聖母というかママ

花音小坂(旧ペンネーム はな)

北の国から来た少女


 天才を送る。


 二週間前に、師匠から贈られた手紙に書いてあった言葉。


 ギルドを司る長としては、優秀な人材は喉から手が出るほど欲しいところだ。あの残酷、残忍、狡猾かつ最凶な師匠にそこまで言わしめるのは、相当な素質と見て間違いない。


「フフ……やっと、このギルドにも運が回ってきたってことか……」


「ウ――、ヒック……マギ、独り言、キモイ」


「アル厨女は黙ってろ!」


 反射で、バーカウンターに突っ伏している残念女を怒鳴り散らす。周りにはワイン瓶が20本。カウンターに、床に、散散的に散らばっている。狭い建屋なのは自覚しているが、こいつが散らかすおかげで、ますます入りにくい酒場になっていることは間違いない。


「……う゛う゛……ウロロロロロロロロロ……」


「ああっ! ここで吐くんじゃねぇ! 寝ゲロを吐くんじゃねぇ――――!」


 床までビチャビチャ。もう顔中に吐き出した酒でベチャベチャ。


「はぁ……」


 ため息を禁じ得ないこのアル厨女の状態を、『状態調査具ステイトルック』探る。


 名前:ニーナ=セドリック

 年齢:18歳

 職業:戦士

 特技:酔剣 

 状態:泥酔(大)


「大か……ギリギリ病院にはいかなくていいかな」


 ベッドにでも寝かせておけば、いずれ動き、酒を貪りだすだろう……本当に辞めてくれないかなこの女。ギルド情報登録の用途で作られたこの魔道具も、まさか泥酔度を確認するために使われているなどとは製作者は夢にも思っていないだろう。


 とりあえず、強引にニーナの両腕を肩に置いて背中におぶる。


「う、う゛ーっ。どこ連れてくのよ、変態」


「酒臭いから喋るんじゃない」


 なんなんだよこの女……最悪だよ。


「とか言って、背中で胸の感触を楽しんでるんでしょう」

 

「……残念ながら、寝ゲロ女に欲情するほどイカれた趣味はもちあわせていない」


 そして365日1ミリたりとも酔っぱらっていない時がないお前には、必然的に不快な感情しか持ち合わせていない。


「嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき」


「わっ……バカ暴れるな――」


 ゴトッ。


「あ―――――――! なにすんだお前は!」


 状態調査具ステイトルックが落ちてゲロまみれに。


「クス……クスクス……」


「こ、この……クズ女」


 もはや、一刻すら惜しいほど追放したいところであるが、そうもいかない。


 ギルドの盛衰は、ほぼ人材で決まると言っていい。すなわち、どれだけいい環境、仕事、報酬を提供できるかで決まる。その契約は、ギルド協会によって厳格に管理され、契約者の権利が侵害された場合、最悪経営権取り消しになる。


 一年前、『酒飲み放題』、『住宅保証』、『無制限独占雇用』の契約書がギルド協会には保管されている。この女の剣技を見た時には、とんでもない逸材が現れたと胸躍らせたものだったが、今では、ただただ、ストレスで胃が痛い。


 隣の部屋に常備されているベッドは、厳しい冒険と戦いから戻ってきたギルド員が束の間の休息を取るべきためのもので、アル厨女の泥酔用ではないのだが。


 ベッドに寝かしつけて、ベチャベチャになった顔をおしぼりで拭く。長いまつ毛に整った輪郭に薄い唇にもゲロがついているので、取る。深海のような青く艶やかな長い髪もベチャベチャになったので、そこも入念に。黙って寝てれば、誰もが息をとめるほどの美人であるのに、黙るどころか飲んだくれて通報されて衛兵に捕まること多数。いったい、何度保護者として怒られた事だろうか。


 胸周辺にはゲロがついてなかったので、肋骨あたりまで身体を拭いて作業終了。今回は、ベッドがゲロ臭くなることは免れそうでなによりだ。


 現在ギルドランクは最低。所属員も5名しかいないこのギルド『運命の道フェイトロード』は、もはやいつ廃業してもおかしくない。


 ため息をつきながら、酒場に戻ると、一人の少女が座っていた。


 黒褐色セピアに染まったショートヘア。碧眼の瞳は、限りなく透き通っており、心の底まで覗かれているかのような気持ちになる。少し丸みの帯びた輪郭は、未だ幼さが抜けきっていないことを示していた。


「……君は?」


「あの、ローズ=ハンドラーの紹介で――」


 やはり。


 一目見ただけで、わかるほどのオーラを纏っていた。間違いなく、天分の才を持った部類。ギルドマスターとして、多くの者を見てきたが、その中でもピカ一の素質を持っているだろう。


「そうか。俺はマギ=ワイズ。この『運命の道フェイトロード』の長です」


 声の震えはごまかせているだろうか。焦って下手に出てはいけない。契約にまで絶対にこぎつかなければいけない。


「……レイです。ローズ師匠が、ここでお世話になれって」


「そ、そうか。じゃあ、早速契約を……その前に、状態調査具ステイトルックを――いや、なんでもない!」


「えっ?」


「なんでもないなんでもない……ははは」


 ゲロ塗れ。そんなものをこの少女にかざそうものなら、怒って帰って行ってしまうかもしれない。能力は一刻も早く知りたいところだが、契約の後でも全く問題はない。


「あの……これ、師匠から」


 少女から渡されたのは契約書だった。すでに、彼女のサインはされており、後はこちらのサインさえすれば契約締結となる。


 あの悪魔からの提示だったので、どのような搾取契約が書かれているかハラハラしたが、内容は至って好条件。


 『住宅保証』は未成年(18歳未満)に多い。要するに下宿させろ、ということだ。現在、アル中としか結んでいない契約だが、あんなクズよりよっぽどしっかりした子のように思える。なんら、問題なし……マルっと。


 『無制限独占雇用』はむしろ、こちらからお願いしたい条件だ。こちらで請けた仕事を優先的に独占雇用者へ回さないといけないが、契約者が他のギルドの仕事を受ける場合は、ギルド長の許可を得なくてはならず、紹介料という形で還元される……マルっと。



 『損害保証』……か。これも、一般的な契約ではある。素質はあるが、成熟しきっていない者たちにつけられる保険のようなもので、器物損害などの賠償をギルドが負わなくてはいけないというものだ。もしかしたら、現時点で彼女の実力はそこまででもないかもしれない。しかし、そこはギルドマスターの育成次第だろう……マルっと。


 なにより、報酬条件が破格的に、いい。仕事の斡旋料が成功報酬の30%。通常は5~8%が主流だ……こちらもまったく問題ございません……マルっと。


「以上で契約終了だな。よろしく、レイ」


「は、はい! よろしくお願いします」


 オズオズと、俺の手にチョコンと掌を触れる。


 な、なんて可愛い子なんだ。


 俺が、君を立派な冒険者に育て上げてみせる。

















 翌日、この子が狂戦士バーサーカーであることが判明した。



 





 

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