ユキソラ・コンフリクト

花野宵闇

第1話 雪降る夜に

「さむ……」


 俺は窓にかかるカーテンをそうっとめくった。

 暗い景色、高層マンションに灯る灯り。

 俺が開けた窓から漏れた明かりに映し出されているのは、ひらひらと舞い落ちる雪だ。

 ここ数年、東京では雪なんて降ったことがなかった。

 家族に伝えようとして、ああ、今日は誰もいなかったと気が付いた。

 両親は二人っきりのディナーを楽しみに、妹はつい一ヶ月ほど前に付き合いはじめた彼氏と一緒に出かけてしまった。

 俺は山根由紀やまねゆき、十八歳。

 部活では陸上やってる、得意種目は百メートル。

 俺は窓を開けて、腕を外へと伸ばした。

 冷気がするすると足元に絡みつき、暖かかった部屋はあっという間に温度が下がって身震いする。


 手のひらにひらひらと、ひとつふたつ冷たい雪が舞い落ちてくる。

「ホワイトクリスマスだ」

 子供だった頃は毎年楽しみにしていたクリスマスだったけど、大学受験を控え少し大人になった今は特別思うこともない。

でも数年ぶりに降った雪が十二月二十五日のクリスマスであるということに、

すこし忘れていた感情が蘇えるような気がした。

 教会でクリスマスにまつわるお話を聞いて、そのあとは馴染みの友達とプレゼント交換をしたっけ。

 何も考えなくてよかった少年の日々、毎日が楽しくて仕方がなかった。

「……」

 ふと子供の頃からの親友の顔が思い浮かんだんだ。

「そういえば……あいつ、どうしているかな」

 幼なじみの相良眞さがらまこと

 中学までは一緒だったが高校は別々、段々と疎遠になっていった一つ年下の友人、それが眞。

 住んでいるマンションは隣の棟なのに、年に数回会うか会わないかの疎遠っぷり。

 それもこの一年はまったく会っていない。

「……」

 俺はテーブルの上にあった携帯を取り出した。

 久しぶりに連絡する、

(出るかな……?)

 呼び出し音は程なく留守番電話の案内に切り替わった。

「なんだ、眞のヤツ」

「ま、しょうがない、か……、あいつもなんだかんだで忙しいんだろな」

(今日はクリスマスだし……)

 もしかして特別な人と過ごすのかもしれない。

 それならそれで、眞の幸せを祈ってやらねば。

 なんて考えて俺はふう、と息を吐いた。

「ぼっちクリスマス……独りなのは俺だけかあ」

 その時、来訪者を告げる呼び鈴の音が、俺の耳に飛び込んできた。

「……!」

何故だかどきんと胸が高鳴り、俺は急いで玄関へと向かう。

「は、はい、どなたさま…」

開けたドアの向こうに立っているのは、先ほど電話で声を聞こうとした相手……眞だ。

「こんばんは、由紀さん」

 コートのポケットに手を入れて、相良眞は俺に言った。

 髪や肩は雪まみれで、吐く息は白い。

 俺の方が一歳年上なのに、もうすっかり背は俺を追い越して、眞は俺より頭一つ分ほども大きかった。

 茶色のロングコートに身を包む眞は、ちょっと悔しいけどひどく大人びて見えた。

 俺は我に返る。

 いつもの部屋着、よれよれの上下のトレーナー姿の俺。

 うわ、なんだか妙に気恥ずかしい。

 俺は上着の裾を無意識に引っ張りつけた。

 ふと見上げた襟元に、見覚えのあるマフラーが巻かれているのが目に付いた。

「あ……それ確か」

「ええ、あの時の由紀さんからのプレゼント。大事に使ってます」

 マフラーに手をやって眞は言った。

 何年も前のクリスマスに眞と交換したプレゼントだったのを俺は思い出す。

 そういえばその時眞からもらったプレゼント…なんだったっけ?

「中入っていいですか? ここは寒くて……」

 眞に言われて慌てて部屋の中へ招き入れた。

「今、おまえんとこに電話かけてたんだぜ、でもウチ来てるなんて夢にも思わなかった」

 コートを脱ぐ眞にハンガーを差し出す。

「ああ、マナーモードにしていたからかな、気がつきませんでした」

「お茶入れるからさ、そこ座っててくれよ」

「どうぞお構いなく、連絡も無く押しかけたんですから」

 眞はハンガーを受け取って、にこりと笑った。

 翳り……後から思うとあの笑みは、もしかしたら少しそんな翳りのようなものがあったかもしれない。

 俺は知らなかったから。

 眞がどんな気持ちで12月25日を迎えていたか。

 ……俺は知らなかった。

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