第4部
襲来、バーチャルプレイヤー
レース開始30秒前。ここで、まさかの展開が起こったのである。外見は西洋の騎士を連想するようなアバターが、唐突に出現した光景は、他のプレイヤーも言葉を失っていた。
『貴様がダークバハムートか――』
突如としてCGの様な出現方法で姿を見せたのは、バーチャル動画投稿者と呼ばれる人物である。普通の動画投稿者は夢小説やナマモノと言った風評被害で炎上する事があり、そこを芸能事務所AとJによって集中砲火される傾向だった。
『プロのパルクールプレイヤーが、どうしてここに来た――!』
そこで考えられたのが、外見は二次元キャラをベースとしたバーチャル動画投稿者だったという。
これならば自分は素顔を見せる事もなく、無用な炎上を避ける事は可能である。弱点もあるかもしれないが、この辺りは一長一短かもしれない。
『残念だが、レース妨害は――失格の対象となる』
ダークバハムートの一言は、彼が行動を起こそうと剣を振り下ろそうとした瞬間に起きる事を予言していた。
次の瞬間、バーチャル動画投稿者の姿は消えてしまったのである。一体、何が起こったのか――周囲のプレイヤーにも分からない。
『ARゲームに私情を持ち込むのは――』
そして、ダークバハムートはスタートの準備を再開する。レース開始まで、残り10秒を切っていた。
この状況はSNSモードをオープン出来ない事情もあり、他のプレイヤーには分からない。レース後にはニュースが飛び込んでくるかもしれないが。
『馬鹿な――』
アバターの方は瞬時で消滅するが、これによってスタート時間が遅れる事はない。カウントダウンも止められていないのが、その証拠だろう。
しかし、消滅したとしても――このアバターは不敵な笑みを浮かべているようにも感じられた。アバターは鎧姿なので素顔場見えないのに、である。
遂にレースが始まったタイミング、スタートに出遅れたのは――何とダークバハムートだった。バーチャル動画投稿者に構っていたから出遅れたのも理由の一つかもしれないが、それとは別の問題もあるだろう。
(これは今の内か――)
別のプレイヤーはダークバハムートが手間取っている状況を横目に、スタート地点を出ていく。一方の別スタート地点では3人が一斉スタートしている為、出遅れたのは、ダークバハムートだけと言う事になる。
『既にタイムは――』
ダークバハムートは時間を確認するが、経過したのはわずか15秒位だった。時間切れで足切りされる事はない一方で、ここで出遅れた事はトップに追いつかないまま負ける事にもつながる。
1キロ地点、そこまでトップだったのは西雲春南(にしぐも・はるな)である。ダークバハムートは3位まで順位を上げるのだが、それでも――西雲との距離は300メートル離れていると言ってもいい。
(あの動画投稿者の事を考えていたら――ここまで出遅れるとは)
自分としても信じられない失態だった。普段のパルクールではあり得ないようなニアミスであり、怪我の原因につながるので意識もしない。
それなのに、ARゲームなだけでここまで変わってしまうのか? ルールが似ているだけで別物と考えた結果として、ここまで油断したのか?
(ルールが似ているだけで――ここまで意識するのか?)
