第7話 ポールの孫はジャスティン3歳

 異能力ドラフト出場者選考会、ダブルスの決勝戦が遂に始まった。

 レイチェルとグレイチェルは、大学でラグビーをやっているだけあって体格も良く、色黒でラガーマン丸出しの背格好だ。

 アメフト経験のある高柳 スーザン時男さんも、ゴリゴリの体育会系の体型で、一部の噂では格闘技の経験もあるらしい。女性にしては珍しく高身長の西田 モンゴメリー翔子さんは、バレーボールでもセンターをやれるほど身長を持っている。

 僕達以外は皆が180㎝以上あるんではないだろか……

 そんな中、誰よりも先に仕掛けたのは、意外にも浪花さんだった!!

 会話用に持っていたスケッチブックをいきなり投げ捨てて、迷う事なくヘッドロックをかけた!!


「痛い! 痛い! 痛い!! 浪花さん、何で僕を!?」


「アンタ達! この子の首をへし折られたくなかったら、降参しなさい!!」


 野太い事でしゃべり出した浪花さんは、皆に訳の分からない脅迫をし出した。(声のイメージは玄田哲章さんです)


「ちょ、ちょっと、浪花さん!! 僕を脅迫の道具に使っても意味ないと思うんですけど!!」


「アンタは黙って、自分の首の心配でもしてなさい!!」


「すみません……」


「冗談で言ってる訳じゃないのよ!! 3つ数える内に降参しなかったら、本気で子の首をへし折るわ!!」


 いや、冗談でしょ………

 いくら何でも、本気で首をへし折るとかあり得ないから……


「3……2……1……」


 当たり前だが、誰も降参しなかった……

 その瞬間………


「ボキッ!!!」


 ……………………!!?

 気付くと僕の視界は天地が逆さまになっていて、どうやら首が180度曲がったようだった!!


 半分薄れ行く意識の中で僕は倒れ込み、無意識下で自分の首を元に戻そうとしていたようだ。

 しっかりとした意識が、あるような無いような変な状態のまま横になっていた僕は、ほぼ動けなかったのでそのまま浪花さん越しに戦況を見つめる事にした。

 後から思えば、この時とっさに異能力の『欲望の氾濫リーリングアイズ』を発動させて、自分の首を守っていたようだ。首が折れたように聞こえたあの音も、実は浪花さんが出した効果音だったのかも知れない。※浪花さんの声色は、一部では山寺宏一さんを超えるとも言われているらしいです。


「アンタ達のせいで、この腐れ衛門は死んだけど、次はどいつの首を折って欲しいのかしら?」


 死んではいないけど、戦いに巻き込まれない為に死んだフリをしておこうと思って、僕は横になったまま動くのをやめた。

 完全にヤバい奴になってしまった浪花さんは、4対1の構図になっていても威圧感では圧倒的に勝っていた。

 レイチェルとグレイチェルは後退りをしていて、戦う前から少し戦意を喪失しているようだったが、高柳西田コンビは戦闘経験の豊富さからか、思ったよりは怯んでなく、攻撃を仕掛ける為に浪花さんの両サイドに分かれて回り込んだ!

 僕を犠牲にして、戦わずに勝つ作戦だったのかも知れないが、どうやら高西コンビには通用しなかったらしい。


 まずは高柳さんが異能力を発動させた!!

「『お約束のズッコケ変顔ひざカックン』!!」


 高柳さんが変顔をした瞬間、浪花さんがひざカックンをされたようにズッコケそうになった!!

 その一瞬の隙を予測していたのか、西田さんはバランスを崩した浪花さんに攻撃を仕掛け、みぞおちに強烈なボディーブローを浴びせた!!

 予想していなかった攻撃に戸惑っていた浪花さんだったが、すぐに反撃に転じようとして西田さんに殴りかかった!!

 しかしその瞬間、またもやひざカックンをされたように崩れ落ち、浪花さんのパンチは当たらず空を切ってしまった!!

 良く見ると、高柳さんはまたもや変顔をしている!!


 どうやら高柳さんは」のようだ!!

 浪花さんもすぐにその能力に気付き、高柳さんを攻撃しようと高柳さんの方に向かったが、突然浪花さんの歩幅が狭くなってしまった!!


「『進まない歩みカラカラハムスター』!!」


 西田さんが発動した異能力のせいで、浪花さんはその場で足踏みをしているだけで、走っている割には全然前に進んでいないような変な状態だった!!


 さっきまで、後退りしていたレイチェルとグレイチェルもその様子を見て、高西コンビと協力すれば浪花さんに勝てると思ったのか、ここぞとばかりに後ろから浪花さんに殴りかかった!!

 浪花さんは、振り向きもしないまま両手で裏拳をかまし、2人の顔面にワンパン入れただけで、レイチェルとグレイチェルを沈めてしまった!!

 高西コンビは一瞬だけ怯んだが、すぐに攻撃に移り、高柳さんがまたもや『お約束のズッコケ変顔ひざカックン』を発動させた!!

 前のめりに崩れた浪花さんを待ち構え、攻撃をしようとした西田さんに、カポエラのように逆立ちをした状態で顔面に蹴りを入れた浪花さんは、今度はブレイクダンスのウインドミルのようにクルクル回りながら高柳さんに近づいて行き、ブリッジで飛び上がりながら正面に向かい合った瞬間、右フックで殴りかかった!!

 高柳さんも苦し紛れに『お約束のズッコケ変顔ひざカックン』を発動させたが、顔面に殴りかかった浪花さんの右フックが逆に股関に入ってしまい、高柳さんは悶絶しながら倒れてしまった!!

 さっきの蹴りで西田さんもダウンしてしまい、試合開始から5分も経たない内に勝負がついてしまった!!


「さっさと起きなさい柳町君」


「は……はい……」


 どうやら死んだしたフリをしていたのは、バレていたようだ……

 当たり前だけどやっぱり浪花さんは強い……

 異能力を使ってないどころか、全然本気すら出していないようだった。わざと相手に能力を使わせて手の内を出させた上で、自分は本気も出さずに勝ってしまうなんて……

 さっきの牛尾さんの戦い方と一緒だ……。


 結構派手に入ったボディーブローも全然効いて無さそうだし、この人の体は一体どうなってるんだ……?

