第73話 ハンデルの領主



 ハンデルにつくと、なぜか僕はフリアと一緒に門兵のところに連れられた。乗り合い馬車の操縦士と護衛の冒険者が「お前しか説明できないだろ!」と僕にすべての仕事を押しつけて行ったからだ。確かにフリアの両親の死体の確認をしたのは僕だけど、それはないんじゃないかなと思ってしまう。一応、僕は子供だ。すべて僕に押し付けて帰って行った乗合馬車の人たちの気持ちも分からなくはないけれど……

 なにせ自分たちが轢きかけたのは領主の娘、下手すれば罰せられてしまう。フリアが自分の本名を名乗った後、周りの人たちはころりと態度を変えた。失礼な物言いをしていたはずのフリアに、詰め寄った人たちも領主の娘に対して何も言えないと、お貴族様に意見をしたことをびていた。


「たっく凡兵、あたくしをこんなところにおいておくなんて!! ねぇレオ?」

「はぁ、まぁ……」


 僕らはハンデルに入る前の関所門せきしょもんの中、兵士用として作られた小さな休憩所内にいた。

 僕としては大変帰りたいが、両親を失った少女に同情もしている。はやくジェリーとトーズにも会いたいけれど、せめてこの子の身内に引き渡してからじゃないと帰るに帰れない。


 僕をここまで案内した兵士たちには簡単なあらましを伝えた。真っ青な顔で兵たちが出て行ってしまってから、しばらく経つが誰も戻ってきてはいない。

 そうして待ちぼうけを食らっている間、なぜか僕はフリアに懐かれてしまった。というか同乗者たちが僕が悪漢を殺したと言ったからだろう。近くに居る少しでも強い相手に守ってもらおうとしているのだ。かなりの恐怖を経験したのだ、仕方ないかと彼女の話に付き合ったし、はわがままにも付き合った。


「レオ、お茶がなくなったわ」

「はいはい」


 頼むから早く誰か来てくれ。このままでは僕は使用人にでもなってしまいそうだ。一大交易都市であるハンデルの領主宅なら、給金はいいだろうがそういう問題ではない。


 僕はなるべくならここの領主一家に関わりたくはなかった。


 少し外が騒がしくなってきた。数人が廊下を音を立てて走ってきているようだ。どうやらやっと来たみたいだ。きっともう少しで帰れることだろう。

 勢いよく扉が開かれた先には、フリアと同じく淡いレモン色の髪をした、必死の形相の青年がいた。


 ――僕はこの男を知っている。



「おにいさまっ!!」


 さっきまで気丈に振る舞っていたフリアは、兄の姿を見たとたんにぶわっとその大きなアーモンド色の瞳から涙をあふれさせた。そして作法を気にすることなく椅子に音を立てさせて立ち上がると、兄へと駆け出して両手いっぱい広げて兄の服を掴んだ。同じように兄もフリアを大切そうにその大きな腕で抱きかかえる。


「フリア無事でよかった、本当によかった! お前はまたわがままを言って母についていったんだね、ああ本当に生きていてよかった」


 眼を閉じて兄である男はフリアを見て微笑む。

 感動の再開だろうが、僕はその様子を少しだけ冷めた気分で眺めていた。


 ――久しぶりに見るな。


 ハンデル領主の一人息子に対して僕はそんなことを思う。

 きっと彼は僕を覚えていないだろう。


 いいや、姉のことだってもう忘れてしまっているかもしれない。



 ベネット・ハンデル――彼は姉の婚約者であり、わが家が困難にたたされ時、あろうことか好きであったはずの姉をめかけになんてしようとした男だ。


 冷たい雪に膝をつき泣き崩れる姉の姿を今でも思い出せる。

 姉の震える白い手が僕の頬を打った痛みも。

 搾りだすような声で僕に言った別れの言葉も、全て思い出せる。


 僕は彼らが好きあっていた筈の頃だって知っている。姉とデートに出かけるために迎えに来たを何度も見ている。あの頃の姉は幸せそうであった……

 聖女様の次に美しい顔で、世界で一番幸福な人間のように婚約者のことを僕によく話していた。だからこそ好きな人の一生一番になれないと表で隣を一生歩けないと分かった時の姉の絶望も理解できる。

