第15話 ドロボウとの戦闘



 結局僕は"船の掃除"と書かれていた依頼札を手に取った。


 選んだ理由?それだけ金額が良かったからだ。

 1回の仕事で大銅貨5枚分。それも拘束時間は朝だけとの注釈付きだった。初心者に受けれる中で一番いい条件だったのだ。

 ただ船掃除の依頼札を手に取った時、今まで僕に少しも興味を示していなかった周りの冒険者たちが、僕をチラチラと見てくる。


「うわ……誰か止めてやれよ」

「かわいそうに……」

「アレをやるなんて正気じゃねぇ」


 そんな声が冒険者たちから聞こえたような気がした。

 依頼カウンターの受付のおじさんは、半笑いで船掃除の依頼を受理してくれた。そして未達成が続けば初心者でも罰則が科せられることも説明された。


「掃除くらいできるよ、だって小屋は自分で掃除してきたんだからさ!」 と見た目で僕が掃除すらできないと、判断してくる受付の男に言ってやりたかったのを、ぐっとこらえて冒険者ギルドの建物を出た。



今後のことを考えると、少し気が重くなった。頭の中で今ある金額で計算をすれば、1ヶ月少し生きることは出来るだろう。


 ただ、その後は……?


 僕は図書館にある聖女様の書かれた本を、まだまだ読めていない。僕はここで生活にギリギリの状態で冒険者を続ける気は毛頭も無かった。

 なぜなら本来僕のすべきことは、もう異世界から誰も召喚させないということ。それは僕の家での召喚を一度潰したところで終わりではないのだ。

 何年後かは分からない、また新たに研究され、異世界からの勇者や聖女の召還が繰り返されるだろう。僕はそれを止めるべき力が必要なのだ。


 考えるように指であごをさするポーズをとりながら、人通りの少ない道が歩いていると、背後から女の子がドンとぶつかってきた。


「ごめんよ」

「きちんと前見て走りなよ」


 はぁ、とため息をつきながら走り去ってゆく、ボロ布のような服を着たボサボサの赤毛の女の子を眺めて、 驚いた。

 女の子がボロボロだったからじゃない。その女の子の手に見覚えのある皮製の袋が握られていたからだ。

 咄嗟に生活費の入った袋をかけていた位置を確認すれば、あるはずの位置に見当たらない。


 何をされたかを理解した僕はすぐにぼろ布の子を追った。


 女の子は思ったより足が速かったが、追いつけない速さではなかった。

 けれど入り組んだ裏路地はまるで障害物のように、地面に無駄な木箱やらが置かれていて、ひょいひょいと身軽に飛び越え進んでいく女の子を捕らえるのは、至難の業であった。


 薄汚れた細い腕を掴み、引き止める頃には、それなりに鍛えていたはずの僕の息が上がってしまっていた。


「返して」

「やだね」


 赤毛の女の子は隠し持っていたのか、ナイフを振り上げると、彼女を掴んでいた僕の手の甲をスパッと切り裂いた。

手の甲からは、血が雨のようにポタポタと、土がむき出しの地面に落ちて吸収されてゆく


「殺されたくなけりゃ帰んな!」

「ふざけないでよ」


 じんわりと痛みが襲ってきた手にすかさず治癒魔法を使う。


-切り傷を塞げ、血を止めろ、小治癒-


 心の中で詠唱を行えば、魔法特有の青白い発光現象と共に傷が塞がってゆく。


「はっ!?治癒!?」

「僕は君みたいな人のことをなんて言うか知ってる。"くそがき"さんって呼ぶんだ」


 僕は怒っていた。出会い頭に見ず知らずの人間から金品を強奪され、その上切りつけられたのだ。いくら聖女様に優しいと言われていた僕だって怒るに決まっている。


 女の子の持っていたナイフを奪うと、手の届かないところに放り投げ、その子の腕を掴んだまま地面へと押し付けた。ただでさえ今後の金策を考えると頭が痛くなるのだ。赤の他人に無償で渡すほど余裕があるわけじゃない。