 機会があれば、一度隅々まで調べてみたいくらいだ……

 もちろんイヤらしい意味も含めて。


「えっ……え~……ご……ご覧の通り、レイチェルとグレイチェルさん、そして高柳さんと西田さんもダウンしてしまった為、今回の勝者は、浪花のブラックダイヤモンドさんとサイレントトリートメント柳町 新右衛門さんに決定しました!! あまりにも早い決着に場内騒然としていますが、皆様改めてお2人に盛大な拍手をお願い致します!!」


 何もしていない僕が拍手を受けるのは、何か申し訳ない気分でいっぱいだけど、浪花さんの戦いぶりには、誰が見ても拍手を贈りたくなるだろう。



 異能力ドラフトの出場選手も無事に決まり、明日の葬儀の事もあるという事で、撤収作業は恐ろしく早く済まされた。異能力ドラフトの事は、ブレイブハウンド側から後で詳しい説明があるようで、とりあえず今日は解散する事になった。

 宿泊施設に向かう前に黒川さんと凛ちゃんに合流したので、ずっと気になっていたエリアBの抉り取られたようになっていた場所の事を聞きながら帰る事にした。


「黒川さん。エリアBにある、小さな体育館があった場所が丸々無くなってたのって、この選考会と関係あるか知ってる?」


「……? 何の事ですか?」


「エリアBの入り口付近に、小さな体育館があったのは覚えてる?」


「はい。それは覚えてますけど」


「実は、さっきそこを見に行ったら、何も無かったんだよ」


「た……体育館がですか!?」


「そう! 丸ごと無くなってたから、誰かの能力で体育館ごとこっちの会場に移動したのかと思ってたんだけど、そういう訳じゃないんだね……」


「多分違うと思いますけど……」


 一体どういう事だろう……?

 何か、瀧崎さんか誰かに確認しておいた方が良い気がする……


【嫌な予感がするわね】


「僕も同感です」


【新右衛門君と一緒っていうのが、もっと嫌だけど】


 そんな事言わなくても……


【とりあえずサッキーに確認して見た方が良いわね】


「そだね~」


 調子に乗った為に再び首をへし折られた僕は、異能力ドラフトの出場権を獲得した余韻に浸る事なく、この異常な状況を報告する為に、皆と一緒に瀧崎さんの所へ向かった。


 僕達4人は瀧崎さんの部屋まで行き、瀧崎さんに状況を全て説明した。驚いた表情の瀧崎さんは、僕達と一緒にすぐに現場に向かい、無くなった体育館跡地を前に呆然と立ち尽くしていた。


「なんじゃこりゃ~!」


 松田優作を彷彿させるほどの驚きを見せた瀧崎さんは、すぐに幹部の人達に連絡をとっていた。

 何人か幹部らしき人達が集まって来た後、いろいろな現場検証がされ、話がまとまった所で僕達にも事件の状況報告をしてくれた。


「ナギマチよ。どうやら今晩はカレーライスらしい」


「何の話ですか!? あれだけ人を集めておいて、晩御飯のメニューを話し合っていたんですか!?」


「いや、失敬失敬。事件の話じゃったな。事件の大筋は2分くらいで分かったから、話がすっかり脱線してしまって、ポールの所の孫の話で盛り上がり過ぎてしまったんじや。ポールの孫は今3歳で……」


「いや、だから! ポールさんのお孫さんの話は、また今度聞きますから、事件の話をお願いします!」


【私は聞きたいわ。柳町君がどうしても嫌だっていうのなら仕方ないけど】


 どうしてもって事はないけど、状況が状況ですから……


「ポールの孫は今3歳で、もう達者に歩くようになったようじゃ。ポールの家では猫も飼っているんじゃが、先日孫のジャスティンとその子猫のアンデスが風船を取り合って遊んでいたんじゃが、その時突然ピザが20個届いたそうじゃ」


「何の話!? ジャスティンとアンデス関係なくないですか!? ただの宅配イタズラの話でしょ!? 何か風船が割れて驚いた顔が面白かった〜とかじゃないんですか!?」


「そしていろいろ検証した結果じゃが、これはどうやら外部の仕業らしい」


「話、いきなり戻すな!! っていうか外部なんですか!? ブレイブハウンド内の人達がやったんでは無く、敵対している何処かにやられたって事ですか!?」


「そうじゃ。実際の目撃情報としては、15時までは確かにここに体育館があったそうじゃ。ただ、今回はドラフト選考会があった為に17時以降に体育館があったかは定かではない」


【じゃ、その間に無くなった可能性が高いって事ね】


「そうじゃ。そしてその時間帯にこの体育館を使っていたのが、今回ドラフト選考会に出場予定だった大半のA級能力者達だったようじゃ」


「そうだったんですか!!?」


【どうりで手応えが無かったのね】


 そんな……僕から見たら、みんな結構強かったと思いますけど……


 当たり前だけれど、黒川さんも今回が初めてだったから全体のレベルまでは分からなかったようで、僕達同様、状況の不思議さに戸惑っていた。


「じゃあ、柳町さん達が戦ってたのは、本当のA級能力者達じゃなくて、ブレイブハウンドのメインであるA級能力者のほとんどが、選考会前に何処かに連れ去られちゃったって事なんですか!?」


「そういう事じゃな」


「一体、誰がそんな事を……」


「ここは管理体制もしっかりしていて、外部からはそう簡単には侵入出来ないはずじゃ。しかも大勢のA級能力者をいとも簡単に連れ去るとは、正直考えにくい……。一体何が起こっているのかワシにも全く検討がつかない……」


【一ノ条とフィレオフィッシュにも連絡したの?】


「一ノ条様は連絡がつかなかったが、牛尾さんには連絡しとらん」


【サッキーが納得する必要は無いけど、フィレオフィッシュも注文しといた方が良いわ】


「ち……注文じゃなくて連絡ですね……」


「分かった。ワシの方から注文しておこう」


「だから………」


 何だかんだで、23時近くなってきたので、とりあえず今日の所は一時解散する事になった。

 明日は葬儀がある為に、瀧崎さんを含めた幹部連中とは連絡がとれなくなってしまう。

 仕方なく少数精鋭で動く為に、僕と浪花さんと黒川さんと凛ちゃんの4人に加えて、牛尾さんと茜さんを含めた6人で、このA級能力者集団誘拐事件の解決に乗り込む事になった。

 何としても解決しなくては! ジッチャンの名にかけて!!


