港町ハンデル
第14話 交易都市ハンデル
宿の部屋は、聖女様の小屋なんかよりずっと広くてきれいで、ガラスの使われた窓から見える景色も美しく、青くて白波を立てる海が見えた。
素敵な部屋だ。ふかふかのベッドに久しぶりに転がりながら、僕は今後のことを考えた。
帰り際、
「節約してくださいね、野垂れ死ぬ坊ちゃんは見たくない」
なんて言っていた。聖女様のことを少し悪く言われ腹が立ったが、基本彼は悪い人間ではないのだ。僕に父に対し謝れといったことも、気遣いなのだろう。それは理解していいた。
現金を持ち歩くことは今までなかった。渡された皮の袋の中に入っている、ジャラジャラと音を立てる硬貨が、僕の生命線なのだ。大切にしなければいけない。そして1ヶ月でなくなってしまうなら、僕はどうにかして増やさなくてはいけないのだ。
「働かなくちゃ」
ポツリと呟いた。そういっても子供が働くということが、どういうことなのか具体的には知らない。働いているのは大人しか見たこと無かったし、街でどんな仕事があるかなんてあまり知らない。
ふわふわのベッドから起き上がると、僕はお金を持って町に出てみることに決めた。
一人きりで、馬車に乗らずに屋外を歩くのは、初めてだった。
煉瓦が敷き詰められた街中は、道の真ん中を馬車がひっきりなしに通り過ぎ、歩道を歩く人もなんだか忙しそうだった。邪魔にならないように道の端を歩くけれど、スタスタと忙しそうに歩く人ばかりだ。
露天の店は、僕に声をかけると「美味いもんあるって母ちゃん連れといで」と言って、また次の道行く人に声をかける。街の景色を描いている画家の卵のような人たちや、忙しそうに食材をバスケットに入れて急ぐ人、いろんな人が居た。その中には耳が頭についている人や、僕くらいの小さいけれどヒゲが生えて体格のいい人も居た。
ここには腫れ物に触るような扱いをしてくる使用人も居なければ、モリス家の人間だからとへりくだる人もいない。誰も僕に目もくれない。まるで自分が景色の一部になってしまったような不思議な感覚がする。
なんだかそれだけで僕はこの街が気に入った。
海辺の都市ハンデル、そこは王都に他領からの物資を運ぶ、
***
ゾーダに言われていた「庶民に溶け込め」という言葉を心に
さすがに稼ぎも良さそうではなかったし、高価な紙も買えそうではなかったので、また広い街を
「冒険者、ぎるど」
看板を見上げて文字を口にした僕の横から、建物から出てきた人達が通り過ぎてゆく。
「酒のみてぇな酒」
「お前昼間っからかよー」
「いいじゃねぇかパァーっと行こうぜ」
そこらの商店が木製であるのに対して、赤褐色の煉瓦で出来たその外観からは歴史と金の匂いがした。館から出てくる人たちのの会話から景気の良さを感じる。少なくとも、靴磨きや花売りよりここで職を探すのが正解だと思えた。
大き目の扉を開けて入れば、ギルドの中にはそこそこ人が居て、数人が入ってきた僕を品定めするようにジロジロと見ては、すぐに興味を無くし、仲間内との会話に興じていた。壁には薄い木札の板が何枚もフックでかけられていて、壁一面の木札を眺める男たちがその前に集結していた。
男の人がたくさん並んでいる受付のような所に僕も一緒に並んだ。
みんな受付のような場所で何か言って、何かを受け取っては上機嫌でギルドを出て行った。
初めて商店で買い物をしたときのように、ドキドキした気持でしばらく少し待てば、僕の番がやってくる。
僕はカウンターから顔を出すように背伸びをして、カウンター越しに見えるおねえさんに向かって元気よく言った。
「仕事を! 探しています!!」
「こちらは素材買取の受付です。冒険者登録でしたら端の受付をご利用ください」
意気揚々と発言したのに、場所を間違っていたらしく、さらっと流された。
なんだか僕は恥ずかしくなってしまい、少しだけ顔を赤らめた。
「お次の方どうぞ」
受付のお姉さんが次の人を呼ぶ声と共に、僕は列を外れた。
よく見れば、男たちの影によって見えない位置に"買取受付"と書かれていた。大人しくお姉さんに言われたとおりに、端にある"冒険者登録"と書かれている受付まで向かう。登録する人間は僕以外には居ないので受付は無人だった。
きょろきょろと周りを見回しても誰も居ない。しばらく待ってはみたが、結局誰も受付に現れないので、僕はカウンターに身を乗り出して、奥で書類作業をしているぽちゃぽちゃしている女の人に声をかけた。
「登録はこちらだと伺いました。登録していただけますか?」
「はい。ここですよ。でも、君いくつ?」
「8さい、です」
「一応登録は出来るけど3大銅貨かかるし、10歳まではお手伝いや採取の依頼しか受けれないわよ。それでもいい?」
「はい。大丈夫です。買取受付は年齢関係なく利用できますか?」
「えぇもちろん。村のお父さんが狩ってきたものを売りに来ることもできるけど……あなたは関係ないんじゃない?」
「どうしてそう思うんですか?」
ふくよかな女性は、僕の服や顔や髪に目線を移しながら言う。
「商家のお坊ちゃまでしょ?分かるわ。長くこういう仕事をしているとね、服装や口調でいろいろ分かるものなの」
「そうなんだ、でも商家じゃないよ。父様も母様ももういないから、この服は僕の一張羅なんだ」
僕にはもう公言できるような家族は居ないし、服だってあまり多くない。少し伏せ目がちに言ったのを誤解したのか、女性は申訳なさそうに眉を下げた。父と母と死別したとでも思ったのだろう。変に詮索されるより好都合だ。
「ごめんなさい……辛いことを聞いて。そうだ、登録だったわね、名前は?」
「レオナルド、ただのレオナルド」
「レオナルドね、8歳だったわね、出身は?」
「必須でしょうか……あまり故郷のことは……」
「大丈夫よ、そうね出身地はこの街にしてしまいましょう」
情にほだされがちな人でよかったと思う。王都から離れた街に1人、裕福そうな子供が仕事を探しにやってきているなんて、訳ありなのは明白で、根掘り葉掘り聞かれては、貴族であったことを隠すことなど出来ないと思うからだ。
「これは貴方には関係ないだろうけど、決まりで聞く決まりになっているの、償っていない犯罪歴がありますか?」
「ないです」
「でしょうね」
ふふっと女性は笑うと金属の板に何か呪文と僕の情報を唱えだす。容姿についても偽れないようにか、目の色髪の色を唱えてゆけば、青白い魔術特有の発光現象と共に、金属の板に僕の情報が刻印された。
図書館に入る前に提示する貴族の身分証にくらべて、レリーフなどの堀細工の模様は何もされていないが、僕には、それがとても新鮮で単調あり綺麗に見えた。
「ありがとう、おねえさん」
「やだお姉さんだなんて、私はオインクよ何か困ることがあったら相談してね、特別にね」
パチンと片目を閉じて僕に笑いかけたオインクさんに、料金の大銅貨3枚を支払い。依頼がある壁側に向かった。
依頼の内容を記した木の札が、掛けられている壁の近くには、少なくない数の冒険者が、次はなんの以来を受けようか、だとか、討伐以来の怪物の種類について仲間内で話し合っていた。
僕はその横で2列ほどしかない、初心者向けの依頼の札を見つめる。
草むしりに、買い物代行、掃除の手伝い、船掃除、煙突掃除……それなりの数の初心者向けの依頼があった。
僕はそこで驚いた。何に驚いたのかと言えば以来達成の金額だった。
「いくらなんでも安すぎない?」
思わずつぶやいて青ざめた。
何時間かかるか分からない草むしりを4軒やって、やっとギルド登録程度の金額を報酬としてもらうことが出来る。たぶんまる1日かかるだろう。丸1日で大銅貨3枚、僕の今泊まっている宿は1泊大銅貨8枚……
どう考えても赤字だ。何しても赤字、逆立ちしても赤字、倍にしても赤字じゃないか!
青ざめている僕の横で、景気の良さそうな冒険者達は、談笑しながら、初心者の僕が受けれない高額な依頼札を手に取っていった。
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次は月曜の朝です。遅くてすみません;;
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