第6話『迫る非日常 5』
土曜日の朝、目覚めた颯太のスマホに1件のメール着信があった
『すまんが急用で行けなくなった
また近いうちに会うだろうが、言いたい事はその時に聞く
気を強く持つように』
?
予定が流れるのは仕方がない、叔父さんも忙しい人だった
ただ、要領を得ないメールに首をかしげる
『了解、気にしないで
こちらは友人もできたし上手くやってる、心配ないよ』
と返信しておいた
とりあえず朝食を摂ったあとは最低限の家事をこなし
いつもの様に休日を過ごす
土曜日はいつもボクシングジムに通っているが、今日はどうも気が乗らなかった
ただ食材の買い出しには行かなければと重い腰を上げたのがちょうどお昼頃
玄関へ向かおうとした時インターホンが鳴った
「叔父さんは来ないと言ってたけど……」
そう思いながら扉を開き、そこに立つ人の姿に驚愕した
外は小雨程度の天気だったが、そこに居たのは
レインコートのフードを目深にかぶった
小柄な女性だった
「不用心なやっちゃな、せめてチェーンロックくらいしたまま確認した方がええよ」
その声とイントネーション、思い過ごしではなかった
「……もしかして、天ヶ瀬……?」
「ご名答」
そう言いフードを脱いで見えた顔で確信に変わった
綺麗な黒髪に整った顔立ち、教室で本を読んでいる時とは違う
不敵な笑顔を浮かべていたが、間違いなく天ヶ瀬時雨だった
「あんた、やっぱ気付いてたんやな?
その感覚は大したもんや
ちょっと話があってきたんやけど、あがってええかな?」
戸惑いはしたが、週明けには直接聞いてみようと思っていたところだった颯太は時雨を中へ通した
レインコートを脱いだ時雨はいつもの制服姿ではなかった
シンプルなロングTシャツにデニムのショートパンツのアクティブなスタイルで、学園での落ち着いた雰囲気とは真逆だった
「なんや、綺麗にしてるやん
男の一人暮らしなんてもっととっちらかってるもんやと思ってたわ
とりあえずコーヒーでも入れてもらおか、ブラックでええよ」
「……お前にそこまで話したことはないけど、知ってるってことは調べたのか」
務めて冷静に聞いたつもりだったが、動揺は隠しきれなかったらしい
「思ってたより落ち着いてるな
すぐ感情的にならんのもプラスポイントや
うちがあんたに危害を加えるつもりは無い
……まぁ掻い摘んで話したるから」
そう言った時雨は部屋の壁側にもたれて座った
颯太は警戒を解かぬまま、二人分のコーヒーを用意して
小さなテーブルを挟み向かい側に座り、視線で話を促す
「まず質問に答えると、あんたの事は調べがついとる
というより、あんたよりもあんたの事を知ってると言うべきかな
……日比谷颯太、8月8日産まれの16歳
母親は病気で他界、父親も事故で他界
叔父の口利きで聖徳学園へ転入し現在一人暮らし
ファミレスでアルバイトをしながら
ボクシングジムにも通っている
報告によれば昨日は委員長が訪ねてきてたみたいやね
隅に置んけなぁ色男」
「報告ってことは監視でもされてるのか?