 翌朝、エリアBの中にある会議室に6人が集まった。

 内部の犯行では無いという事なので、ブレイブハウンドに敵対している奴らの仕業だという事は間違いないらしい。組織間の話となると、このメンバーでは茜さんや牛尾さんしか、詳しい事が分からない。

 それともう1つ確認しておかなければいけないのは、以前浪花さんが言っていたように、牛尾さんが本当に犬飼 治五郎なのかハッキリさせた方が良い気がする。

 死んだ人間がここに居たら驚くだろうが、ここに居るメンバーは信頼出来るし、お父様の事情も知っておいた方が、今後は動きやすくなるからだ。


「それでは早速ですが、ここにブレイブハウンドA級能力者集団誘拐事件の捜査本部を立ち上げます!」


 仕切りは茜さんだった。


【その前にフィレオフィッシュの事について聞きたいんだけど、良いかしら】


「なんでしょう?」


【言える範囲で良いから、まずはあなたの素性を知りたいわ】


「そうですね。ドラフト選考会でのあの強さを見る限り、犬飼さんの推薦と言われていたあなたが、我々が信頼出来る味方である事は確かだと思いますが、私達はあまりにもあなたの事を知らな過ぎる。捜査を開始する前に、皆さんとの信頼関係を深める為にも簡単に自己紹介をしてもらいたいですね」


「それはかまわないが、私の事を知った以上は周りにこの事を口外して欲しくない。もし知られそうになった場合は、命をもらう事になるが皆にその覚悟はあるかな?」


 空気が一瞬ピリッとした。


「もし覚悟のない者が居るのであれば、今すぐこの場から出て行って欲しい」


 誰も出て行く事はなかった。

 皆もそれなりの覚悟でここに居るという事だろう……


「皆の覚悟は分かった。では本当の事を話そう。中には気付いている者も居るかも知れんが、私は犬飼 治五郎だ」


「い……犬飼さん!!?」


 皆の頭に?マークが浮かんだ。


「そうだ。今日、葬儀が行われる犬飼 治五郎だ」


「な………何でここに……!? 生きていたんですか!!?」


 一番驚いていたのは、クールな茜さんだった。


「いろいろ細かい事情はあるが、簡単に話すと、今後のブレイブハウンドを立て直す為に、一度ワシを死んだ事にして裏で動こうと思っているんだ」


「ブレイブハウンドを立て直す為ですか?」


「ピンピンしているように見えるが、ワシは不治の病で2ヶ月以内には確実に死んでしまう。それまでの間、ブレイブハウンド存続の為に自由に動きたいと思って考えたのが、先に死んでしまうという事だった。異能力ドラフトの事や京介の事もあるので、ワシはこの2ヶ月間はフィレオフィッシュ 牛尾として生きる事にした。この事は絶対に外部にバレたくない事だから、皆の覚悟を確認しておきたかったんだ。ちょっと脅かしてすまなかったな」


「そうだったんですね」


「この事を知っているのは、ここにいるメンバー以外では、一ノ条と烏丸、それと一ノ条の娘の静香ちゃんだけだ。瀧崎、井森、みのさんの3人にはあえて言っていないが、薄々感づいていると思う。あまり負担をかけたくないから、出来ればあの3人には黙っててくれ。ちなみにこの姿は静香ちゃんの異能力で、3時間だけ姿を変えてもらっている。ワシの葬儀が終わったら、静香ちゃんも合流してもらった方が良いかも知れんな」


 皆は驚きを隠せないでいたが、僕と浪花さんはどこかスッキリした気分だった。それに、お父様が身近に居るとなると正直かなり心強い。


「犬飼さんが生きていた事には驚きましたが、話を戻してA級能力者集団誘拐事件の解明に移りましょうか」


 さすが茜さん。動揺しているように見えたけど、彼女は思ったより冷静だった。

 こういう時、話を上手に進行してくれるのは本当に助かる。


「まずは犬飼さん。……いや牛尾さん。あなたが一番心当たりがあると思う人達を、いくつか羅列して欲しいんですがよろしいでしょうか?」


「構わんよ」


「出来ればその相手との関係と誘拐する理由も、予測出来る範囲で良いのでお願いします」


 突然、浪花さんが手を挙げた。


【ちょっと待って! その前にせっかくだから配役を決めたいんだけど】


「配役ですか?」


【もちろん私は水谷 豊で行くけど、柳町君は舘 ひろしで良いの?】


「な……浪花さん……何言ってるんですか?」


「私は柴田 恭兵が良いな」


 お父様まで何を……


「ふふふっ………これがいつ何時なんどきでも楽しむ事を忘れない、犬飼イズムなんですね。流石です」


「そうですよね! もしかしたら、好きな俳優に成りきって捜査した方が早く解決するかも知れないですよ! 何でもそうですけど、好きでいる時のパワーって思っている以上に凄いですから!!」


 何故か黒川さんと茜さんまでノリノリだった……


「黒川さんだったかな? キミは若いのに凄いな。

 実はそうなんだよ。何事でもそうなんだが、辛い時や悲しい時、そして下を向きたくなるような時が人生の中では多々あると思うが、それでも前を向かなければいけないと思ったら、結局の所、最後は笑うしかないのだよ。

 全ての苦しい事を胸の内にしまい込み、自分に悲惨な体験をさせた神様を恨みながら、涙を流して笑うしかないんだ。

 私は60年しか生きていない若輩者だが、そういう気持ちでこのブレイブハウンドを作り上げて来たつもりだ。

 B級扱いされた行き場の無いやさぐれた奴らが、暴力だけでなく笑いを通じて影から社会を支える事が出来る場所を作る為に…。

 そして、ここまでこの私に付いてきてくれた人達に、最後の恩返しをする為にも、皆の力を貸して欲しいと思っている。すまんが宜しく頼む」


 牛尾さんは、僕達みたいな者に頭を下げた……。


 凄い……『実るほど、頭を垂れる稲穂かな』とは、こういう事なのか……

 裏社会のトップになった人間は、人としての器が違う……


「牛尾さん頭を上げて下さい」


 牛尾さんを気遣う茜さんの横を見ると、浪花さんが鼻提灯はなちょうちんを作りながら居眠りをしていた……


 流石に浪花さんも器が違う……


 自分が振った話なのに、面白くないと思ったらこんなにも分かりやすく集中力が切れるなんて……

 かなり良い話をしてくれて僕は少し感動したけど、浪花さんには眠たい話だったんですね……

 そんな話するくらいだったら、笑える話の1つでもしろと言わんばかりの態度に、浪花さんはある意味牛尾さん以上の器だと思った。

 そして僕は付いて行く人を間違っていないと、無理矢理自分に言い聞かせた。


「私は天海 祐希で行きます」


 茜さん! いや、Boss! それ意外と良いです!!


「じゃ私は、堀北 真希でお願いします」


 黒川さんも行くね〜!


「もちろん銭形 舞時代ですけど」


 なるほど〜……それも良いですねぇ〜!