 抵抗できないように地面に押さえつけ、その子の持っている僕のお金を取り替えそうとした、その時――



「ジェリーに何してんだ」


 高くも低くも無い子供の声、その声を聞くと同時に僕は吹っ飛ばされて、自分の身体の骨が悲鳴を上げる音と共に、壁に打ち付けられた。



 壁に当たった背中が痛い。蹴られたのか、わき腹が痛い。吹っ飛ばされた拍子に口の中を切ったのか、口内には鉄の味が充満していた。

 目を白黒させて顔を上げれば、ぼろ布を着込んだ、薄汚れて黒髪の、僕と年が変わらないくらいの男の子供が居た。


「トーズ!」


 ジェリーと呼ばれた赤毛の女の子はそいつの名前を呼んだ。トーズと言うらしい。

 きっと睨みつけてトーズを見れば、体からは青白い光をまとっていた。肉体強化の魔術現象だ。


 僕が吹っ飛んだもの当然だ。肉体強化の魔術は力を倍増させる。怖い剣術教師のゾーダからは身体が出来上がるまで使うなと、口すっぱく言われていた魔法だ。


「この×××ピ―――野郎、俺たちのシマから出てけ」


 よく分からない言葉だったけど、すごく汚い言葉で僕を罵ったことだけは分かって、すごく腹が立った。

 盗人の女の子と僕の前に立ちふさがって、まるで盗人をかばうようにしていることも、まるで悪者は僕だと言わんばかりのその態度も。礼儀がなっていないその態度にも、その全てに腹がたった。


「"くそがき"さんは君もだ」

「んだとお坊ちゃんが!」


 トーズはドスをかせたような声を上げたと、同時に動いた


 ちらりとぼろ布から覗くあしが青白く光ったと思った瞬間――――

 僕の目の前にはトーズの拳があった。

 鼻先を掠めそうになった拳を、身体をねじらせ、寸前のところでよければ、次の拳が腹にめがけて飛んでくる。

 本能的に内臓を守るように腕を盾にすれば、ペキリと嫌な音が聞こえ、腕から激痛が走った。


 背中を伝う冷や汗を感じながら、僕は飛びのくように、面倒な相手から距離をとった。



 ちらりとぼろ布のズボンと靴の隙間から見えた足首は青白く魔術発光をしていて、足の筋力だけ上げたのだろう。

 さわりだけ家庭教師に教えてもらった肉体強化魔術では、身体の一部だけ強化するのはすごく難しく、そう簡単にできるものじゃないと教えられてきたが、目の前のこいつはそうではないらしい。


 背中に冷や汗が額にもじわりと沸いてくる。


 骨にヒビが入ったかもしれない。すごく痛い。肩を上下するたびに肺に空気を吸うたびに、ヘラで骨と肉をはがすような痛みが襲う。

 トーズから損傷した腕見えないように身体の向きを変え、こっそりと詠唱を行う


-骨をつなげろ、再生しろ、治癒-


 骨が治るのには数秒ばかり時間が要る。時間を稼がなくてはならない……


 トーズはニヤリと口角を上げた。

 チラリと見えた足がまた青白く光った。


また来る――――

 僕は足で地面の土を蹴り上げて身体をらす。時間稼ぎの渾身の策だった。


-舞い上がるように、粉塵を散らすように、風よ吹け-


 唱えれば、地面が淡い光を一瞬発した後、まるで霧のように粒子が舞い上がり、2,3歩先でさえ見えずらくなった。


「なんだこれっ!」


 粉塵の奥から戸惑っているような声がきこえる。声が聞こえる方向からは、薄く淡い光が漏れ見えた。

 魔術反応により、相手の位置が手に取るように分かるのだ。


 僕は怪我を負った腕が治ったことを感じると、粉塵の中のトーズに近づき、怪我をしていない方の腕で殴りつけた。


 奴も勘がいいのか、頬を掠めた感触がした。

 すぐに僕は、もう一方の治りたての腕に渾身の力を込めて、トーズの顔を殴り飛ばした。


 鈍い音が辺りに響いた。




 粉塵が晴れる頃、二人の様子を見守っていた赤毛のジェリーが目撃したのは、ピクリとも動かない幼馴染の上に座り、鋭い目でこちらを睨みつけている、身奇麗な少年の姿だった。

 その眼光にジェリーはぶるりと小さな身を震わせ、今更ながらにこの少年の金品を奪ったことを後悔したのだった。




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