第16話 ミナモトアイ

「はい、みなさんこんばんはー、愛のみなもと、『ミナモトアイ』でーす!」

 そのセリフのあと、きゅるるん! って感じで、目をぱちぱちさせる朝比奈さん。


 可愛い。

 可愛すぎる。


 控え目に言って、抱きしめたい。


 栗色の髪のカツラを被って、濃いめのメイクをした朝比奈さんは、完璧に計算して作られた可愛さのかたまりだった。



「私、『ミナモトアイ』は、とある森の中にある秘密のお屋敷で、マッドサイエンティストのお父様に組み立てられた、OPP AIのアンドロイドです!」

 カメラのレンズに向かってノリノリでぶりぶりに演技する朝比奈さん。


 この、「ミナモトアイ」っていうのは、僕達がアンドロイド・ストリーマーとしての朝比奈さんにつけた名前だ。

 「愛の源」っていう挨拶あいさつのキャッチフレーズも、みんなで考えた。

 森の中の秘密の屋敷で組み立てられたっていう設定は、実際にこの部室が雑木林の中にあるし、半分フィクションで、半分本当だ。


「私はこれから、アンドロイド・ストリーマーとして、みなさんに動画をお届けできたらって、思ってます。どうぞ、これから末永く、よろしくお願いします。良かったら、高評価、それからチャンネル登録よろしくね」

 朝比奈さんがちょこんと小首を傾げると、その衣装に強調された胸が揺れた。


 パフスリーブの濃紺のメイド服に、襟の部分をセーラーカラーにした、男子の夢を具現化したような朝比奈さんの衣装は、うらら子先生の手作り。


 エプロンの上にある編み上げの部分が胸を強調していて、ミニスカートと膝上のハイソックスの間からわずかに見える太股がまぶしい。

 某有名ヴァーチャル・ストリーマーの「ぴょこぴょこ」みたいに、頭には服と同じ濃紺の大きなリボンをつけていて、それが、朝比奈さんの動きに合わせて、生き物みたいに動いた。


「それで、ここが私のお部屋なんだけど、カワイイでしょ?」

 朝比奈さんが手振りで示す。

 部室の八畳間には、ピンクの家具で揃えた撮影ブースがあった。

 うらら子先生の膨大ぼうだいな衣装をちょっと脇にどけて、部屋の中に小さな部屋が、入れ子状に作ってある。

 このブースを建て込んでくれたのは、柏原さんだ。


 ブースの前には、照明のLEDライトや、カメラ、マイクのスタンドやミキサーなんかが並んでいた。

 これらの機材は、うらら子先生が自分のコスプレした姿を撮影するために使ってたのを提供してくれたものだ。


「これから、このお部屋でゲームしたり、歌ったり、ダンスしたり、色々したいと思うので、楽しみにしていてくださいね。あっ! なにか私にして欲しいことがあったら、コメント欄からリクエストをお願いします。だけど、エッチなのは、駄目だからね。アイとの約束だよ」

 朝比奈さんはそう言ってウインクした。


 演技って分かってても、心臓が止まりそうになる。


 細かい台本とかはないのに、朝比奈さんは完璧にアンドロイドを演じていた。

 元々朝比奈さんにはアイドル性があるんだし、それが全開にされた感じだ。


 それにしても、朝比奈さんはこんな演技になれてる感じだけど、なんか、やってたんだろうか?



