第17話 男女の機微

 スマホを確認するたびに、ほほゆるんでしまった。


 昨日、アンドロイド・ストリーマー「ミナモトアイ」の動画をアップしてから、10分おきにスマホを確認してるんだけど、そのたびに、100回単位で再生数が伸びていく。

 チャンネル登録数も、半日で500人を超えた。

 コメント欄にもどんどん書き込みがあって、それは日本語だけじゃなく、様々な国の言語で書き込まれていた。


 そのコメントも、おおむね好評だ。


 普段、僕は授業中スマホの電源を切るタイプの生徒だけど、今日は一時間目からずっと入れっぱなしで、ニヤニヤしている。


 アンドロイド・ストリーマー「ミナモトアイ」の立ち上げは成功したって言っていいと思う。




 休み時間になって、スマホを見ながら廊下を歩いてたら、向こうからうらら子先生が来るのを見つけた。

 濃紺のスーツにハイヒールの先生は、背筋を伸ばして颯爽さっそうと歩いている。

 服装に一分のすきもなくて、シャツの襟なんか、それでパンが切れそうなくらいにとがっていた。


 すれ違いざま、僕は先生に「すごく再生数伸びてますよ」って、話しかけようとしたら、

「ちょっと、そこの君。歩きスマホは止めるように」

 うらら子先生は僕を冷たく見下ろして注意する。


「はい、すみません」

 急いでスマホの電源を切ってポケットにしまった。

 近くにいた女子にクスクス笑われる。


「今度見掛けたら、そのスマホ取り上げるわよ」

 先生はそう言い残すと、ヒールの足音をコツコツと廊下に響かせて行ってしまった。


 先生からは相変わらず、ダージリンティーみたいな香りがする。


 うらら子先生は、校舎では厳格げんかくな先生のままだった。

 同僚の先生も恐れる強面こわもて教師は健在だ。


 まさか、この先生が、部室ではセーラー服着たり、源頼光のコスプレしてるなんて、誰も思わないだろう。


 怒られたけど、先生の秘密の顔を知っている優越感で、なんか得意だった。




 帰りのホームルームが終わると、僕は荷物をまとめてすぐに部室に走る。

 朝比奈さんがアンドロイドに化けてることは内緒で、親友の雅史にも、誰にも話せなかったから、はやく部室で部員と話題を共有したかった。



 校舎裏に回って、分かりにくい雑木林の獣道けものみちの入り口を探そうとしたら、その入り口に看板が立っている。


 関係者以外立ち入り禁止。

 監視カメラ作動中。


 そんな文句の看板だ。

 こんな看板、誰かが立てたんだろう?



 獣道を抜けると、部室の玄関にうらら子先生がいた。

「ああ、西脇君こんにちは」

 校舎での冷たい視線の先生とは違って、温かい眼差しの先生だ。


「先生、あの看板、なんですか?」

 僕は、先生にさっきの看板のことを訊いた。


「うん、入り口が分かりづらいから、その目印に立てたの。ついでに、ここが幽霊屋敷だって肝試きもだめしに来るような生徒が近付かないように、立ち入り禁止の看板にしてもらってね。監視カメラとか書いてあるけど、あれはダミーだよ。そのことは内緒だからね」

