第19話 庶民的 魔法事情



 早朝、太陽が昇る頃に起き、高価な宿のふわふわベッドを惜しみながら、ゾーダに言われた訓練を軽く行う。

 市井であろうともニワトリも鳴きだす前であれば起きている人間なんて、夜通し飲んでいる人間くらいのもので、街中を駆け抜けたところで、酔っ払いの一人とすれ違ったくらいであった。


 トレーニングのために走り回りながら、頭の中に作った地図に書き込んでゆく。

 そのうち忘れちゃいそうだからやっぱり紙を買わなくちゃな、と思いながら日課をこなしてゆく。ゾーダのことは嫌いだが、訓練は僕のために付けてくれていたことは理解していた。そして長年軍人として生きてきた彼の助言を聞いてプラスになることはあれど、マイナスになることはあまりないと思ったからでもある。


 朝の教会の鐘が鳴る前、待ち合わせの時刻より早くジェリーとトーズはやってくると、仕事開始前から汗だくになっている僕に驚いていた。

 苦笑いしながらジェリーは僕に言う。


「変な奴とは思ってたけど、働く前から汗だくになってるなんて何考えてんのよ」

「訓練だよ、僕がこの街に来る前に毎日するように助言を投げつけられたんだ」

「助言は投げつけるもんじゃねぇだろ」

「似たような物だよ。少し待ってね、今汗を流すからさ」


 さすがに朝からベタベタした身体ではじめての仕事場に行くわけにはいかないと、訓練用の粗末なべたつく服を脱いだ。


「ちょっと、まって」


 何故かしどろもどろになりながら顔を赤くしているジェリーに首をかしげながら、通りの近くにある井戸に向かって魔法を使う


-水よ舞い上がって降り注げ操水-


 心の中で唱えれば、井戸の奥がぼわんと青白く光り、形を持った水が雨のように僕に降り注ぐ。手でワシャワシャと頭の汗と身体の汗をさっと流すと、今度は風を操り乾かしてゆく。火種でもあれば温風が出せるのだが、ないので寒さを我慢しながら乾かす。


「はぁ!?」

「え!?」


 ジェリーとトーズの素っ頓狂すっとんきょうな声にびくりとし、なんだと見れば、頬を引きつらせたトーズと開いた口が塞がらないといった表情のジェリーがいた。


「おま、魔法、使えるのか!」

「はぁ? 昨日見てたろ? 治癒と魔法使ったじゃないか」

「昨日の治癒はすごかったけど、それは役に立たない砂を少し巻き上げた程度だったろ!?」


 その役に立たないはずの砂に視界を奪われて殴られたのは、どこのどいつだと言いたい。


「砂を巻き上げられるなら井戸水を操るくらいでるよ」

「できねぇよ。普通なら水を持ち上げる魔力なんて使ったら10秒でぶっ倒れるわ」

「そうなの?」

「そうだよ。それに魔力が高い子は教会が引き取るから、あたしたちの周りで魔力が高い子なんていないよ。   トーズは態度が悪いから返品されたけど」

「うるせぇ、デブ司祭が気持ち悪かったんだしかたねぇだろ」


 2人の話をへぇーと聞きながら乾かした服を着る。

 家の外に出たことが無かったので、同世代の子がどれほど魔法を使えるかなんて、今まで知らなかったけれど、普通はあまり使えないものだそうだ。けれど僕は貴族の家系出身だし、父も稀代の魔力の持ち主と言われたほど優秀な人だった。血筋の関係で市井で生きる人たちより、魔力は多めなのだろう。


「レオなら教会が拾ってくれるんじゃないか? 別に仕事しなくたってよ」

「教会はちょっとね……色々あってさ」


 教会にスラムで拾った子を調べた結果、モリス家の次男だと発覚してしまうと、大変厄介な問題になってしまう。

 父にもう家の名前を名乗るなと言われたことを破ってしまうことになるし、兄からの暗殺が飛んできては適わない。失敗したと発覚して現在の居場所が知れては、兄は次はララリィのような素人を寄越すんじゃなく、プロを雇うだろうし、そうなれば力もまだ付けていない僕は死んじゃうだろう。それは大変困る。


「なんかその、思い出させてすまねぇ」

「色々あったんだね、ごめんよ」


 僕の言葉に、何かを察したのか、何やら気まずそうに「思い出させてごめん」と謝ってきた。何のことかさっぱりわからないので、首を傾げるしかなかった。



***



3人で連なってまだ日も完全に登ってはいない中、舗装された通りを目的地にまで向かって歩く。


「そういや、仕事を一緒にしようって、どんな仕事のことだ? 言っとくが、スラムのガキを雇ってくれる所なんてそうないぜ?煙突掃除くらいのもんだ」

「あぁ、港の掃除だって。拘束時間が短くて、報酬も他に比べるとそれなりによかったからさ、ジェリーとトーズもその仕事を僕と一緒にしたらいいと思っ……顔色悪いよ?どうしたの?」


 何故か突然二人の顔が真っ青になって驚いた。


「仕事って、あの船掃除か!?」

「うんそうだけど。あのって、なに……?」


 急に青い顔をさせたトーズに嫌な予感を感じ頬が引きつる。そして、この依頼を手に取るときに周りから投げかけられた同情とも言える目線の意味に気づき背中に冷や汗が伝った。


「ジェリーにあんな事はさせられねぇ、協力すんのは俺だけだ」

「なに、そんなに大変なの?」

「スラムに俺らから上の子供が何でいないか分かるか?」

「そりゃ10になって冒険者として独立したんじゃないの?」

「それもあるが、大半は違う。大半は、船掃除で死んでるんだ」

「……はぁ?たかが掃除で?」


 掃除で死ぬという意味がわからなさ過ぎて、首を傾げる。重労働や過酷とかではなくて死ぬとは、どういうことなのだろうか


「行けば分かるさ」


 含みのある言い方に僕をからかっているのかもとわずかな期待を抱いたが、ジェリーの顔が青くなっていることからなさそうだ。いったい何か分からないが、なにやら嫌な予感がしていることだけは確かであった。


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