それに委員長はお前の家にも行ったと言っていたぞ」
「あぁ、それはうちの家じゃないよ
ダミーの住所にダミーの家族や
それに今言ったことは、あくまであんたが認識してる今の状況にすぎん」
「……どういう事だ?」
「まぁ、いっぺんに話しても理解出来んやろうし順番に行こか
まず、あんたを襲いに来てたやつら覚えてるか?」
「ハッキリ見たわけじゃないけど……普通の人間……の様には見えなかった」
「ご名答、話が早くて助かるわぁ
あいつらの事は、うちらは『影』と呼んでる
世界の……というか人間の負の思念の集合体や
あいつらはある程度の濃度に達すると人間の死体に憑依する
比較的新しい死体に憑依する事が多いんやけど、その状態がクラス1
そいつが生きた人間を食らって肉体を増強した状態がクラス2
さらに増強し続けて、全身に暗い気を纏いある程度の知能を持った状態がクラス3……
こないだ現れた奴らはクラス2や」
「ちょっと待って!……てことはアレは人間じゃなくて……死体だったって言うのか!?」
「すぐには信じられんやろうけど、そういう事」
あまりに突拍子がなく信じ難い話だった
実際見た事は見たし、嘘にしてはバカバカしすぎる
「正直クラス2が3体もあそこにいた事は相当なイレギュラーやったけどな
いくらまだそこまで知能が無いにしても、うちが居る所にノコノコ出てくるのもちょっと普通やないわ」
「……お前は……一体何者なんだ?」
充分普通ではない事は理解したつもりだったが
返ってきた答えはさらに混乱するだけだった
「せやな、改めて自己紹介しとかんとね
12月25日産まれの16歳
歴代最年少の覚醒者&歴代最年少当主
代々国を守護してきた水の一族の現当主
天ヶ瀬時雨、よろしくね!」
Vサインで得意げに話す彼女に、颯太の思考は追いつかず
ただ呆然とするしかなかった
「なんやノリが悪いなぁ
もっと『うわー、まじかよ、すげー』みたいなリアクションするかと思ったのに
こうなったら見せた方が早いか」
窓を開けた時雨は、雨がパラつく外へと腕を出し集中する
すると、その細い腕にかかるはずの雨は
下へと降る動きの方向を変えて、時雨の手のひらへ集まっていく
「ほら、こんな事普通のやつには出来んやろ?」
部屋の中へ戻した腕の先、手のひらの上には
水晶の様な水の玉が浮かんでいた
「えっ!?腕が濡れてない、それに浮いてるのは……水?」
「おっ、いいリアクションきたね!
いやぁ、うちらの事を知らん人に能力を見せることなんてないからなぁ
なかなか無い経験やなぁ
まぁ厳密にはあんたは普通の人とは違うんやけどね」
「ちょっと待ってくれ!
確かにちょっと人とは違う生活はしてると思うよ
でも俺自身は普通の人間じゃないか
急に誰かに狙われたり、監視されてたり……
何のために俺なんかを狙うんだよ!?」
「あんたのお父さん、日比谷 慶二(けいじ)さんな……
雷(いかずち)の一族の前当主やったお人や
そんで、あんたはその息子
普通の人間やない、うちらと同じ
守護する者達の1人や……まだ覚醒してないしするかどうかもわからんけどな」
「……俺が……?お前みたいなそんな力があるってのか?
それに、親父が……なんだっけか?雷……?当主って何のことだよ?」
時雨の能力を目の当たりにし、このあまりに馬鹿げた話もきっとまだ理解できないだけで本当の事なんだろうとは思う
そう思わざるを得なかった
それに親父も時雨みたいな能力者?
なら、俺は何も知らされないまま生きてきたのか?
「慶二さんを責めたらあかんよ
うちもその辺の事情は聞かされてないけど、同じ守護の一族や
能力が目覚めない限りは、普通の生活をさせたい……って
思ったのかもしれんよ、真意はわからんけどね」
「……親父とは……あまり会わなかったから……
なら叔父さんも、その……同じ様な力があるのか?」
「慶一さんの事か?
あぁ、あの人は慶二さんが亡くなったあとを引き継いで一族の当主をやってはるよ」
「……そう……なのか……」
今朝のメールはそういう事だったのか……
「だいぶキてるようやな、無理もないけど
まだ時間はある、聞きたい事もあるやろうし
ちょっと休憩にしよか」
時雨はそう言って話を止めた
こちらの様子を慮っての事だろう
とにかく、混乱する頭を落ち着ける時間が必要だった
冷めたコーヒーを一気にあおり、深くため息をついた
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