 僕が召喚を潰したとしても、彼がちゃんと姉のことを愛していたのならば、少なくとも姉は今、彼の隣で幸せであったはずだ。

 どこかに貰われて行ってしまった姉は今どうしているのかも分からない。姉が想うようにこの男も姉を想っていたのなら、姉はきっと冷たい雪に膝を付け泣くことはなかったはずで――


 だからこそ目の前に現れた男に自然と嫌悪感がわいてくる。


 こいつに事情だけ説明してさっさと帰ろう。こんな場所に居つづける意味はない。報告の義務を果たせば僕はこの場に理由はなくなる。


「きみかな、フリアを助けてくれた子というのは」

「そうですね、僕が見たことをお伝えしましょうか……その、フリアさんは」

「もちろん外させるよ。ごめんよ可愛いフリア、僕はこの少年と少し話があるんだ」

「なんで仲間外れにするんです!? あたくしも見たんです! 別にここに居てもかまわないじゃないですか!!」

「辛い記憶はなるべくなら忘れ去ってもらいたいんだ。頼むよフリア、お兄様からのお願いだよ」


 眉を下げて姉の婚約者だったベネットは懇願する様に妹に言う。

 悲劇にあった妹を気遣う兄の姿、きっと僕以外が見たのならば同情せざる終えない状況だろうが、僕はそんな光景にすら眉をひそめてしまう。姉を泣かせたくせに――


「別室に移動しようか、何を見たのか詳しく教えてくれ」


 涙目のフリアを一人おいて、僕らは隣部屋へと移動した。

 鏡で映したように同じ構造の部屋の中、自己紹介もそこそこに僕は端的に見た事を伝えた。馬車に引かれるかもしれない状況で飛び出してきた泥だらけで泣き叫ぶフリア追ってきた強そうな男、茂みの先には金持ちそうな人たちの死体と急いで仲間が逃げたような痕跡。


「ほんとうに、ほんとうに、父と母は、しんでいたのか――?」

「残念ですが息がないのは確認しました。ご遺体を連れて帰っては来れませんでしたが……」


 フリアの父の死、つまりはハンデル領主の死。


 ということは姉の婚約者だったこの男は、たった今、自動的にハンデルの領主になるのだ。

 明日にはこの街の全員に伝わるような大ニュース。姉の代わりに彼と結婚したであろう女も自動的に、時期ハンデル領主の妻からハンデル領主の妻に大出世する。姉の代わりにこいつが見初めた女はどんな奴なのか少しだけ気になった。

 僕は口先だけで領主になられたベネットにお悔やみの言葉を告げる。


「ほんとうに残念です。奥様に伝えるのも心が痛むことでしょう、」

「妻? そんなものいない――」


 少しだけ、彼から圧を感じた。びりびりと肌に焼き付くような殺気にも近い何かを感じる。


 ――怒っている?

 自分の父と母が死んでも感情をそれほど揺れ動かすことなく状況を聞いてきたような男がなぜ? 女の話題は禁句なのだろうか……

 どうやら言われたくないことを言ってしまったようで、僕は即座に、「勘違いしてすみませんでした」と謝った。

 いろんな問題が立て続けに起こって大変なを余計に刺激したいとは思わない。そもそも僕は早く家に帰りたいのだ、もう死体発見者としての義務は終えた、さっさと帰ろう。きっとみんな待っている。


「それでは、僕はもう家に帰りますね」

「まってくれ、礼をしたい! 妹を助けてもらった恩人なんだよ君は。

 レオ、君にご家族はいるのかな? 家族ごと我が屋敷に招待するよ」


「いいえ、僕に家族はいませんし、お礼も結構です……領主様」


 ベネットが返答する前に立ち上がって部屋から出て行く。これ以上彼らに関わりたくはない。ハンデル領主夫妻が殺された。そんな一大事件に巻き込まれたくはなかった。




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