 うらら子先生はそう言って口の前に人差し指を立てる。


 なるほど、入り口の目印と、人払いが同時に出来て一石二鳥ってわけか。

 アンドロイドの演技をしてる朝比奈さんを他の生徒に見られたら大変だし、丁度いい魔除まよけかもしれない。




「もう! 部長、遅いよぉ」

 部室には他の部員が全員集まっていた。

 居間で、ちゃぶ台を囲んでお茶している。

 綾駒さんが僕の席に座布団ざぶとんいてくれて、朝比奈さんがお茶を入れてくれた。

 朝比奈さんが用意してくれた今日のお茶菓子は、桜あんで作ったピンク色のようかんだ。


「すごいな。まさか、一日でこんなに伸びるなんて思わなかったぞ」

 ようかんを竹串で割りながら柏原さんが言った。

 朝比奈さんが作ってくれたようかんは、ほんのり塩っ気があって、桜の香りが鼻に抜けて美味しい。


「男の単純さが分かったわ」

 千木良がムスッとした顔をする。

 当たり前のように僕の懐に入り込んで座っている千木良。


「そんな、おかしいことなんて全然ないよ。だって、朝比奈さん、すごく可愛いんだから。人気になるのは当然だし」

 僕は言った。


「あ、ありがとう」

 朝比奈さん、少しうつむいて頬を赤くする。


「あんたって、魔法使いに考えたことを口に出してしまう魔法でもかけられたの?」

 千木良が変なことを訊いた。


「いや、かけられてないけど」

「分かってるわよ! 真面目に答えてどうるすのよ! もう少し、駆け引きしなさいってこと。馬鹿正直に面と向かって可愛いとか言わないで、何気なく匂わせるとか、遠回しに言うとか、あるでしょ? そういう男女間の機微きびみたいなものが、分からないかな?」

 千木良に、男女間のことをレクチャーされてしまった。



「この勢いなら、すぐにチャンネル登録者数1000人いくよね。そうすれば、『スーパーチャージ』が使えるようになるから、すぐにお金稼げるようになるし」

 綾駒さんが言った。


「『スーパーチャージ』ってなに?」


「うん、簡単に言うと、投げ銭のことだよ。ライブ配信してる配信者に、視聴者がおひねりを投げられる機能なの。ゲーム配信とかしてる配信者がいいプレーとかすると、画面に5000円とか、10000円とか、表示が出ることあるでしょ? あれが『スーパーチャージ』っていう視聴者が配信者に送る投げ銭なの」


「へー、そんなのあるんだ」


「投げられた金額の7割が取り分で、あとは動画サイトの取り分だから、たとえば1000円『スーパーチャージ』されたら、こっちには700円入って来るってことね」

 なるほど。

 動画投稿って、再生回数でお金が入ってるのかと思ってたけど、そんな方法でもお金稼げるのか。

 それだと夢が広がる。

 上手くいけば、考えてたより早く、本物のアンドロイドを組み立てる資金が集まるかもしれない。

 本物のアンドロイドっていう表現も変だけど。




「それじゃあ、さっそく今日は次の動画撮るわよ。第2回目は、ダンスでいきましょう」

 千木良が言った。


「えっ? でも私、ダンスとか自信ないし」

 朝比奈さんが眉を寄せて困り顔になる(困った顔もカワイイ)。


「別に下手なダンスでもいいのよ。下手くそなダンスだからこそ、男をきつけられるんじゃない。完璧なダンスなんて誰も求めてないわ。ぎこちないダンスで、こういう馬鹿な男のハートを根こそぎ奪って行くわよ」

 千木良が偉そうに言う。


 こういう馬鹿な男って、僕を指すな!


「千木良さん、馬鹿とか、汚い言葉は使わないって、何度言えば、分かるのかな?」

 うらら子先生の許可が下りたので、千木良の脇腹をくすぐる。

 千木良はごめんなさいって、僕の膝の上で暴れた。


「それともあなたは、西脇君にくすぐって欲しくて、わざと乱暴な言葉を使うのかな?」

 先生が意地悪く訊く。


「そ、そ、そ、そんなこと、わるわけないじゃない!」

 千木良は、顔を真っ赤にして、自分の六畳間に逃げてしまった。

 生意気だけど、ホントだったらまだ小学校5年生だし、可愛い女の子なのだ。


「よし、じゃあ、撮影始めようか」

 柏原さんが立ち上がる。



 アンドロイド・ストリーマーの「ミナモトアイ」が順調に滑り出して、僕達「卒業までに彼女作る部」も、中々いい雰囲気で活動を始められたと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る