「私はコナンで……」


 凛ちゃんはそっち系なのね……


【新右衛門君はさっき言った通り、ミニスカポリスで良いの?】


「何で僕だけ女装なんですか!!」


 僕は周りから失笑をいただいた。


「僕は反町 隆史さんでお願いします!」


【却下】


「却下とかあるんですか!?」


【私の相棒には程遠いわ。アンタみたいな者は、百歩譲っても仲村 トオルよ】


「全然良いです」


 っていうか、仲村 トオルさんに失礼でしょ!!


 僕達は何故かヤバい空気を感じて、とりあえず皆で見えない何かに向かってお詫びをした。


「「どうも、すみませんでした!!」」


 良く考えると、仲村 トオルさんに失礼って言った時点で、僕に対しても失礼だった事になるんだけど、その辺はややこしくなるのであえてつっこまなかった。


【では配役も決まった事だし、事件の話をお願いしましょうかね。大下さん】


 覆面の上から眼鏡をかけ、何処となく右京さんに似せた浪花さんが、大下 ユージ役? であるお父様に話を振り、やっと状況が進展しそうだった。


 注)配役の人達の意味が分からない方は、あぶない刑事や相棒を検索してお楽しみ下さい


「行くぜ!!」


 バックミュージックでは、場にそぐわないRunning shotが流れ、牛尾さんが今回の事件の推理を始めた。


「オレが怪しいと思う線はいくつかある」


 牛尾さんも負けずに柴田 恭兵さんに寄せてきた。


「普通に考えれば、イボルブモンキーかテラフェズントの仕業だと思うが、俺は最近力をつけてきている、ある組織の方が怪しいと思ってる」


【ブルーハワイでしょうか?】


「さすが右京さんだな。そうだ、俺もブルーハワイが怪しいと思ってる」


「ブルーハワイって、あの赤スーツの奴らですよね?」


 そうだ! 黒川さんにとっては苦い思い出だった!

 いや……それよりも気になるのが黒川さんが全然、堀北 真希に寄せていない!! 言った割りには似せる気無しか!?


「奴らにそんな力があるとも思えないが、最近の動きを見ていると妙な活動が目につくんだ」


【確かにそうですね。でも、とりあえずその3組織が怪しいとしたとして、これからどうしましょうか?】


「タカと一緒に直接話に行っても良いんだが、末端では意味が無いし、上の者はしらばっくれて終わりだろうな」


「じゃ、一体どうしたら……」


「真実はいつもひとつ!」


 凛ちゃんが、突然決め台詞を言い放った。

 何も答えを持っていなかったのか、いくら待ってもコナン君の名推理は発動しなかった。


【性には合いませんが、力ずくでやるしかないんですかね。トオル君はどう思いますか?】


「せ……先輩達に分からないものが僕に分かる訳ないじゃないですか!」


 僕も頑張って似せていた。


【私とトオル君は、一度赤スーツ達のアジトまで行った事があるけど、もう一度踏み込んでみましょうか?】


「それは良いかも知れないですね。でも右京さん達は何故赤スーツ達のアジトに行く事になったんですか?」


 Bossも意外と似ていた。


「それは私が赤スーツ達に誘拐された時に、助けに来てくれたからです」


 黒川さんは、役者には向いていないようだ……。最初は全く似せる気がないのかと思っていたが、黒川さんは頑張って似せようとしてこの演技だったという事が、改めて分かった。

 とりあえず堀北 真希並みに可愛いので誰もつっこもうとしなかったが、右京さんだけがおもむろに大根をかじっていた。


「そんな経緯があったんですね。私はたまにファルセットに出入りする事もあるので、コナン君と右京さんの事は何となく顔だけは知っていましたが、銭形さんやトオルさんとの関係がいまいち把握していません。今後の事もありますので差し支えなければ、その辺りの事を教えていただけないでしょうか?」


 右京さんは「差し支えあるけどBossの頼みならしょうがないわね」といった感じで語り出した。


【私達3人は、実は仕事場の同僚なんですよ】


「そうなんですか?」


【私の素性は明かしたくなかったんですが、私はサテライトキングダムというB級能力者相談所で働いている柊 京子という者なんです】


「噂では聞いた事があります!美人で優秀な先生が居るけど……(クセが凄いらしいと……)」


【顔が売れると仕事がしにくくなるから、ファルセット内や裏の世界では浪花のブラックダイヤモンドとして活動しているんです】


「そうだったんですね」


「黒かわ……いや、銭形さんはB級能力者相談所サテライトキングダムに来た相談者でしたが、後にうちで働く事になったんです」


「その時に相談した件が、赤スーツ達に追われている事だったんです。私もその時に危ない目に会いましたが、奴らはB級能力者達に目を付けているようでした」


【その後の噂でも、奴らは能力が発動したての中学生を中心に誘拐を繰り返しているらしいですね】


「いよいよ、赤スーツの方が怪しいな……。イボルブモンキーよりはテラフェズントの方が、やって来そうな手口ではあるから、俺はテラフェズントを探ってみる。右京さんとトオルは赤スーツを。Bossと舞ちゃんとコナン君は、イボルブモンキーの最近の動向や内部の組織図がどう変化してるか探ってくれ」


「分かりました」


「皆さん、くれぐれも危険な目に会わないように注意して動いて下さい。危ないと思ったらすぐにブレイブハウンドの誰かか、この中の人達に連絡して下さい。有力な情報が得られたらすぐに共有しましょう」


 Bossの命令で僕達は連絡先を交換し、それぞれ言われた任務を遂行する為に解散した。


【トオル君。赤スーツの所に行くから車を回して来て下さい】


「わ……分かりました。そ……それは良いんですけど、いつまでこのキャラを演じてれば良いんでしょうか?」


「ノリが悪いわね。じゃ面倒くさいから、とりあえずここで本来の自分達に戻るわ」


 自分から率先して始めたのに、面倒くさいって言うな……


 僕は京子先生に言われた通り、車を回した。どこで手に入れたのか分からないが、何故か京子先生は瀧崎さんの車のキーをいつも持っている。僕が車を回してくる間に、京子先生はどこからか小太郎を連れて来ていて、一緒に車に乗せていた。

 僕は京子先生の指示通りに運転し、京子先生の記憶を辿りながら赤スーツのアジトがあった場所に向かった。



「確かこの辺りだったような……」


 2時間くらい探しただろうか……。何となくで来てしまったが、驚く事に京子先生の記憶だけで、赤スーツのアジトである、赤いのれんのたこ焼き屋の前まで来てしまった。


「凄いですね、京子先生の記憶力!」


「私は昔から、記憶力と顔とスタイルだけは自信があるの! あと、ケンカの強さと声色を変える事とSっ気も負けた事は無いわ!」


「ただの最強か!!」と、つっこみたくなるほどの無双ぶりの京子先生は、意味もなく自分の自慢をしていた。


 僕達は店の裏に回ってアジトのあった犬小屋の前まで来た。

 僕は京子先生の指示で四つん這いになりながら犬小屋に入って行こうとしたが、中はアジトには繋がっておらず、奥の方で柴犬がただ威嚇しているだけだった。

 綺麗に顔を噛まれた僕は、流血を拭う事なく犬小屋から出て、小太郎と戯れていた京子先生に報告した。


「京子先生。案の定あの犬小屋は、アジトには繋がっていませんでした」


「でしょうね。前にも言ったけど、これだけの長い期間、私の目から逃れていた奴らだから、身を潜める事だけは上手いのよね。普通に考えれば、私達がアジトから出て行った後、すぐにこの場所は移動したでしょうね」


「じゃ、どうしてここに?」


「奴らの頭の悪さを確認したかったのよ。まだここに居るようなバカなのか、何か手掛かりを残すくらいのバカなのか、それとも何も手掛かりを残さずに消える事が出来るくらいのバカなのかね」


 結局、京子先生にとっては全てただのバカなんですね……


「さぁ小太郎、何か変な匂いが残っていないか調べてちょうだい」


「そうか!それで小太郎を連れて来たんですね!」


「当たり前でしょ! 私がただ小太郎と遊びたいから連れて来たと思ってるの!?」


 思ってました。


「あの〜……赤スーツ達の異能力なんですけど、これって具体的にどういう能力なんですかね?」


「おそらくだけど、この犬小屋自体は関係なくて、何らかのマーキングみたいなもので入口を作って、そこから目的の場所に行けるようにする能力なんじゃないかしら?」


「なるほど……」


「ワンワンワン!」


 小太郎は何かの匂いを感じとったらしく、吠えて僕達を呼びよせた。そこは犬小屋ではなく、少し離れた所にある草影にあった浦和レッズのユニフォームだった。


「これは!」


「間違いなく赤スーツ達の物ね。もし、匂いで追えるのであれば、小太郎に誘導してもらいましょう」


「はい」


 鈴木 啓太のユニフォームを見て、間違いないと言い切ってしまう京子先生の神経が凄いと思った。

 警察犬並みに賢い小太郎は、時より人の話を理解しているようにも見えた。さすが犬飼三羽烏に数えられるだけあって、小太郎はかなりIQも高いのだろう。

 京子先生は小太郎に鈴木 啓太のユニフォームの匂いを覚えさせて、小太郎が動くのを待っていた。小太郎は裏庭をぐるぐると旋回した後、路上に出て少しうろうろしていたが、匂いが追えなかったのか、悲しい顔で首を横に振っていた。


「ダメみたいですね」


「そうね。流石に足がつかないように消える事は上手いようね。結果、そこそこ賢いバカだったって所かしら」


「こ……これからどうしますか?」


「とりあえず柳町君は、皆にこの状況を報告してちょうだい。私は自分のネットワークを使って、アジトを探れるかやってみるわ」


「分かりました」


 僕は一斉メールで皆に状況を報告し、京子先生はジョニーさんらしき人に電話をしていた。

 京子先生の電話を待っている間に、茜さんから3組織と異能力ドラフト協会宛てに、動画が送られて来たという情報が入った。それが何と赤スーツからだったらしい!

 ちょうど京子先生の電話も終わったので、僕達は一緒にその動画を見る事にした。

 いきなりその動画に映し出されたのは、赤スーツを着た見慣れない若者だった。その若者の後ろには、あのGさんの姿もあり、何か宣戦布告のような脅迫をする時のような威圧する空気が出ていた。画面の真ん中に居た、ソバージュショートの髪型をしたイケメンの若者が突然喋り出した。


「俺の名前は、せせらぎ面太郎。今回の異能力ドラフトには参加しない事を決めた」


「せせらぎ面太郎!?あのドラフト1位候補の、せせらぎ面太郎さんですか!?」


「ドラフトに参加しないってどういう事かしら?」


「気が変わったって事ですかね?」


「いや、せせらぎ本人からドラフト参加の意思を協会に伝えてあるはずだから、いきなり取り消すなんて出来ないはずよ。しかもドラフトまで2週間も無いこの時期に動画で宣言するなんて、普通はあり得ないわ」


 僕達は何が起こっているのか分からず、続けて動画を見ていた。


「俺は、お前達3組織には所属しない。新生ブルーハワイのトップとしてお前達を叩き潰す事にした」


「新生ブルーハワイ!? しかもトップ!?」


 その瞬間、赤スーツを来ていた人達が、一瞬で青スーツに変わった! この早着替えに何の意味があるのか分からなかったが、僕達はいろんな意味で唖然としてしまった。

 お父様が裏社会の組織図を変えてしまうとまで言わしめた逸材の、このせせらぎ面太郎さんが、ブルーハワイに加入したとなると組織のバランスはグチャグチャになってしまうんじゃ………しかもいきなりトップに君臨するなんて、Gさんも一体何を考えているんだ……


「近い内に、俺達新生ブルーハワイが裏社会を牛耳る! 今の内に自分達の身の振り方を考えておくんだな! とりあえず手始めに、トップの首を狩りに行くからせいぜい用心しておいてくれ。犬飼ん所のじいさんは死んだから、猿正寺か鳥谷のおばさんの所に行く。一ノ条さんの所はその後だ。まぁせいぜい首を洗っておいてくれ」


 ここで映像が切れて動画が終わった。

 A級能力者誘拐事件とブルーハワイの関係は分からないままだったが、他のチームとの話し合いをする為に、一時集合しようという事になった。



 ファルセットの会議室に戻ると、牛尾さんと一ノ条さんが待っていた。茜さんと黒川さんと凛ちゃんは遅れるらしく、とりあえず僕達4人で話を進める事になった。


「2人共、ブルーハワイからの動画は見たか?」


「見ました! せせらぎ面太郎さんがドラフトに参加せず、ブルーハワイに加入するって言ってましたね」


「あれは、ワシらが会った時の面太郎ではなかったな」


「確かにそうでしたね。以前会った時は、もっと誠実な感じで礼儀正しい若者でしたね」


「どういう事ですか?」


「我々は今回の異能力ドラフトを前に、優秀な選択希望選手の数人に会いに行ってるんだが、その時会った面太郎はもっと低姿勢であんな感じではなかった。おそらくだが、洗脳か何かされている気がする」


「洗脳……!?」


 一ノ条さんの口から、当たり前のように洗脳という言葉が出てきた。誰かの能力で面太郎さんが操られているって事!?


「もし実際にそうだとしても、簡単に洗脳されてしまうくらいの奴だったら、大した事ないんじゃないかしら?」


「確かにそれも一理ありますね」


 京子先生は、数年ぶりにまともな事を言ったような気がする……


「いや、ワシらが見た面太郎は間違なく本物だった。サッカーでいうとメッシかクリスチアーノ・ロナウドのレベルだろう。そんな面太郎を洗脳出来るって事は、バックにジダンやマラドーナレベルの誰かがいるって考えた方が妥当かも知れん」


「じゃ声優界でいうと、宮野 真守レベルのバックに野沢 雅子がいるって事かしら? もしくは吉本でいうと、ダウンタウンレベルの面太郎が西川ヘレンに洗脳させられてるって事なの?」


「例えが分かりづらいですけど、そういう事なんですかね……?っていうか京子先生!! そんなに例え直す必要あったんですか!?」


「無いわ」


「じゃ、何で例え直したんですか!!」


「新右衛門君。世の中には我慢出来る事と、我慢出来ない事があるの。私はパンツを履いても、パンツに履かれた事は無い人間よ。そんな私でも、我慢出来ずに言いたい時もあるの!! 例え直す意味が無くたって、私にとっては柳町のお給料より大事な事なのよ!!」


「何、訳の分かんない事言ってるんですか!! っていうか、僕の給料も大事にして下さい!! パンツに履かれてるっていう意味も良く分からないし!!」


「どちらにせよ、ブルーハワイは本物の実力を持っていると考えた方が良いかも知れん」


 良く話戻せるな……


「そういえば、ワンさんが調べていたテラフェズントの方はどうでしたか? まずは鳥谷さんが狙われるって宣言されてましたけど」


「奴らの所はガードが固くてな。治五郎の姿だったら遠慮なく堂々と行くんだが、いかんせんこの体だからな……変な振る舞いも出来んかった」


 治五郎さんの姿だったら、変な振る舞いしてるって事?


「それより司。これはもう、ブレイブハウンド内だけで話し合いをしている場合じゃないかも知れんぞ」


「私もそれは思いました。取り急ぎ、3組織で緊急会合を開こうと思っています」


「それが良いと思うわ。頭が足らないアンタ達が、いくら考えても答えなんて出ないわよ!」


 頭が足らないというくくりは、せめて僕だけにして欲しかった……


「し……正直、ここまで来たら組織同士で牽制し合っている場合ではない。ドラフトを一時中断してでも、3組織でブルーハワイを叩き潰すべきだとワシは思う!」


 その言葉を聞いた一ノ条さんは、すぐに会合を開く為に他の組織に連絡しているようだった。

 電話での話の内容を聞いていると、イボルブモンキーとテラフェズントも同じように思っていたようで、すぐに話がまとまった。

 今日の16時から緊急会合が開かれる事が決まり、会合にはここに居る4人が参加する事になった。


 何故いきなり、僕もそんな所に参加する羽目になってしまったんだろう……。とりあえずブレイブハウンドの最強メンバーが居るから心強い事は確かだが……


 会合の場所が決まると、僕達4人は車に乗り込んだ。

 ちょっと前まで相談所で働くただの助手だったのに、何故か裏社会の会合に出席する事になっている自分を不思議に思っていた。京子先生の世界に踏み入るって事は、こういう事なんだと改めて実感させられていた。

 僕は何処に向かっているか分からないまま、京子先生と一緒に黙って後部座席に座り、一ノ条さんが運転する車に揺られていた。勿論、京子先生に足を踏まれたまま……


「死にかけ親父! イボルブモンキーとテラフェズントは誰が会合に出席するのよ」


「イ……イボルブモンキーの猿正寺とテラフェズントの鳥谷のおばさんは出席するが、他の幹部連中は誰が出席するか分からん。こういう時は大抵、組織のNo.2やNo.3くらいは出席するようになっているが、今回の場合、組織のアジトを手薄にするとブルーハワイに叩かれ兼ねんから、ドラフト出場者をボディーガードとして連れて来るのが妥当だろうな」


「それで私達も一緒に連れて来た訳?」


「それもあるが、ワシが死んだ後のブレイブハウンドには、司以外にも京子のような奴が居る事を示すだけで抑止力になると思っておったから、ドラフトの前に京子の強さをお披露目する機会があるのなら、それでも良いと思ってた所はある」


「それは、もし向こうが喧嘩を売ってきたら、買っても良いって事かしら?」


「まぁそういう事だ。ただ1番の目的は、3組織で協力してブルーハワイを叩く事だ。その為の同盟や一時休戦、そしてお互いで情報提供をする事を約束したいと思っておる」


「柳町君もそうだけど、そもそも話し合いの通じる相手なの?」


 僕は出来れば解決したい方ですが!


「ワシが生きていた頃は、ワシが抑止力になっていたからある程度まともな話は出来た。でも今のこの状況であいつらがどう出て来るかは分からんな」


「もしあの方達が好戦的に出て来たら、さっき言った通り、お嬢様が黙らせた方が、話が早いかも知れませんね」


 一ノ条さんまでも、2つの組織を京子先生の力でねじ伏せようとしている……

 組織の長として、京子先生の力を頼り過ぎでしょ……


「一応、6ヶ月という契約期間内は、私はあなた達の指示に従うわ。新右衛門君はB級能力者相談所サテライトキングダムに入社する時に、一生私の指示に従うと契約しているから心配しないで」


「あ……あの〜……ぼ……僕、そんな契約したでしょうか?」


「実際はしてないけど、自分から契約させて下さいって、これら泣きつくんじゃないの?」


 この時の京子先生の威圧感はハンパではなかった!!

 自分に、1秒先の未来は無いと確信させられるほどの殺意を向けられた僕は、いつも以上に生きた心地がしなかった……


「け……契約させて下さい……」


「ちょっと順番が前後しただけだから気にしないで良いわ」


 やっぱり僕は、付いて行く人を間違っていなかった。この人を本気で怒らせて生きていた人は、おそらく居ないだろう。

 この時僕の中では、京子先生最強説があらゆる意味で揺るぎないものとなっていた。


 車のまま人気の無い路地裏に入ると、そこには情報屋のような人が居て、何やら一ノ条さんと話をしていた。その後僕達の車は、行き止まりの壁に向かって走って行き、激突すると思った瞬間、別の場所にワープした!


