パルクール・ランナーズ

桜崎あかり

第1部

きっかけは動画だった


 自宅の2階、自室のテーブル、そこでノートパソコンに映し出された動画を――彼女は釘付けになったかのように見ていた。

テーブルにはチョコレート菓子や飲みかけのペットボトル入りコーラが置かれているが、そちらに手を伸ばす事はなく、作業をするはずの手も止まっている。

ほんの数分前に発見した動画なのに、ここまで手を止めて見入ってしまうのか? 彼女には、この状態になっている理由が分からない。

髪型はセミショート、メカクレなのに動画を視聴するのに不便ではないのか――と言うのも気にしない位には、おおざっぱなのだろうか?

 誰かに動画の内容に関して説明を求めたいとも思ったが――説明されても、感想は変わってしまうのだろう。

それを考慮してか、動画サイト以外のSNSは開いていなかった。つぶやきサイト等も閲覧していない。

「この動画なら、信用できるかな――」

 彼女は動画のキャプション文ですらチェックしておらず、動画内で流れるコメントの類も非表示としていた。

動画の投稿日は西暦2020年1月30日とあり、投稿されてから一週間も経過していない。そう言った部分で、最新情報と考えたのだろう。

「これは――?」

 彼女はゲーム研究家と言う肩書を持っており、今回も自分が運営している個人サイトで、とあるジャンルを題材とした記事を書く途中だった。

しかし、情報収集している途中で今回の動画を発見し――すっかり手が止まっていたのである。手を止めている余裕がなかったのに――。

書いている記事自体には〆切と言う概念がないのだが、更新が多い事はアクセス数的にも有利に働くだろう。

「これが、パルクール?」

 動画のタイトルがパルクールと書かれていたので、これを彼女はパルクールと認識する。

しかし、自分が覚えている限りではこう言ったアクロバットを含む物をパルクールと定義しないはず――と。

極めつけとしては、映し出されているランナーの装備だ。SF辺りを連想するようなスーツを装着し、更には素顔もオートバイに乗るかのようなメットを被っている。

動画を見ていく内に、あるプレイヤーの乗っていたボードが変化し、人型になったのには言葉を失う。まるで、近未来のスポーツや新作ゲームを連想するだろうか。

 その中で、ある人物のアクションに関心を持つ。

――ネット上でも、この人物に関して衝撃を受けた人物が多いが、コメント非表示の状態なのでその辺りのネタバレする心配はない。

「違う。これは――パルクールと言う枠であてはめられる物じゃない」

 自分を落ち着かせようとコーラのペットボトルを左手で取り、ラッパ飲み――。その後には、震えていた両足を何とかしようと右手で押さえる。

しかし、それでも震えは止まらないし――感情を抑えられない。それ程に、この人物のテクニックは――。

「これが、ARゲームの世界――」

 彼女が記事を作っていたのはARゲームに関係する物だった。だからこそ、ARゲームの動画で気になる物を片っ端にチェックしている。

しかし、どれも自分が思っているゲームと違う。何故かはわからないが、何かが物足りない。その中で発見したのが、今回のパルクール動画だった。

再生数は100万を突破しており、それを踏まえると資料としても信頼できると判断しての動画視聴だったが――。

「名前は――ミカサ?」

 そのプレイヤーの性別は分からないが、プレイヤー名はミカサと記載されていた。順位表で確認出来たものだが、ハンドルネームの可能性も高い。

しかし、実力に関しては本物であるとも――彼女は判断した。表情は分からないがプレイスタイルだけで何となく分かる。

「今は動画ではなく、記事の作成に集中しないと」

 動画を見るのに手を止めていた彼女は動画を視聴し終わって、再び記事作成を再開した。

情報収集は再開するが、動画に関しては同じように手を止めてしまうのもアレなので――記事のみをピックアップする形に変更する。



 西暦2020年2月、ARゲームで新たな聖地巡礼を考えていた埼玉県は、草加市の一角に拡張エリアを計画する。

それが、通称オケアノスと呼ばれる拡張ゲームをメインとしたエンターテイメントを重視したエリアであった。

その外見は近未来都市を連想させるような光景であるが、高層ビルはあまり建っていない。これは、地震等の自然災害対策の結果のようだ。

その一方で昔ながらの町並みは一部で残されている。こちらは開発エリア外の為にそのままになっている説もあるが、一部のエリアでは太陽光パネルや風力発電と言った物も立てられていた。

 そこまでして電力を自前で用意するのには理由がある。だからと言って大型の火力発電所は地域からの反発が避けられない。

そうした経緯で風力や太陽光、水力発電と言った発電所が各地に存在していた。発電所エリア内で余った場合には都内等に売電されているので、無駄にはならない。

自前で電力を用意した理由がゲームと言われると、どういう反応になるだろうか? ゲーセンを建て過ぎた――そうではない。

実は、オケアノスで行われているARゲームが――自前の発電所を建ててでも電力を確保する必要があるものだ。

 どう考えても発想がおかしいと言われるかもしれない。

しかし、これは事実なのだ。今の草加市はARゲームによる観光収入が1000億円と言う額を叩きだし、周囲からは驚きの声が上がっている。

正直に言うと、自分も――どうしてこうなったと聞きたい位だ。



 彼女が作成していた記事は――ARゲームに関するまとめ記事だったのだ。

厳密に言えば、ARゲームと言うよりはオケアノスの記事なのだが――似たような物と閲覧者は思うだろう。

「オケアノス、一体、このエリアには何が――」

 西雲春南(にしぐも・はるな)、彼女はオケアノスへ直接行ってみなくては――と考えた。いわゆる現地取材である。

しかし、外を見ると――既に夕方5時と言う事で、出歩くのは危険ではないが夕飯時に行っても無駄足になると思い、今日は断念する。

着ている服はメイド服だが、これはバイトの衣装をそのまま持って帰って着ている物だ。私服がない訳ではないのだが――。

「今のタイミングで行っても意味は――」

 色々とありつつも、彼女は1階のキッチンにある電気ポットでお湯を沸かしてカップラーメンを作る準備を始める。

結局、自室での軽い夕食となった。既にパソコン以外にも、目の前にある液晶テレビの電源も入れ、ニュース番組を回していた。

しかし――午後5時55分にはアニメを見始めていた事を踏まえると、ニュースにしていたのは時間稼ぎだったのかもしれない。

ニュースの内容もARゲームとは無関係な物ばかりで、スルーしても問題ないものばかりだったが。

「パルクールか――」

 西雲は先ほどの動画が気になっており、目の前のアニメに集中できていなかった。

全くの無気力ではなく、出来上がったカップラーメンを食べながらなので、集中力の途切れではない。

 アニメのCM中、ARゲームのCMが流れ始めた。草加市ローカルCMと言う訳ではなく、都内や秋葉原等でもプレイ出来るらしい。

『君は、新たな可能性にダイブする――』

 キャッチコピーらしきナレーションを聞き、西雲は我に返った。

可能性という言葉に反応したのではなく、流れていたCMが――先ほどの動画で見ていたARゲームだったからである。

どんなタイトルだったのかは、我に返った辺りでは出ていなかったしナレーションでも言及されていなかった。

「始めてみようかな――パルクール。そして、ミカサを超えるプレイヤーになってみせる」

 西雲は決意する。ミカサを超えるプレイヤーと言うと、かなりの壁があるのかもしれないが――それは後に知る事になるだろう。

そして、それは――過去に遭遇した事のある事件を再体験する事にも繋がっていた。

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