第5話『迫る非日常 4』
思考が落ち着かないまま一夜を明かした颯太は
朝方眠りに落ち、目覚めたのは夕方だった
バイト先には昨夜のうちに連絡を済ませ、休みにしてもらっていた
学園への連絡は出来ていなかったが、週明けにでも適当に理由をつけて話せばいいかと、特に深くは考えなかった
眠気と頭を覚ますために、いつもの様にコーヒーを入れる
BGM代わりのテレビはつけずに、ベッドにもたれ掛かるように腰を下ろす
「夢……じゃなかったよなぁ」
考えるともなしにただ呆然としていると
インターホンが鳴った
叔父さんが来るのは明日のはずだったと考えながら玄関のドアを開くと
意外な人物がそこに立っていた
「お〜、生きてたねぇ日比谷くん」
オッスと言い右手を上げて微笑んでいたのは
クラス委員長の飯田 夏海
「あー、えー……」
昨日の混乱が尾を引いていたせいか
なんの用か?なぜここがわかったのか?なぜ委員長がここにいるのか?
質問がまとまらない様子を見てとったのか
「今日サボってたでしょ、でも寝起きっぽいよね
具合でも悪かったかな?
今日は月曜に提出しなきゃダメな書類があってさ、ここまで届けに来たんだよ
本当は担任が来る予定だったんだけど、会議が長引いてしまいそうらしくて
なら私が行ってきますよって請け負ったわけ
住所は先生から聞いてきたし、ほら一応委員長だしこういうのは私の役目かなぁって……
あんだすたんっ?」
一息にざっと説明してくれた委員長は人差し指を立てて確認してくる
「あ、あぁ…理解した
わざわざありがとうな」
「いいよいいよ、天ヶ瀬さんちにも行ってきたし
大したことじゃないよ」
「あいつも休みだったのか……委員長てのも大変だな」
そんな事は気にしていないという風に、にししっと笑っていた
そういえば天ヶ瀬は昨日早退してから今日も学園には来ていない
昨日あの時、聞いた声は
女の……関西弁のようなイントネーションだった様な……
流石に考えが飛躍しすぎかと思案していると
「どったの?ボーッとして
まだ具合悪いなら休んでた方がいいよ?」
「いや、大丈夫…もうだいぶ良くなったからさ」
そう話を合わせておいて
「それより、わざわざ出向いてくれたんだし
コーヒーくらいなら出してやれるけど」
「まじ?私そういうの遠慮しないタイプなんだけど
男子のお誘いを断るのも悪いしぃ
ぶっちゃけ天ヶ瀬さんちってここと逆方向だったからちょっと疲れたし、ご厚意に甘えるとしますか」
ニカッと笑った委員長は「おっじゃましまーっす!」
と玄関の内側へ入ってきた
内心少し無警戒だなとは思いつつ部屋へ招き入れる
なんでもいいから誰かと話したい、そんな気分だった
「まだ掃除してないからアレなんだけど、そこにクッション置いてあるから座って待っててよ」
部屋へ入ってきた委員長は中を見渡し
「ねえねえ、日比谷くん
もしかすると、ここってワンルーム?
まさか一部屋に家族でって事は無いよね……てことは
一人暮らしっ?」
颯太は1人で過ごす事に慣れすぎていたのか、クラスメイトで委員長とはいえ
男一人の部屋に女子を招き入れるのも不味かったかと失念していた
「あぁ、言ってなかったっけか……悪かったよ
流石に不味かったな、叔父さん以外に人が訪ねてくるのも珍しくてそこまで考えてなかったよ」
「あぁ、んん 気にしないで
ちょっとびっくりしただけだからさ
それに日比谷くんて、今の話聞いただけでも何か変な事しようなんて思ってないのは分かるし
コーヒー頂いたら帰るからさ、気にしないでよ
さてと、男子の部屋へ来たということはベッドの下のエロ本の発掘を……」
「今すぐ帰れ!」
腕をまくってかがみこんだ委員長は、こちらを振り向き
冗談だよと笑っている
「まぁ今用意するから待っててよ
因みにそんなベタなところには無いからな」
そう言いながら、インスタントだが二人分のコーヒーいれ
委員長にはカップのミルクとスティックシュガーを付けて渡した
男の一人暮らしの部屋に男女が二人でいるのも気を使うが
向こうは信用してくれているのかあまり気にする様子もなく
少しのつもりが1時間ほど話し込んでしまっていた
「日比谷くんが1人で暮してる理由ってのはわかったけど
寂しくないの?