「こ……これは!?」


「そうか。柳町君は初めてかな? 我々の組織内では良く使うルートなんだが、さっきのはブレイブハウンド専属の移動屋なんだ」


「移動屋ですか!?」


「秘密の場所で話し合いをしたり、追っ手を撒いたりする時に良く使うんだが、足がつかないように場所を移動する時に、移動屋の能力を使って異空間からワープするんだ」


 凄い……改めて見ると本当に感動する……

 一ノ条さん達にとっては、日常的な事なのかも知れないけど、やっぱり突然別の場所に移動するのは驚いてしまう……


「あそこが会合の場所ね」


 京子先生は丘の上をレーザーポインターで指した。


「狙撃手と間違われますよ!!」


 怖いもの知らずの京子先生に、僕はドキドキしながら緊張していた。

 ワープから出て来た所は、見通しの良い小高い丘のある場所で、周りには一切何もなく、丘のてっぺんに1軒のロッジが建っているだけだった。ロッジの周りには4台の車が置いてあり、2台ずつ猿の紋章とキジの紋章が入っていた。おそらくイボルブモンキーとテラフェズントの車だろう。

 僕らだけ1台の車で乗り込んで来たので多少の不安があるが、とにかく京子先生頼みなので、京子先生の機嫌を損ねないように気をつけようと思っていた。

 京子先生は覆面を被って浪花さんに変身し、すっかり戦闘モードに入っていた。


「では行こうか」


 僕達4人は牛尾さんの掛け声で車から降り、イボルブモンキーとテラフェズントが待つロッジに向かって歩き出した。


 近くまで来てみると、ロッジは思っていた以上に大きく、通常のイメージよりは4倍くらいの大きさに思えた。防弾ガラス用の窓はついているものの、中が全く見えない状態になっている。入り口には誰もいないが、扉の横にセキュリティー用の指紋認証のような物が設置されていた。

 一ノ条さんはその機械に手をかざすと、異能力オーラを手に纏い、セキュリティーを解除させた。指紋ではなく、オーラで認証するタイプのセキュリティー機器のようだ。

 一ノ条さんを先頭にして中に入って行くと、大きな扉の前で黒服の男が2人、扉を挟むようにしながら手を後ろに組んで立っている。ジャケットの襟元には、外にあった車の紋章と同じ紋章のピンバッジがしてあり、見るからに2組織の見張り役だった。

 その2人の男は、一ノ条さんに軽く頭を下げた後、扉を開けて僕達を招き入れてくれた。


 中に入ると比較的洋風な造りになっていて、和やかに過ごす場所というよりは、話し合いをする為に造られた場所といった感じがあった。改めて作ったであろうと思われるテーブルは、独特な形の三角形になっていて、この3組織の為だけに用意された物だと想像できた。


 テーブルには、イボルブモンキーとテラフェズントに別れた場所に、代表だと思われる人が各2名ずつ座っていて、その後ろにもボディーガードのように2人の人が挟んで立っていた。ブレイブハウンドの空いている席に、一ノ条さんと浪花さんが座り、牛尾さんと僕は両サイドに立った。


「お久しぶりですね、猿正寺さんと鳥谷さん。相変わらずお元気そうで」


 最初に話し掛けたのは、一ノ条さんだった。


「元気でいちゃいかんかの?」


「オレ達にも早く死んで欲しいと思ってんじゃねーか? なぁ、ばあさん」


「相変わらず言う事がきついですね、お2人は……」


 この部屋に入った時から異様なオーラを放っていた2人が、イボルブモンキーの猿正寺 光秀さんと、テラフェズントの鳥谷 紫園さんだという事は、今の会話ですぐに分かった。


「犬飼のじいさんは、残念やったな。もう葬儀は終わったんか?」


「いや、日程を変更して明日行う事にしました。良かったらお2人にもご出席して……」


「勘弁してくれ。オレも鳥谷のばあさんもそんなタマじゃねぇんだ。そういう事は身内だけにしといてくれねぇか」


「分かりました。今回はブルーハワイの件でお話しようと思ったんですが、出来ればその前に皆の自己紹介をしませんか? お互いの情報共有の為に有効かと思いますが」


「オレの所は構わんが、鳥谷のばあさんが良ければそっちから紹介してくれ」


「アタシらの所は、新顔は2人だね。ウチのNo.2の猪熊はアンタ達も良く知ってんだろ? こっちに立ってんのが鶴瀬 要。アタシの横に座ってるコイツが、2代目候補の天影 弥生だ」


 に……2代目候補……!?

 まだ20歳前後に見えるけど、2代目だなんて……

 っていうか、色白でメチャクチャ可愛いな!どっちかというと浪花さんタイプなのか?


「オレの所は新顔は3人だな。LJの事はいちいち紹介しねーぞ。コイツが朝比奈 薫でコイツが神谷 一樹。外で見張りをしてたのが、実は息子の尊だ」


 さっきのが息子さん!? そういえばどことなく似ている気がする!


「烏のオッサンの姿が見えねーが、一ノ条ん所はみんな新顔か? 1人覆面被ったおかしいのが居るみてぇーだし、お前ん所は大丈夫なんか?」


「そうですね。烏丸さんは連れて来てません。こっちに居るのがフィレオフイッシュ 牛尾さんで、この子が柳町 新右衛門君。そして隣に座ってるのが、浪花のブラックダイヤモンドさんです」


「何かみんなナメた名前してんなぁ! バカにしてんのか!?」


 ヤバい……名前だけで猿正寺さんを怒らせてる!?


「浪花のブラックダイヤモンド? 何かどっかで聞いた事がある名前やなぁ? いつだったか、闇アイドルで腕の立つ奴がそんな名前だった気がしたがアンタの事か?」


【おそらくそうね】


「お前はしゃべらんのか!? 変なやっちゃのー……。まぁ、お互い様だから気にはしねーけど、一ノ条! お前しっかり躾とけよ!」


「わ……分かりました。紹介はこのくらいにして、本題に入りましょうか。電話でも話しましたが、皆さんの所にもブルーハワイからの動画が届いたと思います」


【子猫が大型犬になついている動画ね】


「違いますよ浪花さん! 今ここは大喜利の場じゃないんで、そういうのはいらないと思います」


「おい! そこのクソ坊主!」


「はいっ!」


「つっこむなら、しっかりつっこめ!! 中途半端につっこむくらいなら、芸人なんて辞めてしまえ!!」


 ど……どういう事!? 僕ってここでもつっこみを求められてるの!?


