ティッシュで恋しました。

柊木ウィング

プロローグ

 彼女いない歴イコール年齢。

 小学生の時にその台詞をテレビで耳にした時は、高校生になるまでには出来るだろう、と思い込んでいた。

 しかし、現実とは甘くなかった。

 ぱっとしない見た目、身長も平均的で、体型も平均的なのがいけないということは分かっているが、それ以上にモテない理由がある。

 そう、黒縁眼鏡をしているって事。

 眼鏡をするだけで陰キャラに見られたり、ガリ勉に見えたりして女子にとっては近づき難い存在になってしまった。

 そんな自分に嫌気がさし、人生の分岐点と言われる(自分で思っている)華の高校生になる事を決意した。


 ──綺麗なピンク色の桜が舞い落ちる中、俺は電車に乗る。

 高校生になる為に。

 俺が受かった高校の名前は四光しこう高等学校で、家から電車とバスを駆使して一時間半掛かる。

 頭が悪くてそんな高校に行くことになってしまったが、仲のいい友達が一人いるし、心強いな。


 ──緊張しながら校門前に立ち尽くす。

 校門から見て右手には、中学校とは比にならない大きさのグラウンドがあり、正面には多少ボロいが一棟と二棟に別れた大きな建物がある。

 その建物の真ん中には四光と描かれたエンブレム的なものが付いていて、ふと思う。


「本当に高校生になったんだなぁ……」


 周りの人達が学校に入っていくのを見て、一人一人の表情を伺う。

 あ、緊張してるの俺だけじゃないんだ、良かったー。

 そんな事を思いながら、靴箱前のガラスに貼られたクラス表を見ると。


「二組か、そして出席番号は……二番。まぁ伊藤拓海いとうたくみって名前だから早いとは思っていたが、まさかの二番目か。ちょっぴり嬉しいな」

「君独り言うるさい。もう少し静かに出来ないの?」


 後ろから聞こえる女の子の声。

 バッと勢いよく振り返ると、不機嫌な顔をした女子が立っていた。

 才色兼備という言葉がとても似合う、顔の整った可愛らしい女の子。

 髪の毛の長さは肩ぐらいで、背は俺より少し低い。

 ……そういや、女子と会話したの初めてかもしれない。

 俺の頬が少し赤くなっているのが自分でも分かる。

 これはもしかして……高校初日で彼女出来ちゃうパターンですか!?


「邪魔、どいて」


 いや、ないな。

 あいつが彼女とか有り得ないわ。

 言われた通りに道を開け、一年生は四階と書いてあったのでそこへ向かう。

 静かなクラスであってくれ……!


 三階へ登り終えたくらいで俺は手すりにもたれかかった。

 中学の部活、野球部を引退してから約一年経っただけで……体力切れかよ。

 その後も愚痴愚痴文句を言いながらなんとか登りきった。


 ガラッと教室のドアを開けると、なんとなく重い空気が俺を襲ってきた。

 顔見知りのいない空間に40人も集まれば、流石にうるさいヤツもいないか。


 出席番号が二番ということもあり、外側の前から二番目が俺の初期地点となった。

 前には知らん男が、後ろにも知らない男が──


「よっ、同じクラスとは思わんだなー」

「おおおおおお、お前は……岩糸光いわいとひかり!」


 俺の唯一の中学校からの友達が、俺の後ろに座っていた。

 いや、これは運良すぎるな!

 入学時に友達がいれば、最早勝ちゲーだろ。

 すると、


「キーンコーンカーンコーン」


 大きく響き渡るチャイムの音色。

 小学校や中学校と変わっていなくて安心するなあ。

 と、安心するのもつかの間、教室のドアが開けられ、そこからは知らない男の人が入ってきた。

 短髪で180センチくらいの身長の優しそうな人。

 スーツに身を包んでいるところをみると、この人は二組の担任なんだろうな。


「えー、皆の自己紹介は二限目ですので、SHRでは私の自己紹介をします。私の名前は丹澤望たんざわのぞむと言います。担当は美術ですので、どうぞよろしく」

「「「「よろしくお願いします」」」」


 見知らぬ人達ばかりでも息は合うんだな。

 それはともかく、担任が優しそうって言うのは嬉しいな。

 そんなこんなで話が進み、廊下で二列で並び、奇数番号が左で偶数番号が右側に並んで体育館へと移動した。


「──新一年生の皆さん、一棟四階から二棟の一階にある体育館へ来るのは大変だったと思いますが、よく来てくれました。ありがとうございます」


 校長の話が長いのはどこでも一緒なんだな、と思いながら十五分も聞かされた。


 教室に戻り、十分間の休みが始まった。

 教室を見渡すと、席が近い人とみんな話し始めた。

 俺も……誰か話し相手作らなければ……!


