第8話『血の目覚め 2』


あれから1週間は、拍子抜けするほどいつもの生活だった

学園、バイト、ボクシング……


自分はずっと監視されているという事を除いては普段通りの生活を送ったが

日曜の朝に呼び出しがかかった


『市立総合病院に11:00、遅刻厳禁    時雨』


今更アドレスを知られていたくらいで驚きはしないが

行くか行かないかの選択肢は無いようだ




*****




病院前でバスを降りた颯太は、正面玄関の前で待っていた時雨を見つけた

風になびく黒髪はポニーテールに結われていた


中へと促され、ロビーのソファに座ると問診票を渡された



「何なんだ急に?別にどこも悪くは無いんだけど」


「そんな気にせんでええって、単なる健康診断や

うちも毎年受けとる、上の指示でな」


「ふーん、なんかよく分からないけど会社みたいだな

そういうのちゃんとやってるなんて以外だな」


「体が資本やからな、あんたにも一応受けさせとこうってなったわけや」


「そうならそうと言ってくれてればいいのに……

きっと何かあるとビクビクしていたんだ」


「何もない……とは言ってないけどな

とにかく、ちゃっちゃと書いて診てもらっておいで」



検査を受ける自分以上に何やら乗り気でない時雨に少し引っかかったが、危ない事は無さそうだしとりあえず言われる通りにする



「なぁあんた、仮に……能力者として覚醒したとしたら

……どうするつもりや?」



問診票を記入していた手が止まる

この健康診断が普通の検査だけではない……と暗に示しているかのような質問だった



「……それは、あれからずっと考えていたよ

いくら血縁者だからって、みんながみんな能力を持つ訳では無いってお前が言っていたから

自分もきっとそうなんじゃないかとも考えたよ

でも、もしそうならあの時『影』って奴は俺を狙ったりはしなかったんじゃないか?

て事は、俺はきっとそのうち覚醒するかもしれない

そう考えないと、ずっと監視されてる理由も説明が付かない…………違うか?」



時雨はそういう颯太に少し驚いていた


今までこちら側とは無縁の生活を送っていたのに、1週間でそこまで考えていたのかと



「はっ、ホンマにあんた察しがいいな

良すぎるくらいや……諦めが良すぎる……とも取れるけどな

あんたにしたら天地がひっくり返るほどの話やったと思うんやけど」


「起きた事は無かったことにはならない」


「?」


「お前がうちに来る前に、夏海が言った言葉だよ

俺も混乱してたし、何があったかは話してないから安心してくれ

そう言われたからかな、信じられない様な話だったけど

事実としてある程度は受け止める事ができたのかもしれない」


「夏海……あぁ、委員長のことか

へぇ、なかなか含蓄のある言葉やな

委員長に感謝せなあかんな

……もしあんたが、能力者として覚醒したなら……

否応なくこちら側に引き込まれる

それだけは覚悟しとくんやで」


「どんな事になるか想像もつかないけどさ、無かったことにならないなら

……受け入れるしかないさ」



そうか、と真顔で返した時雨はなにか考えているようだった



「日比谷さん、日比谷颯太さん

2番待合までお越しください」



呼ばれた颯太は、書きかけの問診票を手に席を立った




*****




それから更に1週間

7月に入り、梅雨もあけて暑さが増していた


広い応接室の革張りのソファにガラスのローテーブルを挟み向かい合って座っているのは

いつも険しい表情をしている石動灯弥と、背もたれに体を預け足を組んでいる天ヶ瀬時雨



「検査結果が出た」


「んで、結論はどうや?」


「日比谷颯太は間違いなく覚醒する

それも近いうちにな

身体の『気』の活性状況と血液の因子濃度を鑑みるに

過去の未覚醒者の、覚醒間近のデータと一致する」


「……そうか……で、今後の対応は?」


「通常なら教導部に預け、能力に対応する為の身体の強化訓練を行うところだが

身体能力の検査結果を見ると、一般の平均以上の能力は有している

本来の資質に加えて格闘技の訓練をしていたことが要因だろう、本来ならこのまま慶一の隊に合流させ様子を見るところだが

彼は動きを強めている『影』の対応に従事してもらっている」


「で、うちのとこで面倒見いってか?

勘弁してくれ……って言いたいところやけど

あんたがそう決めたんなら従うしかないんやろ?」


「勘違いしてくれるな、時雨

代々我ら火の一族がまとめ役にはなっているが

それぞれの当主の立場は対等だ

そしてこれはあくまで命令ではなく要請だ

そちらには拒否する権限もある」


「それはわかってる

うちもそこそこの間、当主としてやってきたんや

うちとしては、灯弥さんの真意を知りたいんやけどな?」


「何の事だ?」


「うちもアホやない、いくら前当主の息子で状況が特殊やとはいえやで

あんたがそこまで気にかける何かが彼にはあるっちゅうことや、違うか?」


「……今はまだ不確定な要素が多い

だが日比谷颯太の能力はこちら側の要になるやもしれん

……とだけ言っておこう、今はこれで納得してくれないか」


「…………期待以上の回答や

うちの顔を立ててくれたってとこやろうけど……

わかった、今はそれでええわ

どう転ぶかはわからんけど、当面はうちの方で面倒みるよ」


「よろしく頼む」



まだ釈然としない事はあるが、灯弥からこれ以上の情報は得られないだろうと時雨は席を立った


それと入れ替わるように部屋へ入ってきたのは、灯弥の弟の石動朔弥だった



「朔弥、時雨への任務要請書をまとめておけ」


「本当にいいのですか?まだ早すぎるのでは?」


「構わん、私の判断だ」


「……かしこまりました」



一礼し去っていく朔弥

灯弥は、部屋の窓から去っていく時雨の姿を見下ろしていた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る