「はい、OK。ちょっと鼻につく演技だけど、まあ、あとは私が編集でなんとかするわ」

 カメラを操作していた千木良が録画をオフにした。

 このデジタル一眼レフカメラは千木良のパソコンに繋がっていて、いずれは生放送にも対応する予定だ。


「こら、千木良さん、鼻につくとか言わないの」

 うらら子先生が注意した。

「だって、あざとすぎるでしょ? 馬鹿みたいだし」

 千木良に悪びれた様子はない。


「馬鹿とか、そんな汚い言葉使っちゃ駄目って、先生と約束したよね」

「ふん!」

 ぷいって横を向く千木良。


「西脇君、やっておしまい!」

 先生の許可が出たので、僕は千木良を「脇腹くすぐりの刑」に処する。

 僕が脇腹をくすぐると、千木良は涙を流しながらくすぐったがって、「ごめんなさい! ごめんなさい!」って朝比奈さんに謝った。

 りないヤツだ。


「もう! 幼女の脇腹をカジュアルにくすぐるな!」

 千木良が僕をにらむ。

 僕だってホントはこんなことしたくないけど、うらら子先生に指示されて、血の涙を流しながらやってるんだぞ。



 撮り終わった映像は、千木良が編集ソフトを操作して、みんなで相談しながら、一本の動画にまとめた。

 テロップや効果音を入れたり、サムネイル画像を用意したりする。


 こうやって、放課後みんなで集まってワイワイやるのは、掛け値なしに楽しかった。

 部活で、青春してるって感じだ。

 休憩でお茶を飲んだり、持ち寄ったお菓子食べたりしながらする雑談さえ楽しい。

 女子達からは良い香りがするし、平気で僕のこと突っついたり、寄りかかってきたりするし。



 みんなで作り上げた動画の朝比奈さんは、すごくアンドロイドだった。

 映像で見ると、ライトの当たり具合なのか、アンドロイド感が増した。

 うらら子先生が、朝比奈さんにわざとのっぺりとしたメイクをしたせいで、人間の方から不気味の谷に踏み込んでった感じだ。


 これなら、見てる人にバレずにアンドロイド・ストリーマーだって言い張ることが出来るかもしれない。

 髪の色が違うし、メイクもしてて、これが朝比奈さんだってバレることは、絶対にないと思う。




「それじゃあ、アップするよ」

 千木良が言って、みんなが頷いた。

 出来上がった第一号の動画は、みんなでアップロードボタンを押すことになって、先生も合わせて六人で手を重ねて、一緒にマウスボタンを押す。



「はい、じゃあ、今日の部活はおしまい。みんな、気をつけて帰りなさい。千木良さんはお迎えが来てるわね。柏原さんは、バイクの運転気をつけるのよ。西脇君、綾駒さんと朝比奈さんを、ちゃんと駅まで送ってあげなさい」

 うらら子先生が先生の顔に戻って指示した。


 部室の外は、もう、すっかり暗くなっている。


「暗くなると怖さが増すね」

 部室を囲む雑木林は、星明かりさえさえぎった。

 林の外には校舎があるんだけど、その照明も見えない。



「西脇君、ちょっと手を添えていい?」

 綾駒さんが訊いた。

「うん、いいけど」

 僕が答える前から、綾駒さんは僕の左腕と体の間に自分の右手を差し込んでいる。

「それじゃあ、私も」

 朝比奈さんがそう言って、僕の右腕を取った。

 僕は、二人に挟まれる。

 なにか軟らかいものが腕に当たってるから、僕は体を縮こませて、なるべく触れないように気をつけた。



 三人で腕を組んで夜道を歩きながら、僕は、畜生! って思う。


 彼女がいるヤツは、いつもこんなにいい思いをしてるんだろうって、くやしくて仕方がない。

 彼女がいるヤツの毎日には、こんなドキドキがあるんだ。

 こんな心臓が飛び出そうなくらいドキドキする毎日を送ってるなんてうらやましい。


 僕は、絶対彼女作ってやるって、誓いを新たにする。



「動画、たくさんの人が見てくれるといいね」

 朝比奈さんが、暗闇でも分かるくらい目を輝かせて言った。


「うん、そうだね」

 僕は、斜め下に朝比奈さんを見下ろして答える。



 だけど、そのときの僕達は、動画の再生回数が、想像を超えてとんでもないことになるなんて、思ってもいなかったのだ。

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