「何か気負いしてんのか?」

「誰か話し相手作ろうと思ってな。高校生と言えば『友達』『恋人』『勉強』だろ?」

「俺が友達と恋人になってやろうか?」

「きもい事言うな」


 クスクス笑いながら光が俺をからかう。

 昔っから変わんねーんだよな、こいつは。

 それよりも早く他の友達作らないと、高校生活初手で詰まされてしまう。

 あ、そういや前の席の……自己紹介前だからわからんけど、静かな男子がいるし、話しかけてみよう。


「あの……」

「キーンコーンカーンコーン」


 チャイムうざったいな!


「みんな席ついて。早速だけど、一人三十秒程度で自己紹介してもらいましょう。出席番号一番、石山いしざんからどうぞ」

「はい。僕の名前は石山 剣闘けんとうです。中学では柔道やってました。よろしくお願いします」


 手馴れた手つきで皆が拍手をする。

 次は俺の出番か。

 眼鏡をクイッと中指で上げ、綺麗な起立を見せた。


「俺の名前は伊藤拓海です。中学では野球部でした。高校では何か他のことにチャレンジしたいと思っています。よろしくお願いします」


 完璧……だが、特徴が無さすぎて覚えられそうにないなあ。

 自己紹介中にいきなり笑い出したり、実は電車好きですとか、言っとけばよかったかな。

 あ、次は光か、面白いこと言うと信じよう。


「俺の名前は岩糸光です──」


 つまんなかったな。

 しょうがないか、俺と同じ学校いた訳だし……それは関係ないな。

 と、悶々と色々考えていると、


「なぁ、ティッシュ持ってるか? 花粉にやられて鼻水がヤバいんだよ。一枚くれ」

「身支度しっかりしろよ。今日一日目だろ? ったく、仕方ないな」


 内ポケットからティッシュを取り出し、光に渡してやる。

 ありがとうって言われると、やはり俺の顔がはにかんでしまう。

 他人と関わりが少なかったが故の因果応報……ってか。


「せんせーせんせー! 自己紹介なんて必要ですかー!?」


 いるよな、こういううるさくて色々難くせつけるヤツって。

 顔は見てないからわからないが、声が高いことから女子ってことを理解した。

 そしてこのことも理解した、関わってはいけないという事。


 どうやって前の席の石山剣闘君に話し掛けようか悩んでいると、いつの間にか34席にまでいっていた。

 なぜその席で目をやったかというと、例のヤツが騒いでいたからだ。


「せんせー、鼻水出てきたんでティッシュ貰えますか? 早くしてください」

「ごめんやけど、ティッシュ持ってないんやわ。誰かにもらってくれ」

「じゃあトイレ行ってもいいんですか?」


 そんな事で授業中に行っていいわけないだろ。

 早く周りのヤツティッシュくらいあげてやれよ、そう思って一分経つが誰も動かない。

 チッ……アイツとは関わりたくなかったんだが、仕方ない……か。

 俺がいきなり席を立ち、みんなの視線を受けながら例のヤツの前に立つ。

 すると、


「お前は今朝の……」

「あ、独り言君。どうしたの?」


 何こいつ、折角ティッシュ渡してやろうと……見せてないから仕方ない反応か。

 胸ポケットをゴソゴソし、ポケットティッシュを取り出してその女の子に渡してあげる。


「……ありがとう。誰もくれなくて困ってたんだよ……えへへっ。私の名前は水谷来未みずやくみって言うの。よろしくね」


 その柔らかな笑顔に俺の胸が高鳴った。

 落ち着け俺、女子なんて大抵のやつがこんな表情をして男子を堕とそうとするんだ。

 考え直せ……!


「はいティッシュ。一年間よろしく」


 ティッシュを渡される時に軽く手が触れた。

 ……幸か不幸か分からんが、ティッシュで俺は不良気味の女の子、水谷来未に恋をしてしまったようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る