第43話 夢を語る子供達



 タニザさんがいなくなって三人だけになった部屋の中。トーズは僕の勉強机の椅子に座り、ジェリーは僕の横、ベッドへと腰を下ろした。

 ジェリーは少しやわらかい雰囲気のまま、僕に話しかける。


「レオが眠ってから、トーズと少し話したんだ……商人になりたいって話」

「あぁ、隠したがってたね」

「うん。トーズには、あたしは昔のことあんまり覚えてないって言ってたから、ちょっと話しにくかったの」


 視線を落とし眉尻を下げたトーズは、背中を丸めて黙って聞き入っている。

 トーズがジェリーのために危ない事をさせないよう動いていたように、ジェリーもトーズに気を使っていたのだ。


 「話しにくかった」と軽く言っているが、トーズのためを思い気遣っていたのが良くわかった。

 僕が寝ている間に、じっくり話したのだろう。トーズが過去を洗いざらい話したことで、僕にも少し話しやすくなったのかもしれない。


「そっか、じゃあちゃんと夢を目指せるようになったんだね」


「うん。あたしね、親が商人だったから、商人になりたかったわけじゃないんだ。

 あたし達はスラムでずっと暮らすわけじゃない、いつかみんな出ていく。けど冒険者ってのは魔法が使えたり、運動が出来なくちゃなれないでしょ?

 あたしたちは身体が強い子ばっかりじゃない。何かの仕事をするには、弟子入りに保証人や後ろ盾がいるでしょ?

 だからスラムの子たちは女は娼婦になるか、男は頑張って向いてなくても冒険者をしなくちゃいけないんだ……


 あたしが、あたしが商人になれば、スラムの子たちの働ける場所を作ってあげられると思ったんだ」


 ずっと心の奥底に隠していたジェリーの夢は明確で、長い時間をかけてしっかりと思い描かれていたものだとわかる。

 年上達は冒険者になる度に消えていった。体が弱いと冒険者になる前にサメに食べられた仲間もいたのだろう。身体を張らなくても食べていける仕事をずっと考えていたのだ。


「すごく良い将来の夢だね」

「ありがとう、レオとトーズが海に潜っている間に、トニックさんを見て素敵だなって思ったんだよ」


 その発言に、獣人のようにトーズの耳がぴくぴくと動く。

 そういう意味じゃないだろと思いつつ、商人のトニックさんに素敵な部分なんてあっただろうかと考える。思い浮かぶのはキレたオークを彷彿ほうふつとさせるトニックさんの笑顔だけだ。

 僕とトーズの反応にジェリーは首を横に振りながら苦笑いを浮かべる。


「素敵っていうのは尊敬って意味だからね。

 獣人を雇ってるのも奴隷とかじゃなく良い所をちゃんと生かしてやりたいって言ってたし、獣人たちもすごく尊敬してて、いいなって」


「あぁ。なるほどね。たしかにあそこの商家は他と違うように見えるね。対等な存在として肩書上は奴隷でも同じ"人"として扱っているからだろうね」


 というより、王都と比べるとこのハンデルは奴隷への差別はないに等しい。船の商人が多いということにも理由はあるのだろう。

 船の上という密室で数の多い奴隷に反発されれば、持ち主は一瞬でサメの餌になってしまうからだ。そういう意味でも船の上という過酷な場所でともに生活している仲間という意味でも、枠を飛び越え互いに尊敬しあっている商人が多いのだ。

 ハンデルの商人は奴隷を、奴隷というより従業員として扱っている人たちばかりだ。


「ジェリーはしっかり夢を思い描いていたんだね、驚いたよ」


「だろ俺もびっくりした……

 ついでに俺も言おうかな、夢っていうか、ついこないだ思ったことだけど」


「なに? トーズのやりたい事、ちょっと気になるな」


 ふっと、何かを吹っ切ったようにトーズは笑った。


「俺はジェリーみたいに大それた夢なんて考えられねぇからさ、同じような境遇の奴らが死ななくていいように、みんなのボスになりてぇなって」

「今もなってるんじゃないの? ボスボスって慕われてるだろ?」


 トーズは首を横に振る。


「全部のガキどものボスになりてぇ。

 親がめちゃくちゃな奴でも死ななくていいように、親が死んでも野垂れ死ぬことないように……

 レオが王都に帰っちまったら、俺くらいだろ。ガキ共にケンカや魔獣の狩り方教えられんのはさ。

 だから、俺……その、大それてるけど」


「ううん、謙遜することないよ。すごいと思う」


 トーズも僕が知らないだけで沢山考えていたらしい。今までは力が足りず、スラムの子供たちを生かすことだけに精一杯だったけれど、夢をちゃんと叶えようとしているのだ。

 なんだか二人の夢を聞いて、じんわりと心の中が暖かくなったように感じる。真冬に食べる暖かいスープの様に、ぽかぽかとした気分のようだ。


「あたしレオの夢聞きたい、もう、居なくなっちゃうんでしょ? また会えるかな」


 ぐすんとジェリーが鼻をすする。

 王都を出てからもう半年がたった。ララリィに「半年間は王都に行かない」という期間は過ぎた。僕はもうじき王都に行く、そのことをジェリーは言っているのだ。

 もう会えないと思っているのだろう。トーズも柄にもなく寂しそうに腰かけた椅子のひじ掛けを、人差し指でくりくりと触っている。

 どうやら、二人は少し勘違いしているようだ。


「また会えるっていうか、王都に行っても一週間くらいで帰ってくるから大丈夫だよ」

「えっ」

「は? お前長くここにいるつもりねぇって最初言ってなかったっけ」


「最初はね、そのつもりだったんだ。

 故郷……って言っていいのかな、王都の方が王立図書館に通いやすいけど、ジェリーやトーズにメリー、他にも宿のランディさんとジーナさん達と出会ってさ、別に王都に引っ越す事ないかなって……

 お金をためて定期的に王都に行けば、やりたいことは出来るだろうしって」


 ついでに言えば王都に長期的に滞在することにより、兄に僕が生きているとバレるのは結構困る。

 王都に住んで住まえば一日中暗殺者を警戒しなくちゃいけなくなる。それよりは離れた街から王都に行き、滞在している期間だけ警戒する方が、かなり楽だ。


「王都でやりたいことってなんだよ、それはレオの言う夢ってやつか?」

「うん僕はね」


 一刺し指を一本立てて、僕は天井を指さした。


「僕は上へ行きたい――」




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次で一章はラスト。


次回:レオナルドの夢

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