第44話 流血の夏

「すごく、ぷにぷにだね」

 朝比奈さんがそう言って突っついた。


「うん柔らかい」

 綾駒さんも、それをまんで感触を確かめる。


「確かに今は柔らかいけど、ちゃんと固くなるんだぞ」

 柏原さんが、その表面を愛しそうにさすった。


「けっこう、大きいのね」

 うらら子先生は、長い一本をほっぺたにすりすりする。


「ちょっとグロいわ」

 そう言いながらも、興味深そうに指でツンツンいじる千木良。



 汐留しおどめはるさんが送ってくれたアンドロイドのアクチュエーターは、中に油が封入された、透明な小さな袋の集まりだった。

 たくさんの細長い袋を、人間の筋肉のように束ねてある。

 全体的に半透明のオレンジ色で、ぱっと見、グミみたいだったし、触っても感触がまさにそれだった。


「電圧をかけると、小袋の中で油が移動するんだ。それで、固くなったり、柔らかくなったり、人間の筋肉みたいに動く。力を入れすぎると破裂する袋もあるけど、束になってるし、袋には自己修復能力があるから、しばらくすると再生する。本当に、生きてるみたいだろう」

 柏原さんが説明してくれる。

 柏原さんが言う通り、機械の部品なのに、これはこれで、生き物みたいな存在感があった。


「だけど、すごい数だね。何個あるの?」

 積み上がった段ボール箱を見て、朝比奈さんが言う。


 部位ごとにタグが付いて分類されたアクチュエーターの筋肉は、段ボール10箱分もあった。

 精密部品だから、箱にはたくさんの緩衝材かんしょうざいが入っているとはいえ、相当な数だ。


「そうだな、細かいのも数えて500以上はあるな。これでも人間の筋肉と比べたら少ないんだぞ」

 人間と違って、心臓とかの内臓を動かす筋肉が必要ないから、その分少ないらしい。


「これを全部、骨に組み込むの?」

 綾駒さんが肩をすくめた。


「ああ、そうだ」

 柏原さんが、笑顔で頷く。

 これから大変な作業になるのに、柏原さん、すごく嬉しそうだ。



「み春さんにこれだけ部品を分けてもらって、だいぶ節約出来たよね」

 部長として、み春さんには後でお礼の手紙を書いておこうと思う。


「確かに節約出来たけど、まだまだ必要な部品はたくさんあるぞ。これから、めちゃくちゃ高い電池も買わないといけないしな」

 柏原さんが頭を掻いた。


肝心かんじんなAI周りのチップとか、そっちもお金が掛かるわよ」

 千木良が言う。

 千木良の言葉には、私が幾らでも出してあげるのに、っていうニュアンスが込められていた。


「私も、外装はってみたいから、良い材料を使わせてもらいたいな。汐留さんのお人形見たら、下手なモノ作れないって思ったの。私の創作の集大成にしたいし」

 綾駒さんも意気込んでいる。


 これだけ女子達が張り切ってると、「彼女」作りの資金はまだまだかかりそうだ。



「よし、どんどん稼ぐ必要があるわね。こうなったら、『ミナモトアイ』の、水着グラビアでも撮ろうか? 暑くなってきたし、水着で生配信とかね」

 うらら子先生が言った。


 「ミナモトアイ」 = 朝比奈さんの水着グラビア。

 そのアイディア、僕は全面的に賛成です(ってゆうか、先生、教え子を水着にすることにそんなに寛容かんようでいいんでしょうか?)。



「水着になるのは覚悟してるけど、もうちょっと、お腹を引き締めたいな」

 朝比奈さんが恥ずかしそうにお腹をさする(覚悟してたのか!)。


「ううん、朝比奈さんのお腹は、十分引っ込んでるよ!」

 僕は、力説した。


 出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる、朝比奈さんは、最高のスタイルだ。


「あんた、人の体を嫌らしい目付きでずっと見てるの?」

 千木良が言う。


「いや、そういう意味じゃなくて……」

 千木良よ、余計なことを言うな。


「あ、ありがとう。それじゃあ、挑戦してみようかな」

 朝比奈さん、頬を赤くして言った。



「よし、それじゃ、さっそく水着買いに行きましょうか!」

 うらら子先生が、車の鍵を手に取る。


「どうせもうすぐ水泳の授業が始まるし、買いに行こうと思ってたから、丁度いいな。僕も行く」

 柏原さんが言った。


「去年のだと窮屈きゅうくつだし、私も、新しい水着買おうかな」

 綾駒さんも言う。


 去年のが窮屈って、綾駒さん、その大きさで、未だ成長過程なのか……


「私もビキニで世の中のこういう馬鹿な男達を悩殺するわ」

 千木良が言う。


 千木良、ビキニはやめたほうがいい。


 それに、こういうって、僕を指すんじゃない。



「分かりました。僕はここでアクチュエーターの片付けしてるから、みんなで行ってきてください」

 どうせ、身体測定の時みたいに、僕は女子達の輪には入れてもらえないんだろう。

 くやしいけど、朝比奈さんの水着姿が見られるんだし、ちょっとだけ我慢だ。



「なに言ってるのよ。あなたも行くのよ」

 ところが、先生がそんなふうに言った。


「西脇君には彼氏役として、どの水着が似合うか、男子目線で見てもらうんじゃない」

 先生が言って、親指を立てる。


 彼氏役、だと……


 こ、これはもしかして、彼女の水着を彼氏が一緒に買いに行くっていう、そんな伝説で聞いたことがある行為なんだろうか?


 二人で水着を選んで、彼女が試着室で着替えるのを、彼氏が周囲の他の女性の視線を受けて、ちょっと照れながら待ってると、彼女が試着室のカーテンを開けて、「じゃーん、どう? 似合う?」なんて訊いて、「う、うん、似合うよ」とか、水着姿の彼女を正視できないで言うと、「ほら、もっとよく見て」とか、彼女に言われて、「○○ちゃんなら、なんだって似合うから」とか言ったら、彼女が「もう!」とか照れたりしする、そんな夢のような遣り取り。


 そんな行為あるはずがないって、僕達、彼女ないない男子高校生のあいだで、ツチノコの存在がごとく言われてきた、あの行為か。


 あの行為なのか!



「わっ! ちょっと、西脇君どうしたの!」

 うらら子先生に言われて、自分が鼻血を流しているのに気付いた。

 それも、鼻の穴二つから、同時に流れている。


「西脇君! 大丈夫?」

 朝比奈さんがあわててティッシュペーパーを持ってきてくれて、僕は鼻を拭いた。


「もう、しょうがないわね。あなたは休んでなさい、私達だけで行ってくるから」

 うらら子先生が言う。


「いえ! 行きます! 全然平気です!」

 僕は、鼻血をほとばしらせながら言った。


 こんなチャンスを逃すとしたら、僕は、孫子まごこの代まで馬鹿にされる。


 体中の血液が全部抜けたって、みんなについていくのだ!

 

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