやかな肢体したいが動く様子を見ながら、ラジオ体操ってこんなに美しいものなんだってつくづく思う。

 体育の授業とかでやらされて、ただ面倒だっただけの体操が、楽しそうに見える。


 朝比奈さんがぴょんぴょん跳ねるときの、揺れ具合もたまらないし。


「あんた、口開いたままでよだれ垂れてるわよ」

 千木良に指摘してきされた。



「はい、ミナモトアイ、全力で体操してみました。どうですか? 参考になったかな? みんな、水に入る前は、ちゃんと体操してね。アイとの約束だよ。それでは、今日はこれでおしまいだけど、まだの人は、チャンネル登録、高評価してってね。お願いします。ということで、ミナモトアイでした。ばいばいー、またねー!」

 全力で体操して、汗ばんだ朝比奈さんが締めくくる。


 そこまで撮影して、カメラを切った。



「はい、お疲れ」

 うらら子先生が言って、朝比奈さんにホースの水をかけた。

「先生! 冷たい!」

 って、庭を逃げ回る朝比奈さん。

 水が当たって、朝比奈さんの胸のリボンが揺れた。


 先生、GJ。


 朝比奈さんが、ビニールプールに入っていた水をかけて、先生に反撃する。

 それが、柏原さんと綾駒さん、千木良にもかかって、三人も水のかけ合いに加わった。

 水着で水をかけ合う、女子達。


 僕は、カメラの電源を入れたい衝動しょうどう我慢がまんするのに必死だった。


 とりあえずガン見して、この光景を心に焼き付けよう。

 僕の頭に、microSDカードが刺さるスロットがあればいいのに……



 そのあと、僕達は、たらいで冷やしていたスイカで、一足早い夏の味覚を楽しんだ。



 このとき撮った、「水着のミナモトアイが全力でラジオ体操する動画」は、一晩で100万を越える、驚異的なPVを獲得することになる。



 やっぱり、男って単純だ。

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