おでかけポスト

朝凪 凜

第1話

 いつもの学校、いつものクラス、いつもの仲間。いつもの日常。

 いつもと違うことをしていたのがここに一人。

「ねえねえ、昨日家族と出かけたんだけどさ。そこで変なポスト見つけた」

 前側のドアに一番近い席に座ってる美里が後ろに話しかける。

「変なポスト?」

 後ろの席の遥が片肘をついたままおうむ返しに聞く。

「あのね、真っ黒だった。真っ黒いポスト」

「へぇ、そんなのあるんだ。普通のやつだった?」

「ううん、黒かった」

「知ってる! 色じゃなくて! 形とか機能とか!」

 頭をはたきながらツッコむ。

「そっかそっかー。えっとね、こんなの」

 そう言ってスマホで撮った写真を見せる。

「あ、本当に黒いんだな……」

「ひどい。嘘だと思われてた」

 しみじみと遥に納得されて、美里は大袈裟にうなだれる。

「いや、いつも適当なことばっかり言ってるからつい」

 なんか悪かったなー、と思いつつフォローをするも——

「えー、適当じゃないよ。今日のお昼は揚げパンです」

 弁当箱を出して揚げパンだという。どう見てもパンが入らない形状で、だ。

「適当! しかも話に脈絡がない!」

「ほらそれより写真、写真」

 もう一度スマホを遥の方に向けて机に置く。

「あぁ、そうだった。……で、形とか普通郵便とか速達とか一緒っぽいね」

 正面から撮った写真で、色以外は普通の郵便ポストと同じに見える。

「うん。聞いてみようか。ポストに」

「ポストに聞くな! 答え返ってこないし!」

「違う違う。ポストに手紙を入れるの。『このポストが黒いのは何でですか?』って」

「郵便局宛に?」

「うん」

 こくこく頷いてノートを取り出す。

「郵便局の人も大変だな。届いた手紙に一言だけ書かかれてるの。『この』って言われても郵便局にはないだろうしな、黒いポスト」

「返事くれるかな。郵便局の人」

「どうだろう。忙しくて書いてくれないんじゃないか」

「えぇー! 探究心丸出しの健気な子供の手紙なのに?」

 健気というより、小学校低学年みたいな手紙だな、と思うも口には出さない遥。

「自分の住所書かないで出しそうだし」

「そういえば前にもそんなことあったね。遥に年賀状書いたら差出人書いてないってメールで返事が来たやつ」

「メールで返しちゃったな。年賀状で受け取ったのに」

 遥は遥で既に年賀状は出しているし、こんなアホなことするのは美里くらいだろうという確信がそのメールである。

 そこにちょうど見知った顔がドアをくぐり抜けてきた。

「あっ、菜々夏ちゃん、おはよう」

 クラスメイトの菜々夏。おっとりした見た目通りの性格だ。

「おはよう。なんか廊下まで聞こえてたけど、何? 年賀状?」

 今はもう6月なのに、という奇異な瞳で見られる。

「あ、違う違う。そうだけど違うの。黒いポストがあったからなんでだろうな、って話してたの」

「黒いポスト? あれ? 電車で1時間くらい行ったところの街?」

「あれ!? 知ってる!?」

「ポスト知ってるの?」

「私も前に行ったことあって、観光案内所に書いてあったわよ」

 何その当たり前のことを。みたいな感じでさっくり答えられた。

「観光……案内所……。わたし行ったことない……」

 目が点になって、遥の方をゆっくり向く。フォローしてビームを出す。

「美里は適当に見て回るからな。型にはまらないというか自由奔放というか」

 遥はそれっぽくフォローをするも、フォローになっていないのが現状だ。

「観光案内所には確か、『景観を壊さないように黒で統一している』って書いてあったかな。ほら、あの街は小江戸で塀瓦とか犬矢来いぬやらいとかが残ってるから」

 犬矢来とは竹を使った防護柵の一つ。昔の実用兼風情を兼ね備えたもの。

「おぉ、なるほど。それで郵便ポストは必要だけど、赤いと景観を壊すから黒いんだ。そういえばコンビニもちょっと奥まってて黒白の看板だったような」

「何事にも形や色には意味があるってことね」

 それじゃ、と言って菜々夏は自分の席に鞄を置きに行った。

「それにしても、このポストだけじゃ分からないな。周りの風景も入れて写真撮っておけば良かったのに」

 スマホを見ながら遥はポストの周りに何があるか見ようとする。

「あるよ。ほら」

 別の写真をスライドさせて見せる。

「あるのかよ! 最初からそっちを見せてくれよ! これ見れば一発で判るじゃんかよ!」

 あーあ、とため息をつきながら脱力する遥だった。

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おでかけポスト 朝凪 凜 @rin7n

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