ARパルクールはパルクールと使用する装備も異なり、ルールも違っているはずだ。実際、ARパルクールで使用するガジェットは普通のパルクールでは使用しない。それだけの違いなのに――。
ダークバハムートの走りは、リアルのパルクールで見せているそれと同じであり、遅れをとるような技術ではないはずだ。
3キロ地点、トップ通過したのは西雲であり――ダークバハムートではない。2キロ地点では西雲と違うルートを直感ではじき出した事でダークバハムートがトップ――それなのに、圧倒的な技量差が出ている。
これがARゲームプレイヤーとプロアスリートの差なのか? アトラクション系番組等ではどちらも大差がないような展開なのに――。
「あの状況、どういう事だ?」
「ダークバハムートには何が足りないのか?」
「プロのパルクールプレイヤーでも、西雲には勝てないのか?」
「まさか、ダークバハムートをジャイアントキリングする西雲と言うフラグが――」
「フラグとかあり得ないだろう。そんな分かり切ったようなシナリオを――?」
あるギャラリーの発言を聞き、周囲が凍りついた。この男性は無意識で発言したのだろう。しかし、ARパルクールでは都市伝説のレベルでは片付けられないような展開が多く発生している。
チートプレイヤーの強制失格、チートプレイを隠し通して1位を取った選手がライセンス凍結の部類は、運営側の方針なので問題はない。
問題があるのは、明らかに低レベルなプレイヤーが高レベルプレイヤーに勝利する構図が何度か発生している事である。
ネット上ではジャイアントキリングとして盛り上がるのだが、これに関して、一部勢力がマッチポンプだと炎上させた事例があった。
(フラグ――? そんなネットスラングごときに負けると言うのか――)
ギャラリーの声を偶然拾ってしまったダークバハムートは、その一言に動揺をしてしまう。しかし、そこから転倒をしてしまえば――全ては水の泡なので、そこは何とかこらえて見せた。
『こちらの方が技術も、経験も上のはずだ! それが――』
ネットスラングは信じないはずのダークバハムートだったが、ここでの一言は無意識だったとは言え――。
『おおっと! まさかの展開だ! ダークバハムートが、4キロ地点を前に失速しているぞ――』
どのような経緯で失速をしたのかはネット上の考察待ちだが、実況の言う通りにダークバハムートは失速した。ネットスラングを信じないはずが、思わぬ所でフラグを立てて自滅した格好である。
5キロを過ぎた段階で、西雲の勝利は揺るぎないだろう。しかし、西雲は――ある事情もあって、勝利を全く確信していなかった。動きに関しては、何時ものペースであり、問題はないかもしれない。ヒューマノイドモードも温存中である。
(やっぱり――)
ARバイザーのマップを確認し、自分を追いかけていたはずのダークバハムートが失速したのを知った。しかし、今の自分には無縁の話だろう。立ち止まらなければ――相手との距離は引き離されていくのだから。
それでも距離に換算すると、500メートル。圧倒的な大差と言う訳ではない。
『あの実況が気になる所だけど、今は気にしない方が――』
しかし、実況に関しては明らかにダークバハムート及びレベルの高いプレイヤーをメインにしており、西雲にはトップをキープしている事のみ。
どう考えても、何かの含みがあるようにしか思えない。しかし、SNSモードは使用できないのでプレイヤーの情報をみる事は不可能だ。
7キロに到達した辺りで、西雲の目にはある横断幕が見える。CGで出来ているので風向きに関係なく動いている物だが――。
(あの名前は――?)
横断幕には実況で名前を連続で挙げているプレイヤー名が書かれていた。しかも、他に書かれている単語を見ると動画投稿者らしい。もしかして、同じ動画サイトの動画投稿者同士で無意識に宣伝をしているのか――そう錯覚してもおかしくないだろう。
実際、両者とも同じ動画サイト出身。どう転んでも八百長を疑われても文句は言えない構図だ。
それでも炎上しないのには、一つの理由がある。それは西雲の知らない所で彼がネット炎上していた点――。西雲はゲーム研究家でもある関係で様々なゲーム記事を書く事があるのだが、その時にアドベンチャーゲームの実況配信をしているアカウントの話に触れた事があった。
その配信を行っていたのが、このレースに参加しているプレイヤーだったのである。案の定だが、このプレイヤーは文字通りに炎上した。
彼のやっている事が著作権侵害行為である事は誰が見ても明らかだが、それでも彼が数日で鎮火したのは、多数の信者を抱える有名動画投稿者だった事にある。
つまり、人気動画投稿者であれば、信者の有無で何をやっても許される的な個所が問題となっていた。
『そう言う事か――読めたぞ、このレース!』
2位にまで何とか順位を再浮上させたダークバハムートも、横断幕を目撃していた。そして、あの時に姿を見せたアバターと同じようなイラストがあった事に、彼は注目をしたのである。
おそらく、彼の正体は元実況者の現バーチャル動画投稿者と言う肩書なのだろう。ただし、バーチャル動画投稿者としての肩書は隠した状態でエントリーしているのかもしれない。
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