私だったら話相手がいないなんて耐えられないよ」
「それはあまり考えた事がないかな
1人の方が気楽でいいし、委員長はいつも誰かと話してるよな」
「そろそろ落ち着けよってよく言われるけどねぇ
結構私しやべってるけどうるさくない?
なんか日比谷くんて聞き上手って感じでついペラペラ喋っちゃったけどさ」
「いや、気が紛れて助かったよ ありがとな
そろそろ帰らないと親が心配するんじゃないか?」
「あ、もうそんな時間?んじゃそろそろおいとましましょうかねぇ
コーヒーごちそうさまでした」
そう言い立ち上がった委員長を玄関まで見送る
「今日はありがとね、楽しかったよ
それと、私の事は夏海って呼んでくれていいよ
男子も女子も、仲のいい子はみんなそう呼ぶしさ」
「ん、じゃそうさせてもらうよ
俺の事も呼び捨てで構わないよ、その方が気も使わないしさ」
にししっと笑顔を浮かべて友人が増えた事を喜んでいるようだった
「なぁ夏海、最後にひとつ聞きたいんだけど?」
「うおっと!自分で言っときながら初めて呼ばれるとドキッとしますな
どったの?」
「……『もし』の話だけどさ……
普通に過ごしてたはずなのに、いきなりマンガみたいな突拍子もない事が目の前で起こったら
信じられるか?」
的を得ない質問にどう答えればいいものかと悩んでいるようだった
馬鹿にする訳でもなく、そう考えてくれるだけでもありがたいと思った
「私だったら……信じちゃうかな?
深く考えるの苦手だし、起きた事は無かった事にはならないしさ」
「うん、……そうだよな……
変なこと聞いてごめんな、ありがとう」
「いえいえ、んじゃまた来週」
「ん、また来週」
手を振り去っていく夏海の言葉に、少し気持ちが楽になった気がした
いい友人ができた、うまくやれていると
明日は叔父さんに報告しよう
そんな事を考えながら部屋の掃除を始めることにした
*****
「昨日の件、手間をかけたな」
応接室のソファに座り、二人分の飲み物を用意した職員が出ていったのを待ってそう言った男は
黒のスーツに銀のメガネ、オールバックに髪を撫でつけた険しい表情をしていた
組織を統率する、石動灯弥は向かいに座る時雨に話を続ける
「近頃奴らの動きが活発化している
その為にお前にこちらへ来てもらっていたのだが
今回の奴らの動きは想定外だった」
「まぁ、確かにクラス2が直接こちらへ仕掛けてくることなんて聞いたことないわ
けどな、もうちょっとそっちのもんが上手いことやってくれたら良かったんやけどな」
「クラス2が現れれば、結界術士では太刀打ち出来ん
それも3体となれば最低、戦闘部隊を3チーム派遣せねばならん
こちらの現状を考えると、いかに重要な護衛対象とはいえ
貴重な戦力を危険度の低い施設に割けまいよ」
「そう言うとおもたわ……危険度と優先度の見直しは?」
「そちらも進めている、だがお前が学園にいる以上
複数体のクラス3が攻めてこない限り問題ないだろう」
「ははっ、それはゾッとするな
それと、彼への対処はどうする?
学園外で1度姿を見られとるし、このままコソコソしてる方が危ない気がする」
「それには同意だ
どのみち知る事になる話だ、遅いか早いかの違いでしかない
近いうちに接触を持ち、事情を説明してほしい」
「はぁー、やっぱりうちがせなあかんの?
こういうのは静(しずか)さんの方が適任やろうに……」
「彼女は今は東北地方の拠点で事に当たっている
私はここから動くことは出来ん
もう1人は別任務を遂行中、朔弥は問題外だ
となれば、四当主のうち動けるのはお前しかいない」
「へいへい、わかりました
ただ、一応一般人として生きてきたあいつに
すぐに理解は出来んやろうけどな」
「話は以上だ
そちらの件は早いうちに進めておいてくれ」
フンっとだけ返事をし時雨は部屋を出た
灯弥は1人になった部屋で、自分のデスクの上のタブレットを操作した
そこには『彼』のデータ映されていた
「日比谷颯太……作られた日常はお終いだ」
そう呟いた灯弥は煙草に火をつけた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます