第44話 上を指さす者、達
人差し指を天井へと向け「上へ行きたい」と言った。部屋の中に唯一ある小窓には僕が行きたい場所を示すように星々が輝いていた。
同時に首を横に傾けたジェリーとトーズに僕は補足するように続ける。
「僕の夢、というか目的はこの世界に勇者や聖女を二度と召喚させないことだ」
驚くように大きく見開かれた、新緑色の瞳と深い蒼の瞳が僕を見つめる。
それはそうだ彼らにとって、国が主体で行う召喚は潰す潰さない以前に、どうなっているのか、そもそも儀式なのかすら知らされていない。
「それが聖女様の願いだった。そして僕の願いでもある。
二人は、どうして勇者や聖女が異世界からここに連れてこられるか知っているかな?」
ジェリーとトーズは顔を見合わせた後に、揃って首を横に振った。
「この国を危機から救う"天の使い"、彼らのもたらす知識は人々を豊にする。だったかな……
君たちと出会って思ったんだ、ただ儀式を潰すだけじゃだめだって、天の使いが要らないようにしなきゃ意味がないって。
だから僕はこの国の官僚になるよ。違う世界の人たちを無理やり連れてこなくてもいいように、人々が豊かになるような社会を作るために官僚になるんだ」
もう二度と聖女様のような人を呼び出さなくていい世界を作るんだ。
死の淵で、僕みたいな子供しか頼れなかったそんな人を、もうこの世界に呼ばなくてもいいように……
僕はジェリーとトーズと出会って市井にこんな人たちがいる事に驚いた。
そして飢えて死にそうな人たちがいるというのに、何もしない国に憤慨した。明日どころか今日食べるものも苦しい人々を放置して、異世界から国が豊になるためにと、無理やり連れてきた人を利用し続けている。
おかしいだろうと、誰も思わないのは、貴族の中に市井の現状を知っている人間がほとんどいないからだ。
ならば僕が変えたい。もう異世界の人を呼び出さなくてよくなるように、人々が貧困にあえがなくていいように――
「俺らより格段にすげぇ事言いすぎて、ちょっとよくわかんねぇんだけど」
「つっ、つまりレオはすっごーーく偉くなりたいってことね」
「そうだね、そんなところだよ」
端的に言えばそうだな、と少し笑いながら、うんうんと頷いた。
***
レオナルドが"上"を指さしているその同時刻。遠く離れた王都の中央協会で一番高い部屋の窓から空を見上げる黒髪の少女がいた。
肩にまでかかった髪はつややかで、月明かりすら反射するほどに輝いている。大きなブラックオパールの瞳は満点の星を写し取りキラキラと
空を見上げる少女に、背後から近付いてきた司祭ゲーガンは声をかけた。
「君は夜空が好きだね」
「はい司祭さま。天を見上げるたびに、神が私たちを見守ってくれていると感じられるのです。
日中は目が焼けてしまいますので、夜だけが神のいる天を見つめることがでるのです」
少女は振り向くとほほ笑んだ。鈴の鳴るような声、ふわりと柔らかな笑顔、春のひだまりのような雰囲気を漂わせている。
司祭ゲーガンの前にいる神を心から愛しているであろう少女は、夜であろうともその輝きがしぼむ事はない。
「中央教会の棟は高いから、いつもより夜空が綺麗に見え神に近づいているような気がするだろう?」
「はい。私のお世話になっている教会は王都の端の端ですので、中央の優美な教会にうっとりしてしまいます。シャンデリアもあって、室内で上を見るだけなのに夜空を見上げているみたいです」
部屋の天井に吊るされている、いったいどれ程の金額をつぎ込んだのかわからない金が使われた豪勢なシャンデリアを眺めて、とろんとした表情で少女は幸せそうに言う。
「豪華なシャンデリアは好きかい?」
「はい、いえ、あの! 私なんかがそんな! ……うう、ごめんなさい好きです」
少女は恥ずかしさから顔を真っ赤にして縮こまる。
純真な少女。神を愛している少女。それこそ司祭ゲーガンが探していた人材だった。
「嘘を付けないのも美徳だが、多少は付けなくならなくてはいけないよ。
少女はきょとんとした顔で首を横に傾げ「冒険者たちとの同行の話でしょうか」と聞いてくるが、司祭ゲーガンは首を横に振った。
「君をそんな
「では、いったいどういう……」
「その前に……君には夢はあるかね? 目標でもいい」
司祭の言葉に少女は首をかしげ、しばらく恥ずかしそうに考えるそぶりをする。
自分より格段に身分が上であるゲーガンに
少し考えたあと、少女は天井を指さした。
「上へ――
天にまします神に少しでも、近づくのが私の夢であり目標です」
「信心深い君らしい……いい話がある。君にコレを受け取って欲しい。君を私が天へ近づけよう」
そういって司祭ゲーガンは、小さな宝石入れを差し出した。ちりんと、中から鈴の音が聞こえる。
「鈴、ですか?」
「貴族の習わしだよ。
このスズノキ王国では、初代勇者スズキの名にちなんで、貴族であれば生まれた子に鈴のおもちゃを渡す。
君に渡したくてね……私を父のように思ってくれると嬉しいよ」
それは貴族同士そして教会内の儀式に近い。
誰が誰の下についているか、誰かが目を付けているということを示す明確な証で、鈴を受け取ったものに約束されるのは教会内での
「モリスはもうだめだ、召喚を何度も失敗させている。次の招き人は現れないかもしれない。
私はね……上手くいけば君を、
「せ、聖女ですか!?」
黒髪の少女は驚愕しながら頬を紅潮させる。
「司祭さま……私ずっと聖女様に憧れていたのです、民を救う聖女様のようになりたいと、夢見ておりました」
はちみつを溶かしたような甘くとろけそうな笑顔、その表情に司祭ゲーガンも満足感を得る。早い頃にいい人材を自分の下につけることが出来たと……黒髪の少女とはまったく違った腹黒い笑みを浮かべる。
小さな少女の手の中の鈴が、ちりんちりんと愛らしい音を奏でる。
同時刻に"上"を目指す二人の子供。
聖女はいらないと思う少年
聖女になりたい少女
二人が出会うのは、もう少し先――――
第一章完
次章:鈴の音が聞こえる
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一章完結しました。
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