【ごめんなさいね。この子はまだ柔道を始めたばっかりで、まだ黒帯なのよ】


「いや! 僕、柔道やった事ないです! っていうか、始めたばっかりで黒帯って凄いんじゃないですか!?」


【じゃ、あれは嘘だったの!? あの夜、私の枕元で呟いた戦歴は虚言だったって事!?】


「戦歴ってなんですか!?そんな事言った覚えないですけど!?」


【あなた、あの夜言ったじゃない! 僕の人生は100戦して182敗だって!!】


「戦わずして、負け過ぎでしょ!! っていうかみんなの事ほったらかしにして訳の分からない事言い過ぎです!!」


「オレらはそういうの嫌いじゃねーから、別に気にしなくて良いぞ」


「アタシらも話が進めばそれで良い。面白くないよりは面白い方が良いから、その辺は好きにやりんさいな」


 おおらかなのかなんだか分からないが、どうやら浪花さんと僕は受け入れられたようだった。


「猿正寺さん、鳥谷さん、改めて本題に入ろうと思いますが、異能力ドラフトを前にブルーハワイの奴らが私達に宣戦布告してきました。3組織を潰して裏社会を牛耳り、私達3人の命を狙うとも言ってきています。そこで私達の提案としては、3組織内での争いは一時休戦し、異能力ドラフトも一時延期して、とりあえず3組織で連合を組んで、皆で協力してブルーハワイを叩こうと思っているんですが、いかがでしょうか?」


「オレもその考えに賛成だな。とりあえずオレ達に楯突く奴らは早めに叩き潰しておかねーと、後々面倒くせーからな」


「アタシらはどっちでも構わないが、売られた喧嘩は買うだけだね。どの程度の協力をし合うかだけ決めてくれれば、3組織内での休戦って条件は飲むよ」


「ありがとうございます。では、3組織の休戦及びブルーハワイを倒すまでの同盟と、異能力ドラフトの延期については、合意のものとします。異能力ドラフトの延期に関しては、私の方から協会に連絡しておきます。後は、情報共有と協力支援をどの程度行うかの話を詰めようと思うのですが」


「オレらの所では、ブルーハワイ殲滅の為に特別部隊を選抜するつもりだ。今後は、そいつ達と連絡を取り合うようにしてくれれば良い。あまり人員は割けないが、腕の立つ奴等を選別するつもりだから協力してやってくれ」


「アタシらも同様の形になるだろうね。腕の立つ奴らを何人が選抜するから、その子らと新たな組織を立ち上げたら良いんじゃないかね」


「分かりました。私達もそうしましょう。後は早急に選抜メンバーを決めて、メンバーが決まり次第組織のリーダーを決め、その後はその組織中心で動いて行くという事でよろしいでしょうか」


「異議なしだ」


「アタシも異議なしだね」


「では、今話した内容で合意のものとし、今後は3組織の連合部隊を中心に、ブルーハワイの殲滅に取り組むものとします」


【選抜メンバーは、いつ決めるのよ。犬の散歩の時間があるから、チンタラしてられないわよ】


「それじゃ早くしねーとな」


 小太郎の散歩が重要視されてる……


「奥に別室が用意されているので、各組織での話し合いをそちらで行いましょうか」


 選抜メンバーは今日中に決める気のようだ。


「そうだな。30分後にまたここで話し合えば良いんじゃねーか?なぁ、ばあさん」


「問題なかろう。あんまりのんびりしすぎて、犬のご機嫌をそこねてもかなわんからな」


「では、30分後に再度集合という事で、一時解散とします」


 一ノ条さんの掛け声で各組織の人達は別室に向かい、話し合いをしに行った。僕達も別室に移り選抜メンバーを決める事になった。


【で、誰が討伐隊に召集されるの?】


「組織の事を考えると、私は牛尾さんと浪花さんと柳町君の3人にお願いしたいと思っていますが」


「僕もですか!? しかも3人だけ!?」


「ワシもそれで良いと思う。ただワシも長くないから、ワシの後任の事も考えた方が良いかも知れん」


【そうね。フィレオフィッシュの後釜は野上で良いんじゃないの? 私が居れば9割方何とかなるでしょ】


 確かに…………

 良い結果になるかは別としても、事は収まるかも知れない……


 僕達の話し合いは事の他早く終わり、1番早く席に戻った。

 浪花さんはトイレに行くと言って、一旦会議部屋から出て行った。

 会議部屋で2組織の戻りを待っていると、何やら外が慌ただしい雰囲気になってきた。

 イボルブモンキーとテラフェズントの車が1台ずつ走り去ってしまい、組織の人達が走り回っていた。

 浪花さんが帰って来た後、少ししてからイボルブモンキーの猿正寺さんと息子の尊さんが戻り、テラフェズントから鳥谷さんと天影さんが戻ってきた。

 外の慌ただしい状況を見て、一ノ条さんが心配そうに声を掛けた。


「何かあったんですか?」


「オレらのアジトにブルーハワイの奴らが乗り込んで来たらしい」


「アタシらの所もそうだ。今、猪熊と要を向かわせたから、とりあえずは問題ない」


「オレらの所もLJと神谷と朝比奈を向かわせたから、とりあえずは大丈夫だろう。つーか、奴らも派手にやってくれるな! 相当痛い目に会いたいらしい」


 僕は一ノ条さんに小声で話し掛けた。


「(一ノ条さん。A級能力者達が誘拐された事もこれと関係あるんでしょうか?)」


 一ノ条さんも小声で返してくれた。


「(私も、おそらく同じ手口だと踏んでいるが、現時点では何とも言えないな。A級能力者達が誘拐された事は、私達にとって不利になる情報だと思ったから敢えて彼らには言わなかったが、ここまで来たら情報を共有しておいた方が良いのかも知れん)」


「(ぼ……僕もそう思います)」


 一ノ条さんは、イボルブモンキーとテラフェズントの状況を見て、自分達もおそらくブルーハワイからであろうと思われる強襲を受けていた事を、猿正寺さん達に公表しようとしていた。


「すみません。今回のブルーハワイの強襲に関して、こちらもお話しておきたい事が………」


 一ノ条さんが話しを切り出した瞬間、突然天井と窓ガラスが割れた!! 出入り口の扉も破壊されて、青スーツの軍団が3方向から乱入してきた!!


「な……な………何ですか急に!!?」


 気配が全く感じられなかった!!

 突如現れたのは、せせらぎ 面太郎さんとMr.Gさんを含むブルーハワイの集団で、総勢20名近い人数で